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第十二章

106,精神崩壊

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 手首を縛られ、口を塞がれ、リュウキは輿車よしゃの中で震えていた。
 頭痛が波のように強弱を繰り返した。痛みが引いている僅かな間は何ともない。しかし、痛みが出ると唸るほどの辛さだ。目眩もする。息が苦しくて、リュウキはどうにかなってしまいそうだ。

 目の前には、口を閉ざしたまま外をじっと眺めるリュウトがいる。どの角度から見ても、奇妙なほどにリュウキと顔が極似している男。

 視線をリュウキに移すと、やがてリュウトは口を開いた。

「見るがいい。あれが西の最西端【シュキ城】の地だ」

 男の言葉にハッとした。滲む汗を拭い、リュウキは僅かな隙間から外を確認した。
 数千歩先に──たしかに見える。天にも届きそうなほどの頑丈そうな赤い門。城内を果てしなく囲む巨大な城壁。

「立派な門構えであろう。城壁の周辺には川が流れている。敵が攻めてきても、なかなか攻略は出来ぬ。あの門をくぐれば城下町があり、西側には宮廷がある。その奥に『紅い幻草』が、今宵も月明かりを浴びて化け物たちに生命を与えているのだ」

 紅い幻草──リュウキは朱鷺の少女から聞いた話を思い出していた。

 全ての化け物たちの生命の源となっている特殊な幻草。化け物と化け物を繋ぐ為、世界各地に根を生やし続けている元凶だ。

「リュウキ、教えてやろう。なぜ東西は、争いを起こすのか。なぜ西国は、危険な幻草を育て続けているのか」
「……そんなこと、君が、知っているのか?」

 目眩がする中、リュウキは男を見上げた。

「朕は、この世の全てを握っている」
「……なに?」
「よいか。東の国も西の国も、そして我が北の国も。誰一人として朕には逆らえぬ。権力と、幻草によって手に入れた力があればな!」
「つまり君は、暴力で国と国を支配しているのか……?」

 リュウキの問いに、男は不敵な笑みを浮かべるのだ。

「暴力などではない。全ての人間の生命は、朕の手にあると言っているのだ。先帝たちの力により、北国は百年以上前から東西よりも圧倒的な兵力を誇っている。強力な国の最強の皇帝。背く者などおらん。それ故、朕は西の王に命を下した。『紅い幻草』は燃やすことなく永遠に守り通せ、とな!」

 リュウトは面白そうに語るのだ。傲慢で溢れ返った憎き表情だ。

「なぜ君は……国同士を争わせるの?」
「人を滅ぼすには、人間同士で殺し合いをさせるのが手っ取り早い。大きな戦であれば一日で何万もの兵や民が死ぬこともある。奴らは己の名を挙げるために、将軍の首を取って喜ぶような野蛮人だ」
「……それは否めないが」
「しかし、戦だけでは足りぬ。化け物を利用するのだ。醜い人間どもは、化け物に食いつくされるのも良いだろう」
「おかしいよ、君の考えは。人間を滅ぼす為に、戦争と化け物を利用していると言うのか!」

 頭痛が酷くなっていく一方だ。それでもリュウキは、許せない思いが滲み出てどうにも止められなかった。

「どうして君は、そこまで人々を憎むの?」

 リュウキの問いに、リュウトは冷酷な眼差しを向けた。

「……忘れたのか、リュウキよ。生まれながらにして朕は病弱であった。身体は痩せ細り、肌や髪もぼろぼろ。寝たきりの毎日を送り、母上には人間扱いされなかった。『健康的でもない。容姿も醜い者は皇族には要らぬ』そう言われたのだ」
「……!」

 リュウキは目を見開く。

 ──恐ろしいほどに覚えがある。記憶が失くなっても、その言葉を、強烈に覚えているからだ。
 頭に血が上っていくような気がした。脳が溶けるような、気持ちの悪い感覚がする。

「……僕も、同じ、だ」

 全身の震えが止まらない。リュウキは恐る恐る問いかけた。
 ──まさか。そんな……?

「僕もそう言われて、怯えながら生きてきた。君は,一体……?」
「何度も言わせるな。朕はお前だ」
「ち、違うよ……違う……」

 息が苦しくなった頃、突然輿車が急停止した。勢いでリュウキは前頭部を激しく打ち付けてしまう。

「う……!」

 この程度なら、いつもならどうも感じないはずなのに。激しい痛みがした。

「人々を殺め、この世を終わりにするのだ。お前と朕は一心同体であるぞ!」
「違う……人を殺すのではなく、助けたいんだ……!」
「お前は自分を見失っているな? 幻想の世界で見なかったのか? お前が人々の血を見て笑っている様を……」
「そ、それは……」

 リュウキの目の前が、ぐるぐると回転し始める。

(やはり、僕は人殺しなのか……?)

 もう、どうにもならない。
 頭の中が暴れ回って、混乱した。

「恐れることはない、リュウキ。真実を手にするのだ。朕はお前だ……」

 冷たい手で男はリュウキの顎を掴み取る。
 その顔は、やはり自分と瓜二つなのだ……。
 
(僕はお前)

 リュウキの頭の中には、もう何も言葉が出てこない。

(お前は僕)
(僕はお前お前は僕)
(お前は僕僕はお前お前僕)
(お前は僕はお前お前は僕僕はお前)
(僕はお前お前は僕僕はお前お前は僕)
(お前は僕僕はお前は僕僕はお前お前は僕)

 僕は、僕は、僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕はボクはボクはボクはボクはボクはボクは、ボクはボクハ、

 ボクハオマエ

 リュウキノイシキハソコデナクナッタ
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