上 下
63 / 165
第七章

63,怯える兵士たち

しおりを挟む
 リュウキの手の内から、真っ赤な炎が溢れ出した。額からは大量の汗が滴り落ちる。
 ヤオ村で燃え続ける炎は、今でもリュウキの気力を削っているのだ。その上で更に大きな炎の力を放出しては、体力の消耗がとんでもなくなるのは当然のこと。

 ──ひと度で終わらせてやる。

 彼女を守りたいからこそ、この場に留まってほしくない。

「ヤエ、早く逃げて。もう敵がすぐそこに」
「リュウキ様……」

 悲しげな声でヤエは、ゆっくりとリュウキの隣に立つ。そして、首を大きく振るのだ。

「私も、戦います」
「……何だって?」
「氷の力を使います」
「いや、ヤエはまだ覚醒したばかりだ。力を上手く使えないだろう?」
「それでも! リュウキ様を放ってここから逃げるなどできません!」

 ヤエの目は本気だった。美しい水色の瞳が、じわりと朱に染まっていく。

 お願いだ、君を危険な目に遭わせたくない。

 説得しようとした。しかしそんな時間すらない。
 
「そこの者!」
 
 鋭い声が二人の方に向けられる。ついにこちらの存在に気づかれた。
 百を越える敵兵がいざ目の前に現れると、圧倒されてしまう。リュウキは思わず息を呑んだ。
 
「……西軍の兵士か?」
 
 見るからに東軍の将軍であろう男が、黒い馬に跨がってリュウキたちをキッと睨みつける。他の騎兵たちは皆、鉄製の長槍を持っていた。
 
「君たち、このシシ村へ何の用? 見事に荒らしてくれているみたいだけど。今すぐ帰ってくれないかな」
 
 出来るだけ冷静に。だが、どすの利いた低い声を出して威嚇してみせる。
「一般兵が生意気な」「一捻りにしてくれる」そんな罵声が浴びせられると思っていた。

 しかし──リュウキのそんな予想とは違い、騎兵たちはなぜだかざわつき始めるのだ。将軍は眉間に皺を寄せ、リュウキの全身を嘗めるように見てきた。

 すると将軍は目を大きく見開き、小刻みに揺れながらもリュウキを指差した。
 
「……貴様……いや、貴方は……」

 馬に跨がっていた兵士たちは一斉に地に下りると、ひざまついて突然頭を深く下げる。誰も彼もが肩を震わせ、まるでリュウキに怯えているようだ。

 彼らの態度にリュウキは戸惑う。

「……どういうこと、ですか?」

 小声でヤエにそう問われるが、リュウキは無言で首を横に振るしかない。

「まさか貴方がこのような村におられるとは」
「なぜ西兵の鎧を着用されているのか分かりませんが……」
「先の無礼をお許しください」
「何卒、何卒」と、兵たちは震えながら何かを懇願している。
 なぜこのような態度を取られるのか。リュウキにはさっぱり分からない。

(この人たちは、まさか、僕の正体を知っているのか?)

 そう思わざるを得ない状況。リュウキは固唾を飲み込む。 

「皆、頭を上げて」

 リュウキの言葉に、兵士たちはゆっくりと顔をこちらに向けた。中には大量の汗を流す者までもいる。

 ──ここは単刀直入に訊いてみよう。リュウキはそう思い、言葉を続けた。

「そんなに怖がらないでよ。なぜ君たちは叩頭こうとうするの?」
「な、なぜと仰いましてもっ」

 俯き気味に、将軍は洪手こうしゅし、震えながら口を開いた。

「貴方はご自身の立場をお忘れですか? 【北国の皇帝】は我ら東兵にとっても敬意を示すべきお方です」
「……はっ?」

 将軍の放った言葉に、リュウキは一瞬息をするのを忘れてしまいそうになる。

「こう、てい? 何? どういうこと? リュウキ様が、皇帝……?」

 ヤエは口に手を当て、信じられないといった様子で固まってしまっている。

 当然だ。
 リュウキ自身も同様に困惑しているのだから。

「君たち、何を言っているの? 僕が、北の皇帝、だって……?」
「なぜ貴方のようなお方が、そのような格好でこんな場所におられるのか。お連れの者も、まさかその女兵たった一人なわけがありませぬ」

 たくさんの疑問符を浮かべる兵士たち。冗談で言っている様子は全くない。
 だがそれが、更にリュウキの頭を混乱させた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。  ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。

母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。 なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

神と従者

彩茸
ファンタジー
彼女もいなければ友達も殆どいない。だけど、それ以外はごくごく平凡。 そんな生活を送っていた岸戸 蒼汰は、ある日ひょんなことから神を名乗る少女の従者となる。 一変する生活、新たな出会い、知らなかった世界。足を踏み入れたその先で、彼を待ち受けるものとは。 ―――俺が守るよ。大切な主。 ※スマホの方は文字サイズ小の縦書き、PCの方は文字サイズ中の横書きでの閲覧をお勧め致します。  異能力と妖との続編ではありますが、読んでいなくても楽しめます。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

処理中です...