【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん

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第十一章

95,伏兵

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 やがて船は、北西側の海岸付近へと到着した。
 血の匂いが染み付いた船上は、鉄と生臭い匂いが入り交じって仕方がない。
 ヤエは、頭痛と共に身体が冷えていくのを感じた。

「大丈夫か?」

 たった今まで剣を振るっていたとは思えないほど、シュウは落ち着いた様子でヤエを気にかける。

「兄様……寒いです。とてつもなく、寒いです」

 意図せず声が震える。ヤエは、この気持ち悪さにどうにかなってしまいそうだった。

「本格的に毒が身体に浸透し始めたようだ。すぐに岸へ下ろしてやろう」
「記憶を取り戻したら……きっとまた、お会い出来ます?」
「ああ。必ず会いに行く」

 シュウの表情は固い。
 万が一だ。記憶が戻らなかったら、二度と兄のことも思い出せなくなるのだろうか。そう考えると、ヤエの胸が何かにギュッと強く掴まれるような感覚になる。

 海岸沿いまで辿り着くと、シュウは船内の一角で眠っていたリュウキを連れ出した。肩を持ち、歩かせようとするがリュウキは殆ど意識がない。
 自分よりも背丈が高いリュウキを背に乗せ、シュウはゆっくりと船から降りた。

「皇子はもう動けない。次目を覚ました時には、自分が皇子だったことすらも忘れているだろう」

 シュウはリュウキを日陰のある場所に寝かせた。

「ヤエ、お前も間もなく眠りに落ちる。皇子の隣で寝ていれば、目覚めた折に必ず行動を共にすることになるだろう。あの山を越えると、ヤオ村という場所がある。上手くいけばそこで平穏に暮らせるはずだ。何か危険があれば、わたしが裏で導く」
「分かりました。でも、兄様はこれからどうなさるのです?」

 ヤエの一番の心配ごとであった。

 もはやシュウは北国へは戻れない。国に背いたことを皇帝に知られてしまっている。西国のどこかに身を潜めていても、いつかきっと見つかってしまうだろう。

「兄様が心配です」

 ヤエがじっとシュウを見つめる。
 すると、シュウは一瞬だけ憂いある表情を浮かべた。何か言葉を発しようとしたのだろう、兄がゆっくりと口を開いた、正にその時だった──

「ソン・シュウ! 覚悟しろ!」

 唐突に叫び声が響き渡った。声のした方を向くと──木々からこちらに矢を向ける兵士が現れた。それも一人ではなく、数えきれないほどの人数だ。 

「しまった、伏兵だ!」

 ヤエとリュウキの前に立ち塞がると、シュウは腰に携えていた剣を取り出す。

「放て!」

 その指令と共に、シュウたち目掛けて矢の雨が一斉に降りかかってきた──
 シュウはそれら全てを剣で切り落とそうと言うのか、一歩も引かずにその場から動かない! こちらに向かってくる矢の数は計り知れないほどの数。数が多すぎて、空からの光が遮断されてしまうほどなのだ。

 ──だめだ、このままでは全員矢で射抜かれて死ぬ。
 どくんとヤエの胸が唸り、冷たくなった。

 恐ろしくなった。ギュっと目を瞑る。

「いや、いやッ……!!」

 思わず喉が潰されそうになるほど絶叫してしまった。
 助かるはずがないのに。もう、終わりだ。
 全てを諦め、ヤエが覚悟を決めた、その折であった。

「……な、なんだ!?」
「どうなってやがる!」

 ──なぜだか、兵士たちのざわつく声がした。
 それと同時に、ふと周囲が熱くなっているのをヤエは感じた。

(……あれ? 矢が降ってこない)

 数秒が経っても、ヤエの身体に矢が刺さることはなかった。
 どういうことか。ヤエは恐る恐る目を開けてみる──すると、そこには想像もしていない奇妙な光景が広がっていたのだ。

「どういうことです……!?」

 何百も越える矢が、一本残らず地に落ちていた。しかも、それらは勢いよく燃え上がっていたのだ。
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