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第六章

56,抗い

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 傷男は不敵な笑みを浮かべながら両腕を組む。
 心拍数は上がる一方だが、ヤエは男から目を離すことは決してしない。
 
「随分、正義感の強い女だ。そういう奴は嫌いじゃねえ」
「……え?」
「実はおれらも、間違っていると考えていたところだ。罪もねえ民を巻き込んで化け物にするなんぞ、許されるわけがねぇよなぁ?」
 
 山賊の表情は相変わらず怪しげだ。本心で言っているのかよく分からない。
 それでもヤエは、この三人が村から立ち去ってくれるならと交渉を試みる。
 
「……あなた方は他の山賊たちとは違い、少しは話が通じるようですね?」
「おうよ。おれらだってこんな時代に生まれてこなけりゃ、普通に働いて世の中に貢献したかったと思っているぜ。おれら山賊が今していることと言えば、人を化け物にするだけじゃなく、誰彼構わず金品を奪い取って人々を悲しませている。本当に胸が痛むよな」

 傷男が二人の山賊たちにそう言うと、顎髭ともう一人白髪男は大袈裟に頷くのだ。
 ヤエはそこで少し気を抜いてしまう。
 
「でしたら……北の国に従うのはやめにしませんか? その衣装も脱ぎ捨て、どこかの村でまともに働いて生きていきませんか?」
「まともに、ねえ」
「きっとできますよ」

 ヤエは山賊たちに微笑んでみせた。半分は嘘の笑顔。きっと引きつってしまっている。
 
 突然、傷男がヤエの右肩をがっしり掴んだ。かと思えば、隣に立って肩に手を回してくるのだ。
 
「ああ、分かったよ」
 
 傷男の言葉に、ヤエは目を見開いた。
 ──思いがけない返事だったからだ。

 しかし、やはり山賊は悪である。次に出た台詞にヤエは息を呑む。
 
「おれらはこの村の連中に迷惑を掛けたりしねえ。あんたが一晩、付き合ってくれるならな」
「……はい?」
 
 ヤエは思わず怪訝な顔をする。とんでもない条件だ。

 山賊共はニヤニヤしながら舐めるようにヤエを見てくる。
 ──やはりこういう輩は、話が通じる相手ではない。
 
「何を仰っているのか分かりません」
「怒った顔もなかなか可愛いじゃねえか」
「なあ、おれらと楽しいことしようぜ? そらだけでこの村を救えるんだから、あんたは英雄になれるんだぞ。安いもんだろう!」
 
 大きい溜め息を吐いた。山賊たちの話す内容は、どうしたって理屈がおかしい。下品に笑う山賊たちに嫌気が差し、ヤエは傷男の腕から思いっきり離れていった。

 腰に携える剣に手を添えて、山賊たちを睨みつける。
 
「……甘く見ないでください」
「あ?」
 
 ヤエの様子を見て、三人の目つきが一瞬にして変わった。今の今まで不敵な笑みを浮かべていたのに、今度は苛立ったような表情になる。
 
「そんな話に乗れるわけがありません」
「なんだぁ、女。民を守る為なら、身を売るくらい大したことねぇだろうが」
「女は野郎の言うことを聞いてりゃいいんだよ」
「大人しくおれらに付いてこりゃ、この村は見逃してやるんだぞ!」
 
 拳をボキボキと鳴らす傷男。両側の男たちは、徐に長剣を手に取っていた。
 それでもヤエは、戦闘態勢に入る。左手で柄を強く握り、いつでも攻撃が出来るように。

 しかし実際は身体が小さく震えていた。胸の奥が、嫌な感覚がする。
  
「なんだよ、おれらとやり合うつもりか?」
「一般兵が生意気だ」
「自分から痛い目に遭おうとするとはよ」
 
 山賊とヤエの間に、暫しの沈黙が流れる。冷たい空気が、ヤエの全身を小刻みに揺らした。

 周囲さえも静かだ。村人たちは皆、姿を消した。当然だ。山賊と敢えて揉め事をしようとする人などいない。

 ヤエはゆっくりと剣を引き抜く。指先は、冷たくなる一方だった。
 
「そんな華奢な身体で山賊三人に敵うと思うなよ」
 
 傷男は長槍を構えると、態勢を低くした。ヤエの背丈の倍はあろうかと思われる大きな槍。
 本気を出してくるらしい。

 この場から逃げようとはヤエは一切考えなかった。
 
「馬鹿な女め!」
 
 山賊たちは三人同時に突進してきた。地が揺れるほどの物凄い地響き。思わず後退りしそうになるが、ヤエはすかさず右へと身を躱す。

 ──捻った足に激痛が走った。

 しかし一切顔色を変えず、剣を構える。

「三人同時なんて、山賊さんたちは容赦ないのですね」

 冷や汗を流し、ヤエは息を整える。

「うるせえ、このアマ!」

 傷男が大声を上げ、長槍をぶんぶんと振り回す。
 見るからに重たそうな槍をいとも簡単に持ち上げてしまうその勢いに、ヤエは一瞬怯んでしまった。身体の奥が急激に冷たくなる。

「おれらに噛みつくとどうなるか教えてやるよ!」

 煩わしい雄叫びと共に、もう一度三人はヤエに向かって武器を向ける。今度は各々散っていく。左右中央を挟む形でヤエに飛びかかってきた。

 ヤエが避けるとしても後方のみ──いや、ちょうど背後は宿舎の外壁があって退けるほどの距離がない。
 まともに攻撃を受けるしかないのか? こちらが剣を振るって三人を反撃するか?

 否。力が足りない。どれも無理だ。ならばどうすればいい。

「死ねぇっ!!」

  考える暇など皆無。目前まで山賊たちが刃を向けて襲いかかってきていた。
 咄嗟に剣の刃を使って我が身を守ろうと構えた。完全に防御できるわけがない。しかしそうするしかないのだ。

 ──刹那。

「……ッ!?」 

 突如山賊たちが、声にならない悲鳴を上げた。

(これは……?)

 ヤエの目の前が、赤色に染まっている。
 剣を握る指先が、あり得ないほどに冷たい。まるで両手が氷になってしまったかのようだ。両手が青白くなっているのだ。

 ヤエが状況を把握しないまま、瞬く間に手のひらから氷の結晶が溢れ出た。
 よく分からない感覚。じんわりと冷や汗のようなものが手の中から流れ出てきたと同時に、その液体が凍りついてしまう。

 ヤエの氷は止まることなく行き場を失うと、剣の刃先まで伝っていく。 

「な、なんだ!?」

 ヤエの手にしていた剣が凍りつくと、今度はそれが目の前にいた山賊三人に飛び散っていく。腕や身体に張り付いたヤエの氷の結晶は、瞬く間に山賊の動きを封じてしまった。

 ──ヤエはハッとした。これは『氷の力』だ、と。
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