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第四章
32,共生する化け物
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常識で考える化け物というのは、精神が崩壊してしまった生き物のことを指す。あの巨大蜘蛛のように人を襲い、そしてヤオ村の人々のように自我を失う。
その「例外」が、ここにも存在していたようだ。
「リュウキは見たことある? わたしみたいに、理性を保って人を襲わずに共生しようとする化け物を」
リュウキはすぐにその存在が頭に浮かんだ。氷の少女を必死に守ろうとしていた、化け物の姿が過る。
「うん、ある。あるよ。優しい心を持つ、化け物を僕は知っている。少女と一緒にいた化け物の白虎だ。人を襲うどころか命懸けで大切なものの盾になっていた」
その言葉を聞くと、彼女は大きく頷いた。
「その白虎さんは、その子のことが大好きなんだね」
「えっ?」
「リュウキは知らないんだね? 化け物になっても、何か大切な存在があれば、精神崩壊した後も自我を取り戻せることがあるの」
「そうなのか?」
「愛情、だよ。わたしたち化け物は心が壊れて闇に支配された時、人間を襲うようになる。だけど、大切な何かを想う気持ち、優しい心を取り戻せば理性を保って復活できるの」
「……」
嘘のような話に、リュウキは目を丸くする。
「あっ、その反応。ちょっと信じられない?」
「う、うん。なんて言うか、そんな心情的な問題が絡んでいるなんて。意外だな……」
「ふふふ、まあわたしの話を信じる信じないはあなたの自由だけどね」
──彼女が嘘を言っているとは到底思えない。
白虎の件についても、少女の話が本当なら納得できる。
リュウキはフッと笑みをこぼした。
「君にも、いるんだね」
「えっ?」
「愛情が溢れるくらいの、大切な存在」
「……うん、いるよ」
彼女の表情がこの上なく柔らかくなった。
「わたしたちが化け物になるもっと前の話。朱鷺はね、人間に好きなだけ狩られていたんだよ。綺麗だからっていう理由だけで。その時に殺された仲間は数えきれないほどたくさん。罠に掛かった家族もいる。わたしは……人間が怖かった。だけどある日、そんなわたしたち朱鷺を守ってくれる人間が現れたの」
そう語る彼女の表情は美しく、優しいものだ。
「朱鷺狩りが盛んだった頃、彼だけは必死になって狩人たちを追い払って助けてくれたの。もう昔の話だから、彼はこの世にはいない。それでも、人間の中にはこんなにも優しい心を持つ人もいるんだって知ってからね、わたしもいい人間は助けたいと思ったんだよ」
彼女の瞳の奥は綺麗だったが、切なさの色も混ざっていることにリュウキは気づいた。とても複雑な思いが伝わってくるのだ。
「僕が悪い人間だったらどうするの?」
「わたしたちを狩るなら四の五の言わずに返り討ちにするよ。だけど、リュウキは今大怪我しているし身動き出来ないよね? だから助けてあげる。それに──」
澄んだ瞳でリュウキのことを見つめると、彼女は口角を緩める。
「見て分かるから。あなたは、とっても優しい人間だって」
──なぜだか分からない。リュウキの胸の中があたたかくなっていった。何の疑いも無しに見ず知らずの人間に対して、信頼するような言葉を向けてくれる彼女の気持ちが単純に嬉しかった。
もう一度だけ、リュウキはひとつの疑問を彼女に聞いてみた。
「君は綺麗な女性に見えるけど──本当に化け物なんだね」
「うん、そうだよ。あなたは今『幻想』のわたしを見ているだけ」
度々聞く『幻想』という単語に、リュウキは首を捻る。
「幻草薬を使用した生き物は、現実と幻想の狭間にいるの。見ているものが全てではないし、真実と嘘が混ざってる。それだけの話」
「それじゃあ……君の姿は嘘のものなのか?」
「うーん、まあそんなところかな。本当の姿は朱鷺だから」
この話を聞いて、リュウキは厄介だなと密かに思う。
現実と幻想の区別がつかなくなりそうだ、と密かに怖くなった。実際に、目の前にいる朱鷺の化け物だという彼女も、どう見ても人間にしか見えないくらい現実的だからだ。
「リュウキ」
「うん?」
「怪我が早く治る薬があるの。持ってきてあげる」
「本当?」
「だって痛くて動けないと大変でしょう?」
「そうだね」
「少し待ってて、すぐ取りに行くから」
そう言ってから、彼女はまた両手を──白い翼を大きく伸ばした。
美しく輝く白い羽は、リュウキの目の中を癒してくれるほど。
