【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん

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第四章

34,ナナシの表情

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 間もなく陽が暮れる。ヤエの焦りは募るばかりだった。
 すぐに下山しようと試みたものの、リュウキが落下したであろう方角には、人が歩くような道が全くなかった。

「どうしよう……」

 日没の知らせをするように、周囲はどんどん光を失っていく。ヤエの不安の文字は膨れ上がって止まらない。

「このままリュウキ様が見つからなかったら。もし化け物に食べられてしまったら……」

 獣道を進むほど、ヤエの呼吸が乱れていく。
 その隣で、ナナシは無表情だ。

「ヤエ、今日はもう休もう。陽が沈んだ後に行動するのはやめた方がいい」
「でも……」

 ヤエは足を止め、ナナシに向かって大きく首を振った。

「日没後は何も見えなくなる。こんな荒れ放題の山道を、人間が行動するのは危険極まりない。化け物たちも活発になる。下手に動いて襲われたら、それこそ終わりだぞ」
「……」

 何か反論しようとした。しかし、ナナシの言う通り。今朝のような化け物は、その辺りに潜んでいるかもしれないのだ。

 空が少しずつ夜の顔に変わっていく。 
 ヤエは益々、自責の念に駆られる。
 
「私のせいです」

 誰に向けているのかも分からない嘆きの言葉。
 ナナシは口を閉ざしながらヤエの話に耳を傾けようとしている。

「私があんな化け物に襲われていなければ、一人で行動しなければこんなことにはならなかったんです」
「ごめんなさい」と、小さく呟くヤエの声は誰の耳にも届かない。
 大きく溜め息を吐くと、ナナシはそっとヤエの肩に手を添える。

「今さら後悔してどうするんだ」

 どこか冷たくも、柔らかい口調であった。

「それよりも、リュウキの無事を願っていた方がずっといいぞ」
「……そうですね」
「悲しむなら、亡骸を見てからだな」

 淡々と綴られるそんな言葉に、ヤエは少しばかり傷ついた。
 だがナナシは、そこでふと笑みを溢すのだ。
 
「大丈夫さ、あいつなら」
「……え?」
「俺には分かる」

 はっきりとそう述べるナナシに、ヤエは戸惑いを隠せなかった。
 彼は涼しい顔をしている。

「まぁ早く捜し出してやらないと、何かあったら今度こそ死ぬかもな!」

 冗談のようにそう言うナナシの口調は、柔らかかった。
 ああ、この人。こういう話し方もするんだ。
 ヤエは彼をじっと見つめる。
 
「あの、ナナシ様」
「ん?」
「あなたは……私たちの知っている方、なのですね?」
 
 灰色の瞳を真っ直ぐ見つめ、ヤエはナナシからの返答を待つ。

 彼と話していると安心するし、心が落ち着く。この居心地のよさは、記憶の底に残っている。そんな気がした。

 腕を組み、ナナシは肯定もしなければ否定もしない。わざとらしく小首を傾げるだけだ。
 
「さぁな」
 
 その返事を聞いて、ヤエは少し口角を緩めた。
 
 夕陽が完全に沈んだ頃。暗闇に包まれた山の中を、月が仄かに照らし始めた。
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