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第六章
49,信頼できる相手
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──そこでヤエは現実世界に意識を戻した。
頬がヒリヒリする。切なさで胸が張り裂けそうになった。
今のは一体なんだったのだろう……。
ハクを思い出すと、ヤエはやるせない気持ちになってしまう。今頃、彼はどうしているだろうかと。彼の安否も分からず心配でならない。
ヤエは大きく息を吐き、ゆっくりと瞼を持ち上げた。意識はハッキリしている。
薄暗くて見えづらいが、傷んだ天井が目に移った。
どうやら自分は、凍りつかずに済んだらしい。
しかし、ここはなんとも埃っぽい。かび臭さが鼻をつく。毛布にくるまりながら、ヤエはいつの間にか寝床で横たわっていたようだ。
周囲を見回してみる。
ここは、どこだろうか。小屋のような所か。部屋の隅には藁が散らばっていて、家具や什器はボロボロのものが乱雑に置かれている。
古びた椅子には──彼が、リュウキが座っていた。背を向けながら手のひらから小さな炎を放ち、蝋燭に明かりを灯しているところであった。
「リュウキ様……」
ヤエが声を掛けると、リュウキはすぐにこちらを振り返る。目を見開き、慌てたようにヤエのそばに駆け寄ってきた。
「ヤエ! ああ、良かった。目が覚めたんだね!」
「はい」
「安心したよ……。あのまま凍ってしまったらどうしようかと」
リュウキはこの上なく眉を八の字にし、ヤエの手をギュッと握った。
「ごめん、ヤエ。僕が無茶をしたせいで。怖い思いをさせてしまった」
「いえ。いいんです。ちゃんとこうして目覚めましたから。それより、ここはどこですか?」
まだ足が痛い。ヤエは起き上がって歩くことができずにいた。
困惑するヤエに微笑みながら、リュウキは口を開く。
「あの後、洞窟でもなんでもいいから、寒さを凌げる場所を探したんだよ。奇跡的にこの古い山小屋を見つけてね。すぐに避難した。長い間誰にも使われていないようで、見てのとおり埃だらけなんだ……。居心地が悪くて申し訳ないけど、我慢してほしい。その代わり、すきま風が入らないよう、僕のあたたかい炎で外を守っているから。今夜はここで過ごそう」
「えっ、リュウキ様の炎で……?」
言われてみれば、この小屋は壁や屋根がだいぶ古びていて、あちこち穴だらけである。それなのに、外からの風の影響は全く受けていない。むしろあたたかいのだ。
リュウキの額からは、汗が流れ落ちていた。
「リュウキ様、訊いても良いですか?」
「うん、何?」
「今も……ヤオ村の周りには炎が広がったままなのですよね?」
「そうだよ」
「それで、今はこの小屋もあなたの炎に包まれているのですよね」
「うん、それがどうかした?」
平然としているリュウキだが、ヤエには分かる。彼は今、とてつもないくらい気力を使い込んでいる。体力だけでなく、精神的にもかなりきついはずだ。
ヤエは大きく首を振り、リュウキの目をじっと見つめた。
「私は特異能力を使いこなせる人間ではありません。ですが、リュウキ様がとても苦しい思いをしているのが分かります」
「……何を言うんだよ」
「長旅で、今日は一日中私を背負って歩いていました。体力が限界に近いのではないですか?」
「そ、そんなことないよ。心配には及ばない」
わざとらしく咳払いをするリュウキに、ヤエははっきりと言った。
「──この小屋の炎を、消してください」
その言葉を聞いたリュウキは、案の定目を見開いた。大袈裟に首を横に振り、慌てた様子で言うのだ。
「だめだ。外は大吹雪なんだよ。この小屋の炎を消したら、一気に部屋の中が寒くなる。凍えるほどだ。ヤエがまた氷になってしまうかもしれないんだよ!」
「はい、分かっています」
あくまでもヤエは、落ち着いた口調を貫いた。息を深く吸い、少々間を空けてから続きの言葉を述べる。
「だから……リュウキ様。私をあたためてください」
「えっ……?」
「今夜を乗りきれば、明日の朝はきっと大丈夫です。私が再び氷にならないよう、あなたが私をあたためてください」
ヤエのこの言葉を聞くと、リュウキの顔はみるみる赤く染まっていく。瞬きの回数が増え、狼狽えるリュウキは、焦ったように言うのだ。
「な、ヤエ。君は一体、何を言っているんだ……?」
「一晩、あたためてほしいと申しております。私と身を寄せ合いながら身体を包んでくださるだけで結構です」
「いや、だからそれがおかしいって……」
内心、ヤエ自身も自分の言葉に驚いていた。
男女が山奥の小屋で二人きり。そんな空間で自分と添い寝をしろ、と申し出ているのだから、何が起きてもおかしくない。そんな状況を自ら作り出している。
しかし、リュウキはそんなことをしない、と妙な信頼を抱いていた。だからこそ、躊躇もなく出た言葉の数々なのである。
誘われた張本人は今までに見たこともないほど頬を赤く染め、耳まで熱くなっているようだった。
