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第七章
61,幻想世界に現れる男
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鍛冶屋へ向かう途中、リュウキは何か違和感を覚える。視界が急にぼやけていくのだ。思わず眉間に皺を寄せる。前方に焦点を合わせようとするが、無駄だった。目の前が白く染め上がっていく。
──ああ、これは。またか。こんな折に、またもきたか。
幻想世界に、リュウキの意識が連れていかれる。
見知らぬ場所で立ち尽くすリュウキの意識は、何かに怯えていた。
暗い。蝋燭の火がゆらゆらと揺れる広大な部屋に、リュウキはいた。その正面に、玉座に腰かける男──その顔を目にして、リュウキは息を呑む。なぜかその男の顔は、自分と瓜二つなのだ。
(僕……なのか?)
玉座に座る男は、虚ろな目をしている。黒い髪の毛は長くボサボサで、身体は痩せ細っているように見えた。宝石の付いた冕冠を被り、赤い漢服を纏っていた。身なりだけは立派だ。
リュウキと同じ顔をしているのはたしかだが、雰囲気が全く違う。
──この男は自分とは別人、か?
男から目を逸らすことなく、リュウキは警戒する。
「お……め……」
男はぎこちなく口を動かし、何かを発していた。だが、はっきり聞き取れない。
「お……者、め」
力がなく声が出せないのだろうか。血走った目でリュウキを睨み付けてくる。
(一体、誰なんだ……? 僕ではない、はず)
そう思いたかった。
今見ている幻想の世界は、きっと偽物だ。嘘のものだ。決して記憶の中に眠る現実ではない。
「愚か者、め……!」
絞り出すように出た言葉は、弱々しく暗闇に溶けてなくなった。
男は真っ青な顔をしながら、震える手でリュウキの方を指差す。
オロカモノメ、オロカモノメ、オロカモノメ……
死んだように繰り返される罵りの台詞。
リュウキの胸の奥が急激に熱くなった。訳も分からずに自分と同じ顔をする人間に侮辱されることは、何とも気味が悪い。
だが、この刹那。
唐突に男が苦しそうに呻き始めた。首を両手で抑え、息を大きく吸おうとしているが、上手く呼吸ができない様である。
「う、ぅぅう……うぅああああ……」
男は玉座から落ち、横転していった。うつ伏せになったまま、口から大量の血を吐き出す始末。
(な、何だ。どうしたんだ……?)
身体をピクピク痙攣させたまま、男はやがて動かなくなってしまう。
──大きく開いた目はどす黒くなっていた。
(死んだのか……?)
倒れこむ男のそばに恐る恐る近づいてみる。白目を向き、大きく口を開けたまま微動だにしない。
しかし、男の姿を見て、リュウキは何となく理解した。
この男……まだ、生きている。しかも、この幻想世界だけではない。現実にも、この男は確実に存在する。
(待てよ。現実に存在するだって? 僕はなぜそんなことを? この男は一体何だというんだ。僕の本来の姿、なのか……?)
リュウキは思考を巡らそうとする。しかし、思い出そうとすればするほど、頭痛がして仕方がない。
貧弱な姿をした謎の男。自らの容姿と全く同じ人間。
分からない、分からない、分かりたくない……。
頭を抱え、リュウキはその場に踞る。
旅先で会ったナナシとシュウという人物たちに、忠告を受けた。一気に記憶を取り戻そうとすると、精神が破壊されると。
リュウキはここで、考えを無にしようとする。
乱れていた息を整え、額に流れる汗を手の甲で拭き取った。
倒れ込む男から目を逸らし、こんな幻想世界から抜け出そうと現実の方に意識を向けようとした。
だが──この折、口から吐血しながら男が急に叫ぶのだ。
「愚カ者メ。コノ死ニ損ナイ! オ前ナドイナケレバ」
オ前ナドイナケレバオ前ナドイナケレバオ前ナドイナケレバオ前ナドイナケレバ
耳が痛くなるほどの絶叫。男は狂ったような目で、リュウキを睨み付けている。口から溢れるどす黒い血が、大理石の床に飛び散る。
あまりの恐怖に、リュウキは逃げ出したくなる。だがどうしても身体が動いてくれない!
(早く……)
息が上がりながらも、リュウキは目を閉じて幻想の意識を遮断しようとした。その間にも男が呻き散らかす声が響き続ける。
(早く、ここから逃げるんだ!)
身体中が熱くなり、じわじわと手の内が燃え上がるような感覚がした。
恐怖心が極限まで迫りきていて、火の力が暴走しそうになっているのか。
『リュウキ様』
──意識の向こう側で、彼女の声がした。心配しているような声だ。
(ああ、ヤエ……)
彼女の声を辿れば、この場から立ち去れると思った。
心の中でリュウキは叫んだ。
(ヤエ、助けてくれ……!)
この声が彼女に届くのかは不明だ。それでも、関係ない。
『リュウキ様、どうしました? 大丈夫ですか?』
彼女の声は、リュウキにとって救いのようなものだ。現実世界へ導かれるように、リュウキは彼女を捜し続けた。
だが、謎の男はしつこい──
「オ前ナドオ前ナドオ前ナドオ前ナド……」
いつまでもいつまでも喚いていた。
リュウキは決して、男の方に目を向けることはしない。求めるのは、彼女の姿だけ。
──やがて幻想世界の光景が薄れてきた。暗闇の広大な部屋は灯りをなくし、王座の横で倒れる男の姿も透き通っていく。
それでも男はぶつぶつと呻いていた。
──オ前ナド同胞デモ何デモナイ
男の声はそこで聞こえなくなった。
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