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第七章
63,怯える兵士たち
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リュウキの手の内から、真っ赤な炎が溢れ出した。額からは大量の汗が滴り落ちる。
ヤオ村で燃え続ける炎は、今でもリュウキの気力を削っているのだ。その上で更に大きな炎の力を放出しては、体力の消耗がとんでもなくなるのは当然のこと。
──ひと度で終わらせてやる。
彼女を守りたいからこそ、この場に留まってほしくない。
「ヤエ、早く逃げて。もう敵がすぐそこに」
「リュウキ様……」
悲しげな声でヤエは、ゆっくりとリュウキの隣に立つ。そして、首を大きく振るのだ。
「私も、戦います」
「……何だって?」
「氷の力を使います」
「いや、ヤエはまだ覚醒したばかりだ。力を上手く使えないだろう?」
「それでも! リュウキ様を放ってここから逃げるなどできません!」
ヤエの目は本気だった。美しい水色の瞳が、じわりと朱に染まっていく。
お願いだ、君を危険な目に遭わせたくない。
説得しようとした。しかしそんな時間すらない。
「そこの者!」
鋭い声が二人の方に向けられる。ついにこちらの存在に気づかれた。
百を越える敵兵がいざ目の前に現れると、圧倒されてしまう。リュウキは思わず息を呑んだ。
「……西軍の兵士か?」
見るからに東軍の将軍であろう男が、黒い馬に跨がってリュウキたちをキッと睨みつける。他の騎兵たちは皆、鉄製の長槍を持っていた。
「君たち、このシシ村へ何の用? 見事に荒らしてくれているみたいだけど。今すぐ帰ってくれないかな」
出来るだけ冷静に。だが、どすの利いた低い声を出して威嚇してみせる。
「一般兵が生意気な」「一捻りにしてくれる」そんな罵声が浴びせられると思っていた。
しかし──リュウキのそんな予想とは違い、騎兵たちはなぜだかざわつき始めるのだ。将軍は眉間に皺を寄せ、リュウキの全身を嘗めるように見てきた。
すると将軍は目を大きく見開き、小刻みに揺れながらもリュウキを指差した。
「……貴様……いや、貴方は……」
馬に跨がっていた兵士たちは一斉に地に下りると、ひざまついて突然頭を深く下げる。誰も彼もが肩を震わせ、まるでリュウキに怯えているようだ。
彼らの態度にリュウキは戸惑う。
「……どういうこと、ですか?」
小声でヤエにそう問われるが、リュウキは無言で首を横に振るしかない。
「まさか貴方がこのような村におられるとは」
「なぜ西兵の鎧を着用されているのか分かりませんが……」
「先の無礼をお許しください」
「何卒、何卒」と、兵たちは震えながら何かを懇願している。
なぜこのような態度を取られるのか。リュウキにはさっぱり分からない。
(この人たちは、まさか、僕の正体を知っているのか?)
そう思わざるを得ない状況。リュウキは固唾を飲み込む。
「皆、頭を上げて」
リュウキの言葉に、兵士たちはゆっくりと顔をこちらに向けた。中には大量の汗を流す者までもいる。
──ここは単刀直入に訊いてみよう。リュウキはそう思い、言葉を続けた。
「そんなに怖がらないでよ。なぜ君たちは叩頭するの?」
「な、なぜと仰いましてもっ」
俯き気味に、将軍は洪手し、震えながら口を開いた。
「貴方はご自身の立場をお忘れですか? 【北国の皇帝】は我ら東兵にとっても敬意を示すべきお方です」
「……はっ?」
将軍の放った言葉に、リュウキは一瞬息をするのを忘れてしまいそうになる。
「こう、てい? 何? どういうこと? リュウキ様が、皇帝……?」
ヤエは口に手を当て、信じられないといった様子で固まってしまっている。
当然だ。
リュウキ自身も同様に困惑しているのだから。
「君たち、何を言っているの? 僕が、北の皇帝、だって……?」
「なぜ貴方のようなお方が、そのような格好でこんな場所におられるのか。お連れの者も、まさかその女兵たった一人なわけがありませぬ」
