上 下
6 / 165
第一章

6,旅の理由

しおりを挟む
 そう問われたリュウキは、小さく唸った。どう返事をしようか迷ったのち、苦笑してから答える。

「僕も気になっているよ」
「気になるって……?」

 首を傾げるヤエに対して、リュウキは眉を八の字にするしかない。

「……実は、僕も記憶の一部がないんだ。ほんの数日前、北西側の海岸で目を覚ました。それまで僕は、どこに住んでいて何をしていたのかどんな生活をしていたのか、まるで覚えていない。だからどうして僕がこんな力を使えるのかも分からない」
「え……? それはどういうことでしょう」
「さっぱりだよ。君と同じ、過去を忘れてしまったんだ」
「……」

 今までリュウキの視界は朱色に染められていたが、だんだんと通常の景色に戻っていく。それと同時に、白虎を囲んでいた火の渦も消え去った。
 ヤエはその光景を見て、目を見張っている。
 身体の自由が利くようになった白虎は、牙と爪を向けてリュウキに飛びかかろうとした。
 するとヤエは、焦ったように白虎の前に立つ。

「待って、ハク。この人を傷つけるべきじゃない」

 ヤエが優しくそう言うと、まるで本当に言葉を理解しているかのように白虎は大人しくなった。
 その様子を見て、リュウキは頬を緩ませる。

「ヤエ」
「……なんですか?」

 落ち着いた声で、リュウキはこの時初めて彼女の名を呼んだ。
 一瞬、ヤエが柔らかい表情になったのは気のせいだろうか。 

「君って、そういう優しい喋りかたもするんだね」
「はい?」
「そっちの方が断然、可愛いよ」  

 たちまちヤエは怪訝な顔をした。

「何なんですか、あなた」
「あれ。もしかして照れてる?」
「そういうわけではありません」
「ふーん、否定するところもいいね」
「あの、すみませんが。今は真面目な話をしているのですよね?」
「うん、そうだったね。ごめんごめん」

 目を逸らしながら、ヤエは大きくため息をいた。
 真顔に戻し、リュウキはそんな彼女を見つめながら更に続ける。

「話を戻そう。どうやら、僕たちには共通点があるみたいだね。二人とも、過去の一部が記憶がない」
「そうですね」
「奇遇とは言えないよ。これを見て」

 リュウキはおもむろに、纏っていた紺の外套を脱いだ。
 露になったのは、黄土色の鎧。──ヤエと同じ色と形をしたものである。
 自分と全く同じ格好をしているリュウキを前に、ヤエは言葉が出ないようだ。

「君と共通しているのは、もう一つ。この鎧だ。黄土の鎧は西国の兵が着用するものだよ。戦に出た記憶はないけれど、もしかして僕たちは西兵だったのかもしれないね」

 リュウキの話に、ヤエは考え込むように一点を見据える。それから、ようやく口を開いた。

「もし本当に私たちが西兵だったとしたら──戦の衝撃で記憶を失ったとか、そういう事情があるかもしれませんね」
「まあ、憶測にすぎないからなんとも言えないけどね。だから本当のことを知るために、僕は旅をしたいんだ」
「旅、ですか」
「うん。だからヤエも一緒に来てほしい」
「えっ」

 リュウキの提案に、ヤエは戸惑っているようだった。
 ──自身の名前や、世界情勢などは分かる。それなのに、過去や生い立ちが虫食いのように抜けてしまっている。記憶を戻したいと思うのは当然だ。
 その鍵となるかもしれない相手と行動を共にしよう。そう考えるのは至って普通である。
 しかし、ヤエは複雑そうな目をしていた。まだ警戒しているのだろう。
 できる限り柔らかい口調で、リュウキは彼女に諭すように話を続ける。

「ヤエ、いいかい? そもそも女の子が一人でこんな山道を歩いたら危ないよ。化け物はもちろん、山賊に襲われたりしたらどうする? 記憶を取り戻すだけじゃなくて、僕と一緒にいた方が安全だよ」
「いえ、一人ではありません。私にはこの子がついています」
「ああ、ハクと言ったね? 君の護衛か。僕の長髪を切り落とすほど、熱心に守ってくれる素晴らしい化け物だね……」

