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第十一章

102,立ちはだかる瓜二つの男

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「失敬。北軍のチョウと申す」
「……北軍だって? 君、北の武将なの? なぜ西国にいるんだ」

 リュウキは右手を後ろに回し、さりげなく拳を握った。いつ襲われるか分からない。反撃の準備を忘れてはならないのだ。

「リュウキ殿、ずいぶん捜しましたぞ。記憶を失くし、西のあちこちを彷徨っていると聞きました。本日はあなたと直接お話がしたいと言う方をお連れしましたぞ」

 チョウ将軍はリュウキに拱手する。それから輿車の覗きに向かって、何か耳打ちをし始めた。

 チョウ将軍が何かを話し終えると、御輿の簾がゆっくりと開かれた。
 輿の中から現れた人物の顔は、暗闇のせいで見えづらい。しかしその人物がそっと顔を出し、チョウ将軍に支えられながら輿車から降りると、姿が月に照らされた。リュウキの目に、しっかりとその容姿が映し出されたのだ。

 確と顔を見て、リュウキは唖然とした。

「久しぶりだな、リュウキよ」

 不敵な笑みを浮かべる男は、立派な冕冠べんかんを被っている。それは、皇帝や王だけが身につけられる特別なものだ。
 男は紫色の漢服を身に纏い、堂々としたさまである。漆黒の髪を一つにまとめ、冷たい眼差しでリュウキを見つめていた。
 男の容姿を見れば見るほど、リュウキは混乱した。雰囲気そのものは全く違う。だが、見た目が全く同じ・・だった。

 ──顔がリュウキと瓜二つなのである。

「君は……一体、誰だ?」
「ふふ。忘れたのか? 朕はお前だ。一心同体であろう」
「何を言ってる?」

 自分と同じ顔が、訳の分からないことを話している。なぜか声までもがそっくりなのだ。

 全く意味不明な存在を前にして、リュウキの鼓動が早くなる。身体中が、燃えるように熱くなっていった。

「よいか、シュキ城へ向かうのは諦めろ」

 冷たい声で男はなぜだかそう言い放つ。
 リュウキは唸りながら首を大きく振った。

「……どうして僕の目的地を知っているんだ?」
「間諜からの情報だ。お前たちの行動など全て把握している。シュキ城はこれから大きな戦が起こる。赴くべきではない。共にくるのだ、北国へ」
「大きな戦……?」

 シュキ城で、戦──つまり殺し合いが始まるということか?
 束の間悩むリュウキであるが、奇妙な男の話を鵜呑みにし、のこのことついていくのは違う。
 この事態をどうすべきか考えた。

 一定の距離を保ったまま、リュウキは怪訝な顔をして男に問うた。

「僕を北の国へ連れていってどうするつもり?」

 正直な返事が来るとは思えない。リュウキはじっと男の顔を見つめる。
 面白そうな表情を造りながら、男は答えた。

「安心しろ、殺しはしない。お前は何も覚えていないのであろう? 自分が何者かも、どこから来たのかも。朕が全て思い出させてやろうぞ」
「……君も、僕のことを知っているんだね。しかし、自分の力で記憶を取り戻さないと精神が壊れると聞いた。化け物にはなりたくないよ」
「おかしなことを言うな。なぜそう思う?」

 化け物にはなりたくない。その言葉をリュウキが口にした瞬間、どういうわけか、男は鋭い目付きに変わった。

「なぜって……当然じゃないか……?」

 リュウキは話しながら、唐突にハクと朱鷺の少女のことが頭に浮かんだ。
 彼らは化け物でありながら精神を安定させ続け、人と共存、いやむしろ共生している。老いることもなく、いつ死ねるのか分からないまま生き続ける。朱鷺の少女はその話をした折に憂いある表情になっていたが、それ以外はむしろ穏やかであった。

 リュウキはギュッと拳を強く握る。

「なぜ化け物になりたくないのか。理由を申してみよ」
「それは……僕は僕でいたいからだよ。人間のまま生きていたい」
「ふん。お前は全ての化け物の存在を否定するということか」
「いや、それは違う」

 リュウキははっきりと否定した。

「穏やかな心を持った化け物もいる。彼らのことは絶対に否定なんてしないよ」
「所詮、綺麗事だ。自らは化け物になりたくないと思っているくせに。これだから人間は愚かなのだ……」
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