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第十章

85,闇に染められた日々

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 婚約者としてヤエはリュウト皇子の看病をするよう命じられた。
 寝宮を訪れると、いつも苦しそうに口で呼吸をするリュウト皇子の姿がある。
 ──見るに耐えない。
 部屋の窓は全て閉められており、息苦しく暗い場所なのだ。

 ヤエのやるべきことは五つ。
 一つ、食事を手伝うこと。二つ、薬を飲ませること。三つ、排泄物の処理をすること。四つ、汗を拭いて着替えを手伝うこと。そして五つ目は、可能な限りリュウト皇子のそばにいることである。

 正直、苦痛以外の何物でもない。
 尊い日々を奪われた。その要因であるリュウトの世話をするのは本望ではない。命令を受け、嫌々ながら仕事をこなすだけ。
 それなのに、リュウトはヤエに向かってこんなことを言う。
 
「ありがとう、ヤエ。尽くしてくれて嬉しいぞ……」
 
 弱々しく、ヤエにしか聞こえないような声量でそう口にするリュウト。
 何も反応せず、ヤエは黙々と世話をするのみだ。

 食事はほぼ流動食で、調子が悪いと三口ほどで終わってしまう。
 こんな身体で将来皇位を継げるのだろうか。まだ正式に決まっているわけではない。だが、リュウト皇子は後継者第一位であるのだ。
 どうでもいい疑問が頭を過った。ヤエが心配する問題ではない。
 
「今はこんなにも弱い奴だが──将来、お前を守れるような逞しい男になってみせるぞ……」 
 
 乾いた唇から漏れたその台詞は、何とも現実味がない。 
 
「どうか、ご無理なさらずに」
 
 淡々とした口調でそう答えるしかなかった。

 ヤエはリュウト皇子の看病をすればするほど、心が闇に支配されていくのを感じていた。
 この病は治る様子がない。何が原因か分からず、薬を変えてもまるで効果がない。
 昼夜問わず殆ど部屋に籠りっぱなしで、リュウトはいつも寝てばかりだ。冷たい部屋の中には、数本の蝋燭の光しか照らすものがない。空気も籠っている。外の音からも遮断された室内は、まるで牢獄のようだ。
 このような所で日々を過ごすうちに、ヤエは笑顔を失ってしまった。いや、笑いかたが分からなくなった。この闇の空間が、ヤエの心から喜楽を奪ったのである。

 ヤエが闇のような日々を過ごす中、兄のシュウは変わらずに戦い続けていた。
 そして、ある大手柄を立てたという知らせが届く。
 東軍から間諜として潜んでいた兵士の正体にいち早く気付き、斬首したとのこと。もしもその間諜が東の国に帰還してしまえば、北国の重大な情報が漏れていた恐れがあったのだそう。

 ヤエは軍事に関しての詳細は深く知らない。しかし、兄のシュウが確実に北国──つまり皇帝の信頼を得ていることだけは分かった。民の暮らしを豊かにする為に、どんなに自らの手が血で染められようともシュウは意志を貫くつもりなのだ。
 功績を残してきた兄の顔に泥を塗ってはならない。それ故ヤエは、どんなに苦痛な毎日でも我慢し続けてた。
 
 ──それから更に月日は流れる。
 この世の混乱を更に大きくする出来事が起きてしまった。
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