「それは、僕がきついよ」
「リュウキ様はそんな人だとは思っていませんので」
「だけど……僕だって男なんだ。君みたいに綺麗な人と同じ床で寝ていたら、僕の理性が持つか分からない」
頬がヒリヒリする。切なさで胸が張り裂けそうになった。
今のは一体なんだったのだろう……。
ハクを思い出すと、ヤエはやるせない気持ちになってしまう。今頃、彼はどうしているだろうかと。彼の安否も分からず心配でならない。
ヤエは大きく息を吐き、ゆっくりと瞼を持ち上げた。意識はハッキリしている。
薄暗くて見えづらいが、傷んだ天井が目に移った。
どうやら自分は、凍りつかずに済んだらしい。
しかし、ここはなんとも埃っぽい。かび臭さが鼻をつく。毛布にくるまりながら、ヤエはいつの間にか寝床で横たわっていたようだ。
周囲を見回してみる。
ここは、どこだろうか。小屋のような所か。部屋の隅には藁が散らばっていて、家具や什器はボロボロのものが乱雑に置かれている。
古びた椅子には──彼が、リュウキが座っていた。背を向けながら手のひらから小さな炎を放ち、蝋燭に明かりを灯しているところであった。
「リュウキ様……」
ヤエが声を掛けると、リュウキはすぐにこちらを振り返る。目を見開き、慌てたようにヤエのそばに駆け寄ってきた。
「ヤエ! ああ、良かった。目が覚めたんだね!」
「はい」
「安心したよ……。あのまま凍ってしまったらどうしようかと」
リュウキはこの上なく眉を八の字にし、ヤエの手をギュッと握った。
「ごめん、ヤエ。僕が無茶をしたせいで。怖い思いをさせてしまった」
「いえ。いいんです。ちゃんとこうして目覚めましたから。それより、ここはどこですか?」
まだ足が痛い。ヤエは起き上がって歩くことができずにいた。
困惑するヤエに微笑みながら、リュウキは口を開く。
「あの後、洞窟でもなんでもいいから、寒さを凌げる場所を探したんだよ。奇跡的にこの古い山小屋を見つけてね。すぐに避難した。長い間誰にも使われていないようで、見てのとおり埃だらけなんだ……。居心地が悪くて申し訳ないけど、我慢してほしい。その代わり、すきま風が入らないよう、僕のあたたかい炎で外を守っているから。今夜はここで過ごそう」
「えっ、リュウキ様の炎で……?」
言われてみれば、この小屋は壁や屋根がだいぶ古びていて、あちこち穴だらけである。それなのに、外からの風の影響は全く受けていない。むしろあたたかいのだ。
リュウキの額からは、汗が流れ落ちていた。
「リュウキ様、訊いても良いですか?」
「うん、何?」
「今も……ヤオ村の周りには炎が広がったままなのですよね?」
「そうだよ」
「それで、今はこの小屋もあなたの炎に包まれているのですよね」
「うん、それがどうかした?」
平然としているリュウキだが、ヤエには分かる。彼は今、とてつもないくらい気力を使い込んでいる。体力だけでなく、精神的にもかなりきついはずだ。
ヤエは大きく首を振り、リュウキの目をじっと見つめた。
「私は特異能力を使いこなせる人間ではありません。ですが、リュウキ様がとても苦しい思いをしているのが分かります」
「……何を言うんだよ」
「長旅で、今日は一日中私を背負って歩いていました。体力が限界に近いのではないですか?」
「そ、そんなことないよ。心配には及ばない」
わざとらしく咳払いをするリュウキに、ヤエははっきりと言った。
「──この小屋の炎を、消してください」
その言葉を聞いたリュウキは、案の定目を見開いた。大袈裟に首を横に振り、慌てた様子で言うのだ。
「だめだ。外は大吹雪なんだよ。この小屋の炎を消したら、一気に部屋の中が寒くなる。凍えるほどだ。ヤエがまた氷になってしまうかもしれないんだよ!」
「はい、分かっています」
あくまでもヤエは、落ち着いた口調を貫いた。息を深く吸い、少々間を空けてから続きの言葉を述べる。
「だから……リュウキ様。私をあたためてください」
「えっ……?」
「今夜を乗りきれば、明日の朝はきっと大丈夫です。私が再び氷にならないよう、あなたが私をあたためてください」
ヤエのこの言葉を聞くと、リュウキの顔はみるみる赤く染まっていく。瞬きの回数が増え、狼狽えるリュウキは、焦ったように言うのだ。
「な、ヤエ。君は一体、何を言っているんだ……?」
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「いや、だからそれがおかしいって……」
内心、ヤエ自身も自分の言葉に驚いていた。
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しかし、リュウキはそんなことをしない、と妙な信頼を抱いていた。だからこそ、躊躇もなく出た言葉の数々なのである。
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「それは、僕がきついよ」
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