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第五章

38,愛情を注ぐべき相手

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 それから二日が過ぎた。
 リュウキは全身に違和感を覚える。悪い意味ではない。むしろ良い感覚だった。

「動ける!」

 丸々二日間痛みでどうしようもなかったはずが、嘘のように回復していたのだ。
 右腕はもちろん、あばらや脚の骨折も完治したようである。
 絶望的に苦いあの治療薬が、どれだけ効果を発揮してくれたのか。痛いほど理解できた。

 起き上がり、若干鈍った全身をリュウキはゆっくりとほぐし始める。
 寝ていたせいで体力が少しばかり落ちたように思うが、すぐに回復するだろう。起き上がれただけでも、リュウキにとっては喜ばしい。 

「リュウキ」

  空の向こうから風に乗って彼女がこちらに舞い降りてきた。相変わらずの美しい翼の舞い。

「良かった。治ったんだね」
「この通りさ。君のお陰だよ。ありがとう」
「ううん。リュウキが頑張った結果だね」

 微笑みながら言う彼女の言葉に、リュウキの心がじんわりとあたたかくなる。

「君がいなければ僕はきっと飢え死にしていたと思う。もし君が人間だったら、お茶でも誘ってお礼をしたかったんだけどな」
「さすがにお茶は飲まないなあ」

 リュウキの顔を見上げ、彼女は目を輝かせながら続きの言葉を向ける。

「お茶は飲まないけど、川魚なら大好物だよ」
「川魚か。それなら僕がたくさん捕ってあげようか」
「本当? 結構大変だよ」
「手掴みで仲間の分も捕ってみせるさ」

 固くなった身体をほぐすのにもちょうどいい。
 朱鷺の少女はくすくすと小さく笑うのだ。

「リュウキって本当に前向きだよね」
「それが僕の取り柄だからね」
「分かった。それじゃあ、川辺に案内してあげる」
「ああ、お願い」
 
 あたたかい光が大地を染め、木の葉たちがそよ風と一緒に踊っている。歩けば歩くほど、居心地の良い空間が広がっていた。

 しばらく木々の合間を進んでいくと、やがて川のせせらぎが響き渡ってきた。

「こっちだよ」

  彼女はリュウキの手を引いて、嬉しそうに川辺まで歩みを進めた。
 行き着いた場所には、更に癒しとなるような光景が広がっていた。陽が充分に当たる場所であり、川の流れが光を反射させていたのだ。
 川沿いにはたくさんの花が咲いている。真緑の大きな葉を茎からたくさん生やし、唇形をした紫色の花びらをいくつも着飾っていて、太陽の光をたっぷり浴びて皆元気な顔をしていた。

 リュウキが花たちに目を奪われていると、彼女は手を離して三歩前に出た。微笑みながら手招きをするのだ。

「リュウキ、このお花があなたを助けてくれたんだよ」
「えっ?」

 首を傾げ、リュウキは朱鷺の少女の隣に立つ。楽しそうな口調で、彼女は語り始めるのだ。

緋衣草ヒゴロモソウって言うんだけどね。このお花には、大きな怪我や病気を治してくれる成分があるの。リュウキが飲んだあの苦い治療薬は、このお花をすりつぶしたものも入っていたんだよ」
「ああ……そうだったんだ……」

 あの味を思い出すだけで、リュウキは身震いしてしまう。が、緋衣草自体は美しい花で、むしろリュウキの目を癒してくれる。

「元々は遠い国にあるお花だったんだよ。半世紀前、ここを訪れた外国から来た人が大怪我をしたの。わたしたちはその人を助けてあげたんだけど、そのお礼にこの緋衣草の種をもらったんだ。今ではたくさん花を咲かせ続けてる。そして、この周辺に住む野生動物たちが怪我をした時、いつも助けてくれるの」

 花を眺める彼女の顔は優しい。リュウキはその様子を見てあることを悟った。

「君は、今までにたくさんの人を助けてきたんだね」
「……うん? そう、だね。そうだと思う」
「すごく優しい心を持っている。誰かを助けるだけじゃない。お礼でもらった花も大事にしている。素敵だよ」

 リュウキの言葉を受け取った彼女は、頬を薄い桃色に染めていた。わざとらしく背を向ける。

「あのさ、リュウキ……」
「何?」
「リュウキは素直だよね。褒め上手っていうか……」
「えっ、そう?」
「自覚がないんだね。今すぐに、直した方がいい癖だと思う」
「どうして? 誰かを褒めることって悪いことかな」
「そうじゃなくて」

 彼女はもう一度リュウキの方を振り向いた。

「あのね、誰かを褒めるのは決して悪いことじゃないよ。でも、やりすぎもよくない。あなたの想いを伝えるのは、大切に想ってる『その人』の為に取っておいてあげてね?」

 彼女の口調は固かった。優しい雰囲気からどことなく冷めたものに変わり、リュウキは少し戸惑う。

「ごめん、もしかして怒らせちゃったか……?」
「そうじゃないの。リュウキは本当にいい人だから。あんまり八方美人になりすぎないでね」
 
 なぜだかそこで妙な空気が流れた。
 綺麗な女性は嫌いじゃないしむしろ好きだ。彼女は心優しいし化け物とは想えないほどの美貌だ。
 だがいくら美しいものが好きなリュウキでも、気軽に手を出すような真似などしない。

「ごめんね、僕のチャラチャラした性格も良くなかったね。これからは気を付けるよ」
「謝るのはわたしにじゃなくて、愛情を注ぐべき相手だよ」

 そこまで話したところで、再び彼女に笑顔が戻った。この柔らかくてあたたかい表情を見ると、リュウキもホッと安心する。
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