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第五章
42,満月の日に待つもの
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ヤエは唖然とした。
下流に向かって川沿いを辿っていると、突然に──ナナシともう一人、美しい女性が現れたのだ。
「ナナシ様……どうして?」
ヤエが目を見張るも、ナナシは澄ました顔で立ち尽くす。
目の前には緑の木々が並んでいるだけだったはず。音も立てずに、まるでずっと前からそこに居座っていたかのよう。いかにして二人が出現したのか。
動揺しているのはヤエだけではない。一緒に歩いていたリュウキも目を見開いた。
ヤエは女性と目が合う。桃色の長い髪が靡く。あまりにも綺麗な人だった。
その女性は花のような笑みを咲かせ、
「こんにちは」
こちらに向かって会釈をしてきた。それに答え、ヤエも簡単に挨拶を交わす。
「ああ、驚いた。君か」
「リュウキ、ごめんね? 急に現れた感じになっちゃった。飛んできたの。驚いた?」
「ううん。さすが、と言うべきかな。それにしてもよかった。無事だったんだね!」
彼女に向かってそう言うと、リュウキは安堵したような表情に変わった。
──ああ、この人が。彼を助けたんだ。
そう理解し、ヤエは彼女に対して感謝の気持ちはもちろんあった。が、それとは別に、モヤモヤした感情が湧いてきてしまう。
「うん。彼がね、ナナシさんだっけ? 助けてくれたんだよ。あんな大きい魚を倒しちゃうんだから。しかも無傷でしょう? すっごい強いよね!」
嬉しそうに彼女はナナシの肩を叩く。
「馴れ馴れしい奴だよな。さっき会ったばかりだろ」
「いいでしょう。わたしたち、ある意味仲間なんだから」
「おい、お前な……」
「冗談だよ」と言いながら、彼女は口を閉ざした。
なぜだかナナシは困ったような表情になっている。
(仲間? どういうことだろう?)
聞こうにも、なんとなく聞ける雰囲気ではなかったので、ヤエは小さな疑問を自分の中に閉じ込める。
「ナナシ、ありがとう。彼女は僕の恩人なんだ。それにヤエのことも。悪かったね」
リュウキはナナシに向かって深く頭を下げていた。
そんな彼を溜め息混じりでナナシは眺める。
「それよりも、とんでもない無駄足を食らっただろう。兎に角二人とも、満月の日までにはシュキ城へ到着しないとな」
「ああ。そのことなんだけど」
腕を組み、リュウキは顔をしかめた。
「そろそろ教えてくれないかな?」
「……あ?」
「一体何が待っているのか。なぜ満月の日までにシュキ城へ赴くべきなのか。僕たちの記憶に繋がるものがあるんだよね? 白虎の……ハクの行方も本当に掴めるんだよね?」
一気に質問を投げ掛けられた張本人は、面倒くさそうな態度を取る。だがリュウキも負けじと、目力を強くしてナナシに目線をぶつけた。
軽く舌打ちをすると、ナナシはリュウキと目線を合わせることもなく口を開く。
「お前たちの記憶はお前たち自身で取り戻す。そうでなければ精神が破壊される。何度も言っているだろう。俺から直接話せることは何もないんだ」
変わらない答えを受け取り、リュウキはあからさまに残念だと言わんばかりに深く息を吐く。
ナナシは小さく首を振った。
「これだけは言える。俺の話を信じて損はない。それと」
言いながら、ナナシは後ろを向いた。白の毛皮が風に揺れる。
──彼の後ろ姿を見て、ヤエはここで何かとんでもない違和感を覚えた。
「俺たちが力を合わせれば、この世はきっと平和に近づくだろう」
風の音にかきけ消されそうになるほどの声量で、ナナシはそう言った。
「どういうことですか?」
「……」
黙る彼の後ろ姿は、哀愁が漂っていた。ヤエはナナシから目が離せなくなる。
「ナナシ様……?」
一時、その場に沈黙が訪れる。
ナナシはこちらを振り返ることもなく、ゆっくりと歩みを始めた。
(……立ち去ろうとしてる)
なぜだろうか。ヤエはナナシを引き留めたいと思ってしまった。そばに駆け寄り、腕を掴もうとする。
「待ってナナシ様」
しかし遅かった。
ヤエが声を発した次の瞬間には、ナナシの姿は消えてなくなった。まるで最初から、その場には彼以外の三人しかいなかったのだと言わんばかりに。
ヤエたちの空間は静けさに包まれていたのだ。
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