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第十一章
96,絶体絶命
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妙な熱気を感じた。違和感が漂う方を振り向いてみると──
「……リュウキ様っ?」
思わずヤエは目を疑った。
眠りに落ちているリュウキの身体が、燃えている。いや──違う。正しくは身体から「炎が噴き出ている」のだ。
「何なんだ……?」
目を丸くするシュウも、状況が理解出来ていないようだった。
放たれた矢が全て燃え尽くされたことに戸惑ったのだろう、北の兵たちも狼狽えていた。
「な、何をしている、かかれ!」
指揮官の一声によって、兵たちは動揺しながらも木陰の奥から一気に進軍してきた。その数はいかほどか。二百、三百……いや、五百は越えているだろう。
シュウは眉間に皺を寄せながら弓矢を構えた。筒には数十本しか矢がない。あんな大人数に対抗するなどいくらシュウでも無謀だ。
「ヤエ、山奥へ逃げるぞ」
「は、はい……!」
もはや悩んでいるいとまはない。
どうにかヤエは、両足を動かそうとした。しかし、鉄の塊のように重い。上手く歩き出せなかった。
リュウキの方を見ると──どんどん炎が巨大化していることに気がついた。
「あれは……!?」
こちらへ向かってくる兵士たちの足が一度止まった。皆、リュウキを見て目を丸くしている。
「まさか。もう覚醒したのか……」
シュウはそう呟くと、ヤエの手を引いて駆け出した。
「兄様、どうなっているのです?」
「幻草の有害反応が出たようだ。リュウキ様の身体は今、大きな拒絶反応を起こしている。一気に体質が変わるほどの負担がかかる。稀に特異能力を得る例もあるが、リュウキ様は身体から炎が放出される力が覚醒されたようだ」
こんな状況でも冷静に話すシュウだが、額からは汗が滲み出ている。
「リュウキ様はどうなるのです?」
「死ぬことはない。だが、あの炎は相当な熱を持っている。近くにいたらわたしたちも燃えるだろう。とにかく遠くへ」
上手く走れないヤエを横に抱き上げ、シュウは山へ向かって全速力で駆けていく。
それでも兵士たちがあとを追ってきた。
「この期に及んでしつこい奴らだ」
リュウキの姿が見えなくなるほどの距離まで来たが、追手の向こう側で燃え上がる炎がはっきりと確認できる。
ヤエを抱えたまま走り続けるシュウは、一切息が上がっていなかった。
この折、ヤエの視界がぼやける。
幻草の毒が身体中に回っているのが感覚で分かった。しかも、全身が凍えるように寒いのだ。この冷たい感覚は、何なのだろう。
ヤエの全身が寒さで激しく震えた。その時である──
爆発音のようなものが響き渡ったのが聞こえた。
「うぁああっ!!」
「あ、熱い、熱い!!」
それと同時に、兵士たちの喚く声もした。
(リュウキ様……?)
リュウキの姿を確認しようとした。だが彼がどこにいるのか分からない。その代わりに、地獄絵図が目の中に飛び込んできた。
数百の兵士たちの全身は、リュウキが放ったのであろう炎で燃やされている。踠きながら必死に海に飛び込んで行く兵士たちは、鎧さえも黒焦げになってしまっている。
大慌てで火を消す兵士たちはふらふらの足で一斉に逃げていった。
しかし中には大した火傷を負ってない兵もいる。その者たちはしつこく追いかけてきた。
「ヤエ、このままあの山へ行く」
「リュウキ様は……」
「気を失っている状態で、あれほどの炎が出ている。もはやこの場にいては危険だ」
「そんな……」
リュウキと離れた所で、気を失ってしまったら──そう思うと不安だった。
追手の数は二十人ほどだろうか。他の兵たちはどうやら怖じ気づいて逃げていったらしい。
その程度の数なら、シュウなら討ち返せるだろう。
──炎の熱が届かない場所まで辿り着いた頃、すっかり山の中へ入っていた。峯の木々が生い茂り、いつの間にか奥地まで来ていたらしい。
しかし背後には、まだ追手が来ている。
「仕方がない、相手をしてやるか」
シュウが対抗しようと足を止めた、まさにその時。
「ソン・シュウ! その首、もらうぞ!」
山道の坂上から、しゃがれた叫び声が聞こえた。声の方を振り返ると、そこには槍を持って馬に股がった伏兵がいたのである。その数は──計り知れない。軽く五百を越えていそうだ。
「くっ、こんな所にも伏兵が!」
前方には大勢の騎兵、後方には二十人の追手。背後は兄のシュウなら矢を放って簡単に倒せるだろう。しかし、前方の兵たちの数では剣を使ってもきっと太刀打ちできない。
「裏切り者ソン・シュウよ、我らは貴様を殺すよう陛下に言われている。今まで功績を上げてきたのに、哀れなものだ」
五百の兵隊の中央に立つ将軍が、呆れたような顔でそう言った。
シュウは顔色を変えずに、ヤエを峯木のそばにそっと下ろすと兵たちに向かって叫んだ。
「妹と皇子だけは……助けてくれ」
するとシュウは跪き、頭を深く下げた。
兄のそんな格好を目の当たりにして、ヤエは急激に胸が苦しくなった。
