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第十二章
109,化け物になる瞬間
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涎が口の中から溢れて止まらない。息を荒くして、ハクは花から目が離せなくなった。香りを吸うたび、心拍数も上がっていく。
もう、止まらない。抑制など出来ない。
ハクは唾液まみれの口を大きく開く。ベットリした唾が花びらに滴り落ちた。
そうしてハクは、勢いよく青空色の花に食らいついてしまった──
牙で噛みついた瞬間、舌の上で蜜の甘味が広がる。香りが全身に染み付いていく。
気持ちがいい。ああ、花を食べたのは初めてだ。こんなに美味しいものなのか。どんなに脂ののった動物の肉よりも、至福をくれる。
この青空色の花は、ハクの心を壊していった。
花を一輪飲み込んだところで、やがて目の前が真っ赤に染まった。今までにないほど、身体が熱くなる。それと同時に全身が痙攣し始めた。
──なんだ、これは……?
身体の異変に、ハクは怖くなった。
自分の意思とは関係なく、走り出した。
今の今まで魅惑的な花だと思っていたのに。逃げ出したくなった。
低く唸り、胸の奥がぞわぞわして気持ちが悪い。
走っても走っても、この恐怖から逃れられる気がしない。
ハクはもがき、鋭い爪を立てると、自分の胸を引っ掻き回す。痛みなど、全く感じない。二度三度、爪で自傷しただけでどす黒い血が辺り一面に飛び散った。
──俺は、どうなるんだ。死ぬのか? 苦しくないのに、苦しい。苦しい、苦しくないのにとんでもなく苦しい!
自分で自分の感覚が分からなくなっていた。ハクは声にならない鳴き声を上げると、その場に倒れる。
自分で切りつけた傷口がどくどくと脈打ち、血が流れて止まらない。呼吸が乱れ、視界が薄れてきた。周辺で響いていたはずの木の葉が揺れる音も、遠のいていく。
だけど、微かに──目の先に何か動く影が見えた。
『あれを見ろ、さっきの白虎だぞ!』
『待て。様子がおかしい……』
ああ、あの人間たちか。俺も、これまでなんだな……。
そう思ったが。
『怪我をしている。何があったんだ?』
『くそ! こんなに血だらけになりやがって! 傷口が広すぎる。これじゃあ毛皮を剥がしても全く使い物にならない』
『……そうだな。だが、まだ息がある。今なら助けられる』
『何? 正気か? 白虎なんか命を救ったとしても、食われて終わりだぞ』
『……我らは今まで多くの白虎を殺しすぎた。せめての報いだ。こいつの命は救ってやりたい』
『ちっ。どうなっても知らないぞ。村人たちに危害は加えさせるなよ!』
人間たちが、何を話しているのか分からなかった。
しかしどちらにしても、ハクにはもう立つ気力さえもなかった。
その後、いつの間にか目の前が真っ暗になり──意識がどこかへ飛んでいった。
もう、止まらない。抑制など出来ない。
ハクは唾液まみれの口を大きく開く。ベットリした唾が花びらに滴り落ちた。
そうしてハクは、勢いよく青空色の花に食らいついてしまった──
牙で噛みついた瞬間、舌の上で蜜の甘味が広がる。香りが全身に染み付いていく。
気持ちがいい。ああ、花を食べたのは初めてだ。こんなに美味しいものなのか。どんなに脂ののった動物の肉よりも、至福をくれる。
この青空色の花は、ハクの心を壊していった。
花を一輪飲み込んだところで、やがて目の前が真っ赤に染まった。今までにないほど、身体が熱くなる。それと同時に全身が痙攣し始めた。
──なんだ、これは……?
身体の異変に、ハクは怖くなった。
自分の意思とは関係なく、走り出した。
今の今まで魅惑的な花だと思っていたのに。逃げ出したくなった。
低く唸り、胸の奥がぞわぞわして気持ちが悪い。
走っても走っても、この恐怖から逃れられる気がしない。
ハクはもがき、鋭い爪を立てると、自分の胸を引っ掻き回す。痛みなど、全く感じない。二度三度、爪で自傷しただけでどす黒い血が辺り一面に飛び散った。
──俺は、どうなるんだ。死ぬのか? 苦しくないのに、苦しい。苦しい、苦しくないのにとんでもなく苦しい!
自分で自分の感覚が分からなくなっていた。ハクは声にならない鳴き声を上げると、その場に倒れる。
自分で切りつけた傷口がどくどくと脈打ち、血が流れて止まらない。呼吸が乱れ、視界が薄れてきた。周辺で響いていたはずの木の葉が揺れる音も、遠のいていく。
だけど、微かに──目の先に何か動く影が見えた。
『あれを見ろ、さっきの白虎だぞ!』
『待て。様子がおかしい……』
ああ、あの人間たちか。俺も、これまでなんだな……。
そう思ったが。
『怪我をしている。何があったんだ?』
『くそ! こんなに血だらけになりやがって! 傷口が広すぎる。これじゃあ毛皮を剥がしても全く使い物にならない』
『……そうだな。だが、まだ息がある。今なら助けられる』
『何? 正気か? 白虎なんか命を救ったとしても、食われて終わりだぞ』
『……我らは今まで多くの白虎を殺しすぎた。せめての報いだ。こいつの命は救ってやりたい』
『ちっ。どうなっても知らないぞ。村人たちに危害は加えさせるなよ!』
人間たちが、何を話しているのか分からなかった。
しかしどちらにしても、ハクにはもう立つ気力さえもなかった。
その後、いつの間にか目の前が真っ暗になり──意識がどこかへ飛んでいった。
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