たくさんの疑問符を浮かべる兵士たち。冗談で言っている様子は全くない。
だがそれが、更にリュウキの頭を混乱させた。
ヤオ村で燃え続ける炎は、今でもリュウキの気力を削っているのだ。その上で更に大きな炎の力を放出しては、体力の消耗がとんでもなくなるのは当然のこと。
──ひと度で終わらせてやる。
彼女を守りたいからこそ、この場に留まってほしくない。
「ヤエ、早く逃げて。もう敵がすぐそこに」
「リュウキ様……」
悲しげな声でヤエは、ゆっくりとリュウキの隣に立つ。そして、首を大きく振るのだ。
「私も、戦います」
「……何だって?」
「氷の力を使います」
「いや、ヤエはまだ覚醒したばかりだ。力を上手く使えないだろう?」
「それでも! リュウキ様を放ってここから逃げるなどできません!」
ヤエの目は本気だった。美しい水色の瞳が、じわりと朱に染まっていく。
お願いだ、君を危険な目に遭わせたくない。
説得しようとした。しかしそんな時間すらない。
「そこの者!」
鋭い声が二人の方に向けられる。ついにこちらの存在に気づかれた。
百を越える敵兵がいざ目の前に現れると、圧倒されてしまう。リュウキは思わず息を呑んだ。
「……西軍の兵士か?」
見るからに東軍の将軍であろう男が、黒い馬に跨がってリュウキたちをキッと睨みつける。他の騎兵たちは皆、鉄製の長槍を持っていた。
「君たち、このシシ村へ何の用? 見事に荒らしてくれているみたいだけど。今すぐ帰ってくれないかな」
出来るだけ冷静に。だが、どすの利いた低い声を出して威嚇してみせる。
「一般兵が生意気な」「一捻りにしてくれる」そんな罵声が浴びせられると思っていた。
しかし──リュウキのそんな予想とは違い、騎兵たちはなぜだかざわつき始めるのだ。将軍は眉間に皺を寄せ、リュウキの全身を嘗めるように見てきた。
すると将軍は目を大きく見開き、小刻みに揺れながらもリュウキを指差した。
「……貴様……いや、貴方は……」
馬に跨がっていた兵士たちは一斉に地に下りると、ひざまついて突然頭を深く下げる。誰も彼もが肩を震わせ、まるでリュウキに怯えているようだ。
彼らの態度にリュウキは戸惑う。
「……どういうこと、ですか?」
小声でヤエにそう問われるが、リュウキは無言で首を横に振るしかない。
「まさか貴方がこのような村におられるとは」
「なぜ西兵の鎧を着用されているのか分かりませんが……」
「先の無礼をお許しください」
「何卒、何卒」と、兵たちは震えながら何かを懇願している。
なぜこのような態度を取られるのか。リュウキにはさっぱり分からない。
(この人たちは、まさか、僕の正体を知っているのか?)
そう思わざるを得ない状況。リュウキは固唾を飲み込む。
「皆、頭を上げて」
リュウキの言葉に、兵士たちはゆっくりと顔をこちらに向けた。中には大量の汗を流す者までもいる。
──ここは単刀直入に訊いてみよう。リュウキはそう思い、言葉を続けた。
「そんなに怖がらないでよ。なぜ君たちは叩頭するの?」
「な、なぜと仰いましてもっ」
俯き気味に、将軍は洪手し、震えながら口を開いた。
「貴方はご自身の立場をお忘れですか? 【北国の皇帝】は我ら東兵にとっても敬意を示すべきお方です」
「……はっ?」
将軍の放った言葉に、リュウキは一瞬息をするのを忘れてしまいそうになる。
「こう、てい? 何? どういうこと? リュウキ様が、皇帝……?」
ヤエは口に手を当て、信じられないといった様子で固まってしまっている。
当然だ。
リュウキ自身も同様に困惑しているのだから。
「君たち、何を言っているの? 僕が、北の皇帝、だって……?」
「なぜ貴方のようなお方が、そのような格好でこんな場所におられるのか。お連れの者も、まさかその女兵たった一人なわけがありませぬ」
たくさんの疑問符を浮かべる兵士たち。冗談で言っている様子は全くない。
だがそれが、更にリュウキの頭を混乱させた。
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