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第二章

11,ヤオ村

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 ──その後、二人が山を下りきった頃にはすっかり陽が暮れていた。あともう少し遅ければ、野宿になっていただろう。
 ヤエの足はふらふらで、体力も限界を迎える頃だった。意図せずに、息が荒くなってしまう。

「ヤエ、大丈夫?」

 一歩二歩先を歩くリュウキは、足を止めて心配の眼差しを向けた。

「歩くのが少し速かったかな」
「いえ、そういうわけではないです。お腹が空いてしまいました」

 ほんのりと頬を赤く染めつつも、ヤエは正直に答える。
 リュウキはにこりと微笑み、北西の方角を指した。

「あっちを見てごらん」
「えっ?」

 リュウキの目線の先には──
 星空が輝く下で、白い煙が漂っているのが見える。

「煙突があるんだろうね。この先に、村がある証拠だよ。すぐ近くだ」

 その言葉を聞いて、ヤエは安堵した。
 ヤエは再度前に進もうとしているが、乱れた呼吸が際立ってしまう。

「ヤエ」

 リュウキはすっとヤエの前に立ち塞がる。

「辛そうだよ」
「そ、そうですか?」
「僕が村まで背負ってあげよう」
「……はい?」

 たちまち怪訝な顔をするヤエ。
 それでも気にする様子もなく、リュウキはにやにやしながら彼女に背を向けるのだ。

「おいで」とリュウキが言う中、その横を華麗に素通りしてヤエは首を振る。

「ふざけてないで。早く村へ行きましょう」

 冷たい口調であしらっても言われた張本人は笑顔を絶やさない。

「ヤエは照れ屋さんだなあ」
「そうではなくて。自分で歩けますから」
「強がっているところも可愛いよね」
「……あの、どこまで私をからかうつもりですか」
 
 リュウキの軽口に、ヤエは返事をするのも億劫になりそうだ。

 ──下らないやり取りをしていると、あっという間に二人は村の門前まで辿り着く。
 外から村の中を窺ってみると──陽が沈んだ今も人々が活発に活動している様子が確認できる。出店などが並んでいて、家や店のあちこちから飯の良い香りが漂ってきた。
 リュウキたちが何食わぬ顔で村の門を潜り抜けようとすると──門番の男二人に行く手を塞がれる。
 予想はしていたが。
 西軍の鎧を纒い、ばっちり武装した二人を眺めながら、門番の男が問い詰めてきた。

「……兵士の格好をしているな。『ヤオ村』に何の用だ?」

 小太りの門番がキッと二人を睨みつけてきた。彼の問いに二人は目を合わせる。何者か自分たちもよく分かっていないのだから、どう答えるべきか。
 顎を指で軽く触れ、小さく頷き、リュウキは作り笑顔のようなものを浮かべた。
 
(ここは任せて)

 そう言うようにリュウキはヤエの前に出て、にこやかに門番たちに話をする。

「巡回に来たんだよ。この村が危険に犯されていないか、何か困ったことがないか。しっかり確認するのも兵の立派な仕事だ」
「……巡回? わざわざこんな小さな村の為に?」
「そうそう、陛下の命令でね。日々内政は変わるんだよ。知らないのか、君たちは」

 全く動じることなく、さも事実を言っているかのような振る舞いをしている。ヤエも思わずリュウキの嘘、ごまかしの話を信じてしまいそうになってしまう。
 門番の二人は口を閉ざし、じっとリュウキの顔を眺めた。
 暫し沈黙が続いた後、スラッと背の高い門番が口を開いた。

「……念の為、その長剣はお預かりいたします」

 門番は、ヤエの腰に備えつけてある剣を指差すのだ。
 リュウキは首を捻った。

「えっ、どうしてだ?」
「村人たちに危害を加えないとも限りません」
「あのさぁ、君たちね。理由もなく民を傷つけたりしないよ。無礼じゃないか?」
「そうは言っても。お帰りの際にはお返ししますから」

 リュウキと門番があれこれ言い合っている最中、ヤエが呆れながらも門番たちの前に立ち、長剣を差し出した。

「もういいですよ、武器くらい預けましょう。別に村の中で使うこともないでしょうし」

 ただ一晩休めればいいだけだ。返却してもらえるのなら、何の不都合もない。
 リュウキは腰に両手を当てながら、半分不満げな表情を浮かべつつも首肯していた。
 ヤエはこの時、胸中やるせない気持ちになった。軍によって、民は命を粗末にされてしまうことがこの時代にはよくある。門番たちの対応は、その表れなのだろう、と。
 ヤエは無慈悲な今の時代が好きになれない。いや、きっと今を生きていて「幸福だ」と言える人の数などいないに等しいであろう──
 無意識に溜め息を吐きながら、ヤエはリュウキと共に村の中へと歩みを進めた。
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