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第五章

39,助けたい

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「よし、それじゃ早速魚を捕ろうか!」
「うん、お願い」
 
 気持ちを切り替えるように、リュウキは軽く身体を伸ばす。腕をまくり、身軽になろうと防具を外そうとした。
 しかしこの時、リュウキの第六感が嫌な気配を捉える。

 ──まずい。

 咄嗟に察知した。すぐ近くに、化け物が潜んでいる。
 ……朱鷺たちでないのは明白だ。

「……逃げろ」

 蚊の鳴くような声で、リュウキは彼女に警告した。

「リュウキ……」

 朱鷺の少女は息を飲み、怯えた顔をしている。どうやら、彼女も化け物の存在に気づいたようだ。
 厳しい表情でリュウキは彼女に向かって叫んだ。

「飛べ、今すぐに!」

 リュウキの大声が、川の向こうまで反響していった。「敵」を刺激するのは分かっている。だが叫ばずにはいられなかった。
 その敵は空でもなく、地上でもなく──水面下に気配を隠しているのだ。

「早く、逃げて! 飛べ、飛ぶんだ!」
「う、うん……!」

 今までにないリュウキの様子に圧倒されたのだろう、彼女は震えながらも翼を広げた。そのまま宙に向かって飛び出そうとした。
 ──刹那。
 波打つように、突然川の流れが激しくなった。一気に水面が上昇し、リュウキたちの足元にまで水が弾いてきた。川沿いに咲いていた緋衣草たちも全てが水浸し。

(危険だ……!) 

 羽ばたいている時間などない。一刻も早くこの場から離れる為、彼女の手を引こうとした。しかし振り向いた時には遅かった。
 ──彼女は巨大な「敵」に捕まってしまっていたのだ。

「しまった」

 大きな赤目でギロりとこちらを睨んでいるのは──つい先程まで穏やかだった川にそぐわない巨大魚。銀色の鱗からドロッとした体液のようなものが溢れていた。それが彼女の全身に浴びせられ、魚の背びれにベットリと粘着してしまった。

「やだ、何これ。気持ち悪い……!」

 顔を真っ青にしてもがく彼女だが、全く離れられない様子だ。
 助けなければ。同じことを二度も繰り返してはならない。

「彼女を放せ」

 このまま下流に逃げられてはまずい。
 リュウキは意識を集中させ、火の玉を掌から吹き出す。真っ赤に染まる炎は勢いよく燃え上がった。

 しかし、魚は炎を浴びる前に水面下に身を潜めてしまう。無論、彼女も水の中へ。
 しまったと思った。これでは彼女が溺死する。
 そもそも水中の化け物に火の攻撃など効くはずもない。逆に敵を刺激してしまった。
 なんとかして彼女をあの化け物から引き剥がさなければ。

 リュウキは重い鎧を脱ぎ捨てると、勢いよく川の中へと飛び込んだ。

(逃がさないからな!)

 川の水は綺麗だ。水中で目を開いてみても周囲の様子がよく認識できた。
 泳ぎはできるリュウキだが、水中での速さは巨大魚に敵わない。
 朱鷺の少女を助けようと巨大魚に向かっていくが、素早く逃げられてしまう。 
 
 苦しそうにする彼女を見て、リュウキは焦り始める。もう一度魚を水面上に追いやるしかないか。どうすればいい。
 考えて考えて考え抜く。しかし答えが見つからない。
 彼女の目が虚ろになっていった。リュウキも息を止めるのを我慢できなくなってしまう。

(ごめん、ごめんよ。絶対に助けるから……)

 彼女に心の声が届くはずもない。それでもリュウキは謝り続け、一度水面上まで泳いでいく。
 息を大きく吸ってからすぐに潜ろうとした。

 ──だが、このほんの僅かな時間。
 今の今までそこにいた巨大魚と彼女の姿がなくなってしまった。

「まさか……!?」

 下流の方角を振り向くと──巨大魚は彼女を拐うように、とんでもない速さで逃げていくではないか。

「待て」

 リュウキは歯を食い縛り、後を追おうと身体の方向を変えた。

「待て……待て……!」

 必死になって水を掻き分け、川の流れに乗って泳ごうとする。だが、気づくとすぐそこには急流が!
 流れに乗ってしまえば、ここには戻ってこれないのが瞬時に分かった。
 それでも。
 彼女を見捨てる真似はできない。自分を救ってくれた相手だ。ここで諦めてたまるものか。

 その一心だった。意を決して、リュウキは泳ぎ進もうとした──その矢先。

「リュウキ様!」

  背後から、女性の叫び声が聞こえた。それは、リュウキがよく知っている人のものだった。
 一度前に進むのを止め、リュウキは声の主の方を振り返る。

「……ヤエ?」

 目を見開きながら川の畔で立ち尽くし、眉を八の字にしながらこちらを見つめるヤエが、確かにいたのだ。
 ヤエは大きく首を振り、声が枯れそうになるほど叫ぶのだ。

「激流にのまれたらどうするのです!?」

 ヤエはしゃがみこみ、リュウキに向かって手を差し伸べてきた。その手は、とんでもないほどに震えている。

「でも、魚の化け物に襲われた子がいるんだ。彼女を助けないと……」
「安心して、ナナシ様が助けに向かっていますから」
「え、ナナシが……?」

 あの白い毛皮を纏った謎の男か。なぜ彼が?
 状況は読めなかったが、ヤエが嘘をつくだろうか。
 必死になって手を伸ばし続けるヤエの表情は真剣そのもの。

「あのナナシのことは信用していいのか?」
「ご心配なく。巨大蜘蛛から私を救ってくれました。少なくとも、リュウキ様の今置かれている状況と比べると、ナナシ様の方が彼女を助けられる可能性は高いですよ」
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