16 / 165
第二章
16,異変
しおりを挟む
翌朝。
食糧や寝袋など一式を買い揃え、リュウキとヤエは出発の準備をしていた。
昨晩から気になっていたが、リュウキの懐から湯水の如く金が出てくるのが不思議でならない。
「どういうわけか、海岸で目覚めたら既に金銭が荷の中に山ほど入っていたんだよね」
ヤエの疑問に、リュウキはそう答えた。本人でさえも首を捻っていたが、ありがたく使っていこう、と深くは気にしていない様子。
「それよりさ、ヤエ。これからまた山を越えないとならないんだけど。北北西の山は標高が高い上に、北側は一年中冬のように極寒らしい」
「そうなのですか?」
「うん。今朝、宿主さんから聞いたんだ。シュキ城を目指すには、必ず北側を通らなきゃならないんだけど……一日で北北西の山を越えるのは人の足では不可能だと言われてしまって」
「それでこんなにたくさん買い物を……」
リュウキの大きな荷物を眺め、ヤエは浮かない顔をする。
「女の子なのに野宿なんて嫌だよね。馬の一頭でも手に入ればまた違った。だけどこの村には馬がいないようだ。ごめんね」
「リュウキ様が謝ることではありませんよ」
リュウキは神妙な面持ちで遠目を見やっている。その目線の先には──今から越えなければならない北北西の山が、圧倒的な存在感で立ち尽くしていた。
山頂の更に上空に、巨大な黒い雲が浮かんでいるのが確認できる。
「野宿も大変だけど、下手したら凍えるね」
「……」
その言葉に、ヤエは固唾を飲み込む。
「昨日、あんなにあたたかい山道で君は氷になっていた。その原因は分からないけれど、少し気を付けた方がいいかも」
「そうですね……」
なんとも言えない緊張感が、ヤエの全身を冷たくする。更に体温を奪うかのように、風が荒々しく吹いてきた。
そんな様子を見つめるリュウキは、表情を緩める。
「まあ、大丈夫だよ」
「えっ?」
「僕は炎使いだよ。もしものことがあったら、僕がヤエをあたためてあげる」
「それはどうも。お世話になります」
ヤエが小さく返事をすると、リュウキは上機嫌になり、鼻歌を歌いながら歩き出した。
──この『ヤオ村』は朝早くからも人々が活動をしていて、大人たちは皆せっせと働いている。戦乱の世とは思えない、平穏な村だった。
ヤエはふと考える。自分の故郷はどのような所だったのだろう、と。
この村のようにのどかだったのかもしれない。思い出した暁には、いつか帰ってみたい。家族とも会ってみたい。
そんなことを考えた。
「さて、約束通り武器を返してもらわないとね」
ヤエがあれこれ頭を巡らせていると、いつの間にか村の出口まで行き着いていた。そこには、昨晩と同じ門番たちがいた。
リュウキは二人に近づき、背後から声を掛ける。
「今日もご苦労様。もう出発するから、武器を返してもらおうか」
──違和感はそこからであった。
小太りの門番が、リュウキの方にゆっくりと振り向く。なにも返事もすることもせず、俯きながらふらふらと近寄ってくるのだ。
なんとなく、様子がおかしい。ヤエは眉間に皺を寄せる。
門番の男は、長剣を両手で握ると、突然それを乱暴に振りかざしてきた。思いもよらない出来事。リュウキもヤエも後退りする。
「え、何。何すんのっ?」
リュウキは目を見開いた。
だがその横から、もう一人の門番が手を震わせながらリュウキ目掛けて剣を向けてきたのだ。
「おい! やめろよ。僕の顔を傷つけるつもりかっ」
叫びながら、リュウキはその攻撃も交わした。
少し距離を置き、腰に手を当てながらリュウキは門番二人を睨みつける。
「リュウキ様……これは一体」
彼らの目は虚ろで、それでいて力なく身体を左右に揺らしている。剣を構えるその両手は酷く震えており、力の強さが定まっていないようにも見えた。
「頭がイッちゃってるみたいだね。ここは僕に任せて」
「で、でも。誰か助けを呼んできます」
「待って。村の人を巻き込むわけにはいかないよ。この二人の動きは相当鈍いから、僕一人でも平気だ。炎の力を使えば何とかなりそうだよ」
リュウキの言葉に、ヤエは呆気にとられていた。
「心配しないで。ちょっと気絶させるだけだ」
優しく微笑むと、リュウキは再び門番たちに目を向けた。
昨日まで正常だったはずの二人は、唸り声を上げながらゆっくりと接近してくる。
右手を握りしめ、リュウキは意識を集中させるように瞼を閉じた。彼の全身がたちまち熱くなっていくのを、ヤエは空気から感じ取る。
こめかみの血管が浮き出ると、リュウキの口から細かい火花が溢れ出した。
「集中力が必要なんだ。君たちを気絶させるほどの火を吹くのに、相当の気力がないとだめなんだよね」
リュウキの瞳は水色のままだ。
しかし、右手からはたしかに赤い炎が溢れ出てきた。
今にも襲い掛かってきそうな門番たちに向かって拳を翳し、勢いよく手のひらを開くと──
「熱いぞ。気を付けて!」
リュウキの叫び声と共に、門番たちの全身が一気に炎で覆われる。二人は剣を振り回し、右往左往し始めた。