今まで皇帝の側近として、そして軍の武将として立派に戦ってきた兄のこんな姿など、見たくない。いつも冷静沈着でそれでいて勇ましく、厳格な兄が土下座をしているだなんて。
(やめて……)
「……リュウキ様っ?」
思わずヤエは目を疑った。
眠りに落ちているリュウキの身体が、燃えている。いや──違う。正しくは身体から「炎が噴き出ている」のだ。
「何なんだ……?」
目を丸くするシュウも、状況が理解出来ていないようだった。
放たれた矢が全て燃え尽くされたことに戸惑ったのだろう、北の兵たちも狼狽えていた。
「な、何をしている、かかれ!」
指揮官の一声によって、兵たちは動揺しながらも木陰の奥から一気に進軍してきた。その数はいかほどか。二百、三百……いや、五百は越えているだろう。
シュウは眉間に皺を寄せながら弓矢を構えた。筒には数十本しか矢がない。あんな大人数に対抗するなどいくらシュウでも無謀だ。
「ヤエ、山奥へ逃げるぞ」
「は、はい……!」
もはや悩んでいるいとまはない。
どうにかヤエは、両足を動かそうとした。しかし、鉄の塊のように重い。上手く歩き出せなかった。
リュウキの方を見ると──どんどん炎が巨大化していることに気がついた。
「あれは……!?」
こちらへ向かってくる兵士たちの足が一度止まった。皆、リュウキを見て目を丸くしている。
「まさか。もう覚醒したのか……」
シュウはそう呟くと、ヤエの手を引いて駆け出した。
「兄様、どうなっているのです?」
「幻草の有害反応が出たようだ。リュウキ様の身体は今、大きな拒絶反応を起こしている。一気に体質が変わるほどの負担がかかる。稀に特異能力を得る例もあるが、リュウキ様は身体から炎が放出される力が覚醒されたようだ」
こんな状況でも冷静に話すシュウだが、額からは汗が滲み出ている。
「リュウキ様はどうなるのです?」
「死ぬことはない。だが、あの炎は相当な熱を持っている。近くにいたらわたしたちも燃えるだろう。とにかく遠くへ」
上手く走れないヤエを横に抱き上げ、シュウは山へ向かって全速力で駆けていく。
それでも兵士たちがあとを追ってきた。
「この期に及んでしつこい奴らだ」
リュウキの姿が見えなくなるほどの距離まで来たが、追手の向こう側で燃え上がる炎がはっきりと確認できる。
ヤエを抱えたまま走り続けるシュウは、一切息が上がっていなかった。
この折、ヤエの視界がぼやける。
幻草の毒が身体中に回っているのが感覚で分かった。しかも、全身が凍えるように寒いのだ。この冷たい感覚は、何なのだろう。
ヤエの全身が寒さで激しく震えた。その時である──
爆発音のようなものが響き渡ったのが聞こえた。
「うぁああっ!!」
「あ、熱い、熱い!!」
それと同時に、兵士たちの喚く声もした。
(リュウキ様……?)
リュウキの姿を確認しようとした。だが彼がどこにいるのか分からない。その代わりに、地獄絵図が目の中に飛び込んできた。
数百の兵士たちの全身は、リュウキが放ったのであろう炎で燃やされている。踠きながら必死に海に飛び込んで行く兵士たちは、鎧さえも黒焦げになってしまっている。
大慌てで火を消す兵士たちはふらふらの足で一斉に逃げていった。
しかし中には大した火傷を負ってない兵もいる。その者たちはしつこく追いかけてきた。
「ヤエ、このままあの山へ行く」
「リュウキ様は……」
「気を失っている状態で、あれほどの炎が出ている。もはやこの場にいては危険だ」
「そんな……」
リュウキと離れた所で、気を失ってしまったら──そう思うと不安だった。
追手の数は二十人ほどだろうか。他の兵たちはどうやら怖じ気づいて逃げていったらしい。
その程度の数なら、シュウなら討ち返せるだろう。
──炎の熱が届かない場所まで辿り着いた頃、すっかり山の中へ入っていた。峯の木々が生い茂り、いつの間にか奥地まで来ていたらしい。
しかし背後には、まだ追手が来ている。
「仕方がない、相手をしてやるか」
シュウが対抗しようと足を止めた、まさにその時。
「ソン・シュウ! その首、もらうぞ!」
山道の坂上から、しゃがれた叫び声が聞こえた。声の方を振り返ると、そこには槍を持って馬に股がった伏兵がいたのである。その数は──計り知れない。軽く五百を越えていそうだ。
「くっ、こんな所にも伏兵が!」
前方には大勢の騎兵、後方には二十人の追手。背後は兄のシュウなら矢を放って簡単に倒せるだろう。しかし、前方の兵たちの数では剣を使ってもきっと太刀打ちできない。
「裏切り者ソン・シュウよ、我らは貴様を殺すよう陛下に言われている。今まで功績を上げてきたのに、哀れなものだ」
五百の兵隊の中央に立つ将軍が、呆れたような顔でそう言った。
シュウは顔色を変えずに、ヤエを峯木のそばにそっと下ろすと兵たちに向かって叫んだ。
「妹と皇子だけは……助けてくれ」
するとシュウは跪き、頭を深く下げた。
兄のそんな格好を目の当たりにして、ヤエは急激に胸が苦しくなった。
今まで皇帝の側近として、そして軍の武将として立派に戦ってきた兄のこんな姿など、見たくない。いつも冷静沈着でそれでいて勇ましく、厳格な兄が土下座をしているだなんて。
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