【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん

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第五章

46,信じたくない嘘の世界

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 夢の中に落ちていく──
 リュウキは、薄暗い部屋の中に立ち尽くしていた。外の音や少しの光すらも通さない、寂しさに閉じ込められた空間。空気は重く乾燥していて、蝋燭の火もすぐ消えそうだ。
 妙に現実的な世界である。

(いや……違う。これは、幻想の光景だ)

 リュウキは冷静にそう判断する。

 ふと背後を見ると、部屋の奥に天蓋が備え付けられた立派な寝床があった。そこから微かに聞こえてくる。苦しそうな息遣いが。

 ゆっくり寝床に近づいてみると──そこには、一人の男が横たわっていた。顔はげっそりしていて、黒い髪の毛は乱れ放題。汗をたくさん流し、小さく唸っている。

 誰だ? どこかで見たことがあるような顔だ。

 虚ろな目で、男はリュウキに目を向けた。それから、弱々しく口を開くのだ。

「リュウキよ……。母上はわたしを不要としているようだな」

 震えながらそう話す男に対し、リュウキは首を傾げるしかない。

「母上とお前が話していたのを、全て、聞いてしまった……。どうやら母上は、リュウキを摘子として考えておられるのだな……」

 摘子? 何の話か。それに──母上、とは?
 口を閉ざしたまま、リュウキは首を小さく振る。

「不甲斐ない。こんな病弱で、母上にも見放されている。わたしは強くなければ。何の意味もないのだ!」

 涙ながらに男はしゃがれた声で叫ぶと、寝床に隠していたのだろうか、あるものを取り出した。
 リュウキはそれを見て目を見開く。

「それは……?」

 この空間の中で、自らの声が響いた。リュウキはハッとした。幻想の中でも、自分の声が出せるらしい。

 震えながらも男は、一輪の青空色の花を手に持つ。四枚の花びらを纏った花は、心を奪われそうになるほどに美しい。甘い香りを漂わせていて、胸が熱くなった。
 だが、リュウキはその花を前にして、心が唸る。それが一体なんなのか、直感で分かってしまったからだ。

 ──紛れもない。幻草の花である。

「なぜそんなものを……」
 
 幻草花を指すリュウキに向かって、男はニヤリと答えた。

「教えてやろう、リュウキ。先帝たちの手によって、一世紀以上前から幻草は栽培されてきたのだ」
「なんだって……?」
「幻草は西陽がよく当たる湿気の多い場所を好む。満月の夜に花を咲かせ、春には大量の種を撒き散らすのだぞ。これは、父上からわたしが授かった知識である」
「待ってくれよ。幻草は危険なものだろう? どうしてそんなものを栽培するんだよ」
「先帝は幻草の力を借りて、国を支配しようとしたらしい。しかし、各地に化け物が増殖しただけで、更にこの世を混乱させる要因となったがな」

 リュウキは眉を潜めた。人間の、いや、皇族の下らぬ計らいのせいで、人々だけではなく動物や自然界にも影響が出ている。本当に愚かだ。
 乾いた唇で、男は更に続けるのだ。

「しかし父上は、違う目的でこの幻草を利用しようとしたのだ。病弱だったわたしを救おうとしてくれた」

 話しながら、男はその花をおもむろに口元に運んだ。
 まさか、食べる気か?

「いや、待てよ。そんなもの口にしたら、危険だ。化け物になるんだぞ!」
適量・・を口に含めるのだ! 精神さえ崩壊させなければよい。さすれば不老不死となり、強い力を手に入れられるのだぞ!」
「だめだよ。絶対にやめろよ!」
「わたしは生まれながらに病に苦しんでいる。お前は、救いの薬の力を信じられぬと申すのか」

 リュウキが制御しようとしても無駄だった。
 躊躇する様子もなく、男は幻草の花を一輪平らげてしまったのだ。

 ──目の前が闇に包まれる。
 リュウキの心臓が低く唸った。

 瞬きをした次の瞬間には、景色が変わっていた。場所も時もまるで違うようだ。

 リュウキは、固唾を呑む。
 目の前に、白い衣装を纏った女性が一人倒れていたのだ。白目を向いて泡を吐き、苦しそうな顔をしている。なんと惨い姿であろうか。

 一目見れば分かった。その女性は、既に息絶えている──

 女性は、一度幻想の世界に現れた見知らぬ・・・・あの母親だった。

『あの子は生まれつき病に冒され、まともに練武もできません。弱いのです』
『病弱な男児を持ったわたくしの心が一番傷ついています』

 そのような台詞が、リュウキの頭の中を過る。 

 この方は、皇后らしい。

 リュウキは幻想の闇の中で頭を抱えた。
 違う。病弱な男とも、この皇后とも自分とは何の関係ない。今まで見てきた幻想は、全て虚偽の世界だ。信じてはいけない。

 一度深く息を吐き、リュウキは前を見た。
 床で寝たきりであったはずのあの男が、両拳を握ってその女性を見下ろしていた。「病弱」だとは思えないほど、しっかりした佇まい。その眼差しは、とんでもなく冷酷なものだ。

「母上。あなたが悪いのですよ。偏見でしかものを見られないあなたの言動に、わたしがどれだけ苦しめられてきたか……」

 低く冷淡な口調であった。

 ──君は、一体何を言っているんだ……? この人を殺めたのは、まさか君なのか?

 リュウキがそう問いかけようとしたとき、突然目の前が真っ白になった。男の姿も、息絶えたあの女性も、消えてなくなってしまった。
 リュウキは何もない世界で崩れ落ちる。蹲ったまま動けない。

(惑わされるな。僕はまだ、自分の記憶を取り戻せていないんだぞ)

 ひんやりと冷たい鎧が、震えるリュウキの身体と共にカタカタと音を鳴らした。

 リュウキはゆっくりと目を閉ざす。
 朝まで眠って、全て忘れてしまおう。関係のない幻想世界など、何の役にも立たないのだから──
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