「リュウキ様、それでは全身火傷を負って死なせてしまいますよ」
「大丈夫、僕は罪のない人を殺めたりしない」
リュウキが右手をゆっくり握っていくと、門番たちを包む火の威力が段々と弱まっていく。
「最後に火の玉で少しばかり衝撃を与えてあげれば、眠ってくれるはずだ……」
眼球を大きく見開き、リュウキは燃え盛る炎を巧みに操っていく。彼の額からは汗が流れ出てきて、息も荒くなっていった。
とんでもない光景に、ヤエは圧倒されるばかりだ。
だが、その時である。
「──情けは無用ぞ」
どこからともなく──男の声がした。
冷静な口調である。言葉の裏に怒りのようなものが込められているが、悲壮感も加わっている、そんな声色。
食糧や寝袋など一式を買い揃え、リュウキとヤエは出発の準備をしていた。
昨晩から気になっていたが、リュウキの懐から湯水の如く金が出てくるのが不思議でならない。
「どういうわけか、海岸で目覚めたら既に金銭が荷の中に山ほど入っていたんだよね」
ヤエの疑問に、リュウキはそう答えた。本人でさえも首を捻っていたが、ありがたく使っていこう、と深くは気にしていない様子。
「それよりさ、ヤエ。これからまた山を越えないとならないんだけど。北北西の山は標高が高い上に、北側は一年中冬のように極寒らしい」
「そうなのですか?」
「うん。今朝、宿主さんから聞いたんだ。シュキ城を目指すには、必ず北側を通らなきゃならないんだけど……一日で北北西の山を越えるのは人の足では不可能だと言われてしまって」
「それでこんなにたくさん買い物を……」
リュウキの大きな荷物を眺め、ヤエは浮かない顔をする。
「女の子なのに野宿なんて嫌だよね。馬の一頭でも手に入ればまた違った。だけどこの村には馬がいないようだ。ごめんね」
「リュウキ様が謝ることではありませんよ」
リュウキは神妙な面持ちで遠目を見やっている。その目線の先には──今から越えなければならない北北西の山が、圧倒的な存在感で立ち尽くしていた。
山頂の更に上空に、巨大な黒い雲が浮かんでいるのが確認できる。
「野宿も大変だけど、下手したら凍えるね」
「……」
その言葉に、ヤエは固唾を飲み込む。
「昨日、あんなにあたたかい山道で君は氷になっていた。その原因は分からないけれど、少し気を付けた方がいいかも」
「そうですね……」
なんとも言えない緊張感が、ヤエの全身を冷たくする。更に体温を奪うかのように、風が荒々しく吹いてきた。
そんな様子を見つめるリュウキは、表情を緩める。
「まあ、大丈夫だよ」
「えっ?」
「僕は炎使いだよ。もしものことがあったら、僕がヤエをあたためてあげる」
「それはどうも。お世話になります」
ヤエが小さく返事をすると、リュウキは上機嫌になり、鼻歌を歌いながら歩き出した。
──この『ヤオ村』は朝早くからも人々が活動をしていて、大人たちは皆せっせと働いている。戦乱の世とは思えない、平穏な村だった。
ヤエはふと考える。自分の故郷はどのような所だったのだろう、と。
この村のようにのどかだったのかもしれない。思い出した暁には、いつか帰ってみたい。家族とも会ってみたい。
そんなことを考えた。
「さて、約束通り武器を返してもらわないとね」
ヤエがあれこれ頭を巡らせていると、いつの間にか村の出口まで行き着いていた。そこには、昨晩と同じ門番たちがいた。
リュウキは二人に近づき、背後から声を掛ける。
「今日もご苦労様。もう出発するから、武器を返してもらおうか」
──違和感はそこからであった。
小太りの門番が、リュウキの方にゆっくりと振り向く。なにも返事もすることもせず、俯きながらふらふらと近寄ってくるのだ。
なんとなく、様子がおかしい。ヤエは眉間に皺を寄せる。
門番の男は、長剣を両手で握ると、突然それを乱暴に振りかざしてきた。思いもよらない出来事。リュウキもヤエも後退りする。
「え、何。何すんのっ?」
リュウキは目を見開いた。
だがその横から、もう一人の門番が手を震わせながらリュウキ目掛けて剣を向けてきたのだ。
「おい! やめろよ。僕の顔を傷つけるつもりかっ」
叫びながら、リュウキはその攻撃も交わした。
少し距離を置き、腰に手を当てながらリュウキは門番二人を睨みつける。
「リュウキ様……これは一体」
彼らの目は虚ろで、それでいて力なく身体を左右に揺らしている。剣を構えるその両手は酷く震えており、力の強さが定まっていないようにも見えた。
「頭がイッちゃってるみたいだね。ここは僕に任せて」
「で、でも。誰か助けを呼んできます」
「待って。村の人を巻き込むわけにはいかないよ。この二人の動きは相当鈍いから、僕一人でも平気だ。炎の力を使えば何とかなりそうだよ」
リュウキの言葉に、ヤエは呆気にとられていた。
「心配しないで。ちょっと気絶させるだけだ」
優しく微笑むと、リュウキは再び門番たちに目を向けた。
昨日まで正常だったはずの二人は、唸り声を上げながらゆっくりと接近してくる。
