上 下
72 / 165
第八章

72,ヤエが生まれ育った場所

しおりを挟む
 ヤエは、どこかの村に立ち尽くしていた。白い泥煉瓦で作られた小さな家々が立ち並ぶ風景。そこに、女子供が活発に働く姿が現れる。家畜たちが伸び伸びと村の中を歩き回っていて、何とものどかな場所なのだ。
 この村に既視感があった。

(私が、暮らしていた村……?)

 幻想に立ち尽くしたまま、ヤエはハッとした。

(そうだ。たしかに、そう。私が十歳まで暮らしていた場所だ……)
 
 はっきりと脳裏に流れ込んできた。自分が過去に暮らしていた故郷の記憶が。
 忘れていたのが嘘のようだ。
 生まれ育った村の存在を思い出すと、ヤエの身は幻想世界に溶け込んでいく。

 人々を客観的に眺めているのではない。しっかりと感じる。大地の感触、肌に触れる空気、風に乗って流れてくる自然の匂い。全ての感覚が、ヤエの五感に刺激を与えてくれた。

 ──ヤエは、北国の城下村出身だ。

 村に住む男たちは毎日武術を習い、身体を鍛えていた。女は働き、赤子がいる者は子育てに専念していた。そうやって、皆が村を守る為に生きている。

 ヤエは母の養鶏場を手伝う、どこにでもいるごく普通の村娘であった。
 百羽を越える鶏たちに餌を与え、卵があればそれを拾って集める。時には食べ頃の鶏を捌くことも。日中、鶏たちは広い庭を自由に散歩させていた。伸び伸びと育てた方が卵をたくさん産むし、肉付きもよくなるのだ。

 幻想世界に入り込んだヤエは、当たり前のように母の仕事を手伝っていた。

「──ヤエ、少し休みましょう」
「はい、お母様」

 母に促され、ヤエは埃だらけの衣服を軽く叩く。養鶏場での仕事は汗や埃ですぐに汚れてしまう。それでもヤエは、小さな頃から鶏の世話をしてきたので特に嫌がったりもしなかった。

 養鶏場のすぐ横に家がある。ソン家の娘として生まれてきたヤエは、ずっとそこで暮らしていた。
 一度家の中へ戻ると、母は採れたての卵を焼いてくれた。ヤエは椅子に腰掛け、美味しく頂く。味付けなど何もないが、ふんわりした食感と、卵本来の甘味が口の中を幸せにしてくれるのだ。

「今朝は卵がたくさん採れたから、村の中心地へ行って売ってくるわね」
「お気をつけて」

 母は卵を入れた籠を背負い、商店が集う村の中心地へ向かっていった。

 ──その後ろ姿を眺めながら、ヤエは懐かしく思う。
 自分には優しい母がいた。はっきりと顔は思い出せないが、いつも優しくて懸命に働いていた。鶏の世話で服はいつも汚れていたが、人柄の良さで村の皆に好かれていた。

 もちろん、ヤエには父もいる。父は身体が丈夫で、誰かと一緒に村人たちに弓術などを指南していたはずだ。村を守る為、日々の鍛練を惜しまない。村の男は皆、父たちの教えをよく聞いていた。

 そして家族はもう一人。ヤエにとって最も身近な存在がいたのだが──

(誰だっけ? 「あの方」は、村の人たちに弓術を教えていたわ)

 ヤエは考え込む。
 家の外に出て空を眺めた。雲ひとつない快晴で、太陽の光が心地よい。
 少しずつ思い出してみるが、一気に記憶が戻ることはないようだ。

 ぼんやりしていると──突然、ヤエの隣に白い影がスッと現れる。

「あ……」

 美しい白い毛を纏う巨大な身体。鋭い眼は圧が掛かっているように感じられるが、一方で優しさも伝わってくる。ごろごろと喉を鳴らし、ヤエの腕に顔を寄せて来た。

 その姿を見て、ヤエは目尻が熱くなってしまった。 

「……ハク」

 久しく会っていなかった友の姿。たちまちヤエの胸が熱くなった。
 勢いよく抱きつくと、柔らかい毛の感触がヤエの手に、腕に、顔にしっかりと伝わってくる。

 ──ここはあくまで幻想世界なのに。あまりにもハクの存在が現実的で、本当に再会できたのだとヤエは一瞬でも錯覚してしまう。

 ヤエの反応に、ハクはどことなく戸惑っているようだった。

「あ……ごめんね、ハク。何でもないの」

 そっと身体を離した。それでもハクは、喉を鳴らしてヤエにすり寄ってくる。
 幻想の世界でも構わない。大切な友のぬくもりをしっかりと感じていたかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

〈感情高度文明都市〉Dear:*** from massnomadic

薪槻暁
ファンタジー
時は21世紀初頭。順風満帆な人生を送っていた「僕」は最愛だった妻を失い、屋上から身を投げる。しかし、再び目を覚ますと眼前には僕を兄と慕う少女ミユの姿があった。ホログラムという仮想現実、感情を数値化しMBTと呼ばれる脳内装置によって記憶や感情を他人と共有できる世界で彼らはいったい何を見出すのか。 感情とは何か?人とは何か?を追求した近未来SFファンタジー。

琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響
恋愛
仮想敵国の王子に恋する王女コトリは、望まぬ縁談を避けるために、身分を隠して楽師団へ入団。楽器演奏の力を武器に周囲を巻き込みながら、王の悪政でボロボロになった自国を一度潰してから立て直し、一途で両片思いな恋も実らせるお話です。 王家、社の神官、貴族、蜂起する村人、職人、楽師、隣国、様々な人物の思惑が絡み合う和風ファンタジー。 ★作中の楽器シェンシャンは架空のものです。 ★婚約破棄ものではありません。 ★日本の奈良時代的な文化です。 ★様々な立場や身分の人物達の思惑が交錯し、複雑な人間関係や、主人公カップル以外の恋愛もお楽しみいただけます。 ★二つの国の革命にまつわるお話で、娘から父親への復讐も含まれる予定です。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ガチャからは99.7%パンが出るけど、世界で一番の素質を持ってるので今日もがんばります

ベルピー
ファンタジー
幼い頃にラッキーは迷子になっている少女を助けた。助けた少女は神様だった。今まで誰にも恩恵を授けなかった少女はラッキーに自分の恩恵を授けるのだが。。。 今まで誰も発現したことの無い素質に、初めは周りから期待されるラッキーだったが、ラッキーの授かった素質は周りに理解される事はなかった。そして、ラッキーの事を受け入れる事ができず冷遇。親はそんなラッキーを追放してしまう。 追放されたラッキーはそんな世の中を見返す為に旅を続けるのだが。。。 ラッキーのざまぁ冒険譚と、それを見守る神様の笑いと苦悩の物語。 恩恵はガチャスキルだが99.7%はパンが出ます!

みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る

伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。 それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。 兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。 何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

処理中です...