風に乗って朱鷺は青空を舞っていく。
その「例外」が、ここにも存在していたようだ。
「リュウキは見たことある? わたしみたいに、理性を保って人を襲わずに共生しようとする化け物を」
リュウキはすぐにその存在が頭に浮かんだ。氷の少女を必死に守ろうとしていた、化け物の姿が過る。
「うん、ある。あるよ。優しい心を持つ、化け物を僕は知っている。少女と一緒にいた化け物の白虎だ。人を襲うどころか命懸けで大切なものの盾になっていた」
その言葉を聞くと、彼女は大きく頷いた。
「その白虎さんは、その子のことが大好きなんだね」
「えっ?」
「リュウキは知らないんだね? 化け物になっても、何か大切な存在があれば、精神崩壊した後も自我を取り戻せることがあるの」
「そうなのか?」
「愛情、だよ。わたしたち化け物は心が壊れて闇に支配された時、人間を襲うようになる。だけど、大切な何かを想う気持ち、優しい心を取り戻せば理性を保って復活できるの」
「……」
嘘のような話に、リュウキは目を丸くする。
「あっ、その反応。ちょっと信じられない?」
「う、うん。なんて言うか、そんな心情的な問題が絡んでいるなんて。意外だな……」
「ふふふ、まあわたしの話を信じる信じないはあなたの自由だけどね」
──彼女が嘘を言っているとは到底思えない。
白虎の件についても、少女の話が本当なら納得できる。
リュウキはフッと笑みをこぼした。
「君にも、いるんだね」
「えっ?」
「愛情が溢れるくらいの、大切な存在」
「……うん、いるよ」
彼女の表情がこの上なく柔らかくなった。
「わたしたちが化け物になるもっと前の話。朱鷺はね、人間に好きなだけ狩られていたんだよ。綺麗だからっていう理由だけで。その時に殺された仲間は数えきれないほどたくさん。罠に掛かった家族もいる。わたしは……人間が怖かった。だけどある日、そんなわたしたち朱鷺を守ってくれる人間が現れたの」
そう語る彼女の表情は美しく、優しいものだ。
「朱鷺狩りが盛んだった頃、彼だけは必死になって狩人たちを追い払って助けてくれたの。もう昔の話だから、彼はこの世にはいない。それでも、人間の中にはこんなにも優しい心を持つ人もいるんだって知ってからね、わたしもいい人間は助けたいと思ったんだよ」
彼女の瞳の奥は綺麗だったが、切なさの色も混ざっていることにリュウキは気づいた。とても複雑な思いが伝わってくるのだ。
「僕が悪い人間だったらどうするの?」
「わたしたちを狩るなら四の五の言わずに返り討ちにするよ。だけど、リュウキは今大怪我しているし身動き出来ないよね? だから助けてあげる。それに──」
澄んだ瞳でリュウキのことを見つめると、彼女は口角を緩める。
「見て分かるから。あなたは、とっても優しい人間だって」
──なぜだか分からない。リュウキの胸の中があたたかくなっていった。何の疑いも無しに見ず知らずの人間に対して、信頼するような言葉を向けてくれる彼女の気持ちが単純に嬉しかった。
もう一度だけ、リュウキはひとつの疑問を彼女に聞いてみた。
「君は綺麗な女性に見えるけど──本当に化け物なんだね」
「うん、そうだよ。あなたは今『幻想』のわたしを見ているだけ」
度々聞く『幻想』という単語に、リュウキは首を捻る。
「幻草薬を使用した生き物は、現実と幻想の狭間にいるの。見ているものが全てではないし、真実と嘘が混ざってる。それだけの話」
「それじゃあ……君の姿は嘘のものなのか?」
「うーん、まあそんなところかな。本当の姿は朱鷺だから」
この話を聞いて、リュウキは厄介だなと密かに思う。
現実と幻想の区別がつかなくなりそうだ、と密かに怖くなった。実際に、目の前にいる朱鷺の化け物だという彼女も、どう見ても人間にしか見えないくらい現実的だからだ。
「リュウキ」
「うん?」
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「本当?」
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「そうだね」
「少し待ってて、すぐ取りに行くから」
そう言ってから、彼女はまた両手を──白い翼を大きく伸ばした。
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風に乗って朱鷺は青空を舞っていく。
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