右手を握りしめ、リュウキは意識を集中させるように瞼を閉じた。彼の全身がたちまち熱くなっていくのを、ヤエは空気から感じ取る。
こめかみの血管が浮き出ると、リュウキの口から細かい火花が溢れ出した。
「集中力が必要なんだ。君たちを気絶させるほどの火を吹くのに、相当の気力がないとだめなんだよね」
リュウキの瞳は水色のままだ。
しかし、右手からはたしかに赤い炎が溢れ出てきた。
今にも襲い掛かってきそうな門番たちに向かって拳を翳し、勢いよく手のひらを開くと──
「熱いぞ。気を付けて!」
リュウキの叫び声と共に、門番たちの全身が一気に炎で覆われる。二人は剣を振り回し、右往左往し始めた。
「リュウキ様、それでは全身火傷を負って死なせてしまいますよ」
「大丈夫、僕は罪のない人を殺めたりしない」
リュウキが右手をゆっくり握っていくと、門番たちを包む火の威力が段々と弱まっていく。
「最後に火の玉で少しばかり衝撃を与えてあげれば、眠ってくれるはずだ……」
眼球を大きく見開き、リュウキは燃え盛る炎を巧みに操っていく。彼の額からは汗が流れ出てきて、息も荒くなっていった。
とんでもない光景に、ヤエは圧倒されるばかりだ。
だが、その時である。
「──情けは無用ぞ」
どこからともなく──男の声がした。
冷静な口調である。言葉の裏に怒りのようなものが込められているが、悲壮感も加わっている、そんな声色。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
RIGHT MEMORIZE 〜僕らを轢いてくソラ
neonevi
ファンタジー
運命に連れられるのはいつも望まない場所で、僕たちに解るのは引力みたいな君との今だけ。
※この作品は小説家になろうにも掲載されています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
思想で溢れたメモリー
やみくも
ファンタジー
幼少期に親が亡くなり、とある組織に拾われ未成年時代を過ごした「威風曖人亅
約5000年前に起きた世界史に残る大きな出来事の真相を探る組織のトップの依頼を受け、時空の歪みを調査中に曖人は見知らぬ土地へと飛ばされてしまった。
???「望む世界が違うから、争いは絶えないんだよ…。」
思想に正解なんて無い。
その想いは、個人の価値観なのだから…
思想=強さの譲れない正義のぶつかり合いが今、開戦する。
補足:設定がややこしくなるので年代は明かしませんが、遠い未来の話が舞台という事を頭の片隅に置いておいて下さい。
21世紀では無いです。
※ダラダラやっていますが、進める意志はあります。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】サルビアの育てかた
朱村びすりん
恋愛
「血の繋がりなんて関係ないだろ!」
彼女を傷つける奴は誰であろうと許さない。例えそれが、彼女自身であったとしても──
それは、元孤児の少女と彼女の義理の兄であるヒルスの愛情物語。
ハニーストーンの家々が並ぶ、ある田舎町。ダンスの練習に励む少年ヒルスは、グリマルディ家の一人息子として平凡な暮らしをしていた。
そんなヒルスが十歳のとき、七歳年下のレイという女の子が家族としてやってきた。
だが、血の繋がりのない妹に戸惑うヒルスは、彼女のことをただの「同居人」としてしか見ておらず無干渉を貫いてきた。
レイとまともに会話すら交わさない日々を送る中、二人にとってあるきっかけが訪れる。
レイが八歳になった頃だった。ひょんなことからヒルスが通うダンススクールへ、彼女もレッスンを受けることになったのだ。これを機に、二人の関係は徐々に深いものになっていく。
ダンスに対するレイの真面目な姿勢を目の当たりにしたヒルスは、常に彼女を気にかけ「家族として」守りたいと思うようになった。
しかしグリマルディ家の一員になる前、レイには辛く惨い過去があり──心の奥に居座り続けるトラウマによって、彼女は苦しんでいた。
さまざまな事件、悲しい事故、彼女をさいなめようとする人々、そして大切な人たちとの別れ。
周囲の仲間たちに支えられながら苦難の壁を乗り越えていき、二人の絆は固くなる──
義兄妹の純愛、ダンス仲間との友情、家族の愛情をテーマにしたドラマティックヒューマンラブストーリー。
※当作品は現代英国を舞台としておりますが、一部架空の地名や店名、会場、施設等が登場します。ダンススクールやダンススタジオ、ストーリー上の事件・事故は全てフィクションです。
★special thanks★
表紙・ベアしゅう様
第3話挿絵・ベアしゅう様
第40話挿絵・黒木メイ様
第126話挿絵・テン様
第156話挿絵・陰東 愛香音様
最終話挿絵・ベアしゅう様
■本作品はエブリスタ様、ノベルアップ+様にて一部内容が変更されたものを公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる