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第四章
34,ナナシの表情
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※
間もなく陽が暮れる。ヤエの焦りは募るばかりだった。
すぐに下山しようと試みたものの、リュウキが落下したであろう方角には、人が歩くような道が全くなかった。
「どうしよう……」
日没の知らせをするように、周囲はどんどん光を失っていく。ヤエの不安の文字は膨れ上がって止まらない。
「このままリュウキ様が見つからなかったら。もし化け物に食べられてしまったら……」
獣道を進むほど、ヤエの呼吸が乱れていく。
その隣で、ナナシは無表情だ。
「ヤエ、今日はもう休もう。陽が沈んだ後に行動するのはやめた方がいい」
「でも……」
ヤエは足を止め、ナナシに向かって大きく首を振った。
「日没後は何も見えなくなる。こんな荒れ放題の山道を、人間が行動するのは危険極まりない。化け物たちも活発になる。下手に動いて襲われたら、それこそ終わりだぞ」
「……」
何か反論しようとした。しかし、ナナシの言う通り。今朝のような化け物は、その辺りに潜んでいるかもしれないのだ。
空が少しずつ夜の顔に変わっていく。
ヤエは益々、自責の念に駆られる。
「私のせいです」
誰に向けているのかも分からない嘆きの言葉。
ナナシは口を閉ざしながらヤエの話に耳を傾けようとしている。
「私があんな化け物に襲われていなければ、一人で行動しなければこんなことにはならなかったんです」
「ごめんなさい」と、小さく呟くヤエの声は誰の耳にも届かない。
大きく溜め息を吐くと、ナナシはそっとヤエの肩に手を添える。
「今さら後悔してどうするんだ」
どこか冷たくも、柔らかい口調であった。
「それよりも、リュウキの無事を願っていた方がずっといいぞ」
「……そうですね」
「悲しむなら、亡骸を見てからだな」
淡々と綴られるそんな言葉に、ヤエは少しばかり傷ついた。
だがナナシは、そこでふと笑みを溢すのだ。
「大丈夫さ、あいつなら」
「……え?」
「俺には分かる」
はっきりとそう述べるナナシに、ヤエは戸惑いを隠せなかった。
彼は涼しい顔をしている。
「まぁ早く捜し出してやらないと、何かあったら今度こそ死ぬかもな!」
冗談のようにそう言うナナシの口調は、柔らかかった。
ああ、この人。こういう話し方もするんだ。
ヤエは彼をじっと見つめる。
「あの、ナナシ様」
「ん?」
「あなたは……私たちの知っている方、なのですね?」
灰色の瞳を真っ直ぐ見つめ、ヤエはナナシからの返答を待つ。
彼と話していると安心するし、心が落ち着く。この居心地のよさは、記憶の底に残っている。そんな気がした。
腕を組み、ナナシは肯定もしなければ否定もしない。わざとらしく小首を傾げるだけだ。
「さぁな」
その返事を聞いて、ヤエは少し口角を緩めた。
夕陽が完全に沈んだ頃。暗闇に包まれた山の中を、月が仄かに照らし始めた。
間もなく陽が暮れる。ヤエの焦りは募るばかりだった。
すぐに下山しようと試みたものの、リュウキが落下したであろう方角には、人が歩くような道が全くなかった。
「どうしよう……」
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その隣で、ナナシは無表情だ。
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「でも……」
ヤエは足を止め、ナナシに向かって大きく首を振った。
「日没後は何も見えなくなる。こんな荒れ放題の山道を、人間が行動するのは危険極まりない。化け物たちも活発になる。下手に動いて襲われたら、それこそ終わりだぞ」
「……」
何か反論しようとした。しかし、ナナシの言う通り。今朝のような化け物は、その辺りに潜んでいるかもしれないのだ。
空が少しずつ夜の顔に変わっていく。
ヤエは益々、自責の念に駆られる。
「私のせいです」
誰に向けているのかも分からない嘆きの言葉。
ナナシは口を閉ざしながらヤエの話に耳を傾けようとしている。
「私があんな化け物に襲われていなければ、一人で行動しなければこんなことにはならなかったんです」
「ごめんなさい」と、小さく呟くヤエの声は誰の耳にも届かない。
大きく溜め息を吐くと、ナナシはそっとヤエの肩に手を添える。
「今さら後悔してどうするんだ」
どこか冷たくも、柔らかい口調であった。
「それよりも、リュウキの無事を願っていた方がずっといいぞ」
「……そうですね」
「悲しむなら、亡骸を見てからだな」
淡々と綴られるそんな言葉に、ヤエは少しばかり傷ついた。
だがナナシは、そこでふと笑みを溢すのだ。
「大丈夫さ、あいつなら」
「……え?」
「俺には分かる」
はっきりとそう述べるナナシに、ヤエは戸惑いを隠せなかった。
彼は涼しい顔をしている。
「まぁ早く捜し出してやらないと、何かあったら今度こそ死ぬかもな!」
冗談のようにそう言うナナシの口調は、柔らかかった。
ああ、この人。こういう話し方もするんだ。
ヤエは彼をじっと見つめる。
「あの、ナナシ様」
「ん?」
「あなたは……私たちの知っている方、なのですね?」
灰色の瞳を真っ直ぐ見つめ、ヤエはナナシからの返答を待つ。
彼と話していると安心するし、心が落ち着く。この居心地のよさは、記憶の底に残っている。そんな気がした。
腕を組み、ナナシは肯定もしなければ否定もしない。わざとらしく小首を傾げるだけだ。
「さぁな」
その返事を聞いて、ヤエは少し口角を緩めた。
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