 リュウキはわざと低く笑う。

「……そんなにご自身の髪が大切なのですか」
「もちろん。綺麗で格好よくしていたいんだ」
「美意識が高いお方ですね」
「君だってとても綺麗だよ」

 さらっとそんな台詞を向けるリュウキに、ヤエはもはや返事すらしない。女性ならばこう言われて嬉しいはずではないだろうか。

「一つお伺いしても良いですか」
「ああ、なんでも訊いてよ」
「記憶を戻す旅とおっしゃいますけど。具体的にどこか目指す場所は決まっているのですか?」

 そう問われるとリュウキは、目を細めながらも全く笑えなかった。ゆっくりと首を横に振る。

「特にないな。とりあえず西の国をあちこち歩き回るだけさ」
「そんな……全く効率が悪いですね」
「仕方ないよ。他に何も情報がないんだから。だけど」

 言いながら、リュウキはさりげなくヤエの肩にそっと手を置く。

「君に出会えたことは、大きな収穫だ」
「そうでしょうか?」
「うん。着ているものも同じ。特殊な力を持つ人間で、記憶がぶっ飛んだ仲間だ」
「仲間って……。いえ、ちょっと待ってください。そうは言っても私はただ凍っていただけです」
「いやいや、それって充分特殊だよ? 氷から抜け出したら生きているし。本当に不思議だよねえ」

 それは、ヤエ自身も否めないようだ。どれ程の期間凍りついていたのか定かではないが、ぼんやりでも意識があったのだと彼女は語る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。 怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。 最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。 その要因は手に持つ箱。 ゲーム、Anotherfantasia 体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。 「このゲームがなんぼのもんよ!!!」 怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。 「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」 ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。 それは、翠の想像を上回った。 「これが………ゲーム………?」 現実離れした世界観。 でも、確かに感じるのは現実だった。 初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。 楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。 【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】 翠は、柔らかく笑うのだった。

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活

ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。 「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。 現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。 ゆっくり更新です。はじめての投稿です。 誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

転生して異世界の第7王子に生まれ変わったが、魔力が0で無能者と言われ、僻地に追放されたので自由に生きる。

黒ハット
ファンタジー
ヤクザだった大宅宗一35歳は死んで記憶を持ったまま異世界の第7王子に転生する。魔力が0で魔法を使えないので、無能者と言われて王族の籍を抜かれ僻地の領主に追放される。魔法を使える事が分かって2回目の人生は前世の知識と魔法を使って領地を発展させながら自由に生きるつもりだったが、波乱万丈の人生を送る事になる

追放された最強令嬢は、新たな人生を自由に生きる

灯乃
ファンタジー
旧題:魔眼の守護者 ~用なし令嬢は踊らない~ 幼い頃から、スウィングラー辺境伯家の後継者として厳しい教育を受けてきたアレクシア。だがある日、両親の離縁と再婚により、後継者の地位を腹違いの兄に奪われる。彼女は、たったひとりの従者とともに、追い出されるように家を出た。 「……っ、自由だーーーーーーっっ!!」 「そうですね、アレクシアさま。とりあえずあなたは、世間の一般常識を身につけるところからはじめましょうか」 最高の淑女教育と最強の兵士教育を施されたアレクシアと、そんな彼女の従者兼護衛として育てられたウィルフレッド。ふたりにとって、『学校』というのは思いもよらない刺激に満ちた場所のようで……?

架空戦国伝

佐村孫千(サムラ マゴセン)
ファンタジー
舞台は、作者の私が脳内で描いた架空世界である創天国(そうてんのくに) この国では、日本の戦国時代に限りなく近い世界観を持っています。 そこでは武家政権の頂点とされる「幕府」が存在しており、代々の将軍によっておよそ数百年もの長きに渡って政(まつりごと)が執り行われておりました。 しかし近年ではその権威も薄れ、幕府としての意味をも成さない状態に陥りつつあります。 そうした時代の中で「大名」と呼ばれる権力者たちは、これ幸いとばかりに領土を拡大すべく戦争が各地で勃発。 やがて時代は、強き者が弱き者を滅ぼす「戦国の世」へと突入する事となった。 ある者は、理想とする争い無き「泰平の世」を築く為に… またある者は私利私欲にまみれた欲望を満たす為に… そして現将軍は、幕府としての権威を取り戻す為に… 様々な思いを胸に各地の権力者たちが「天下統一」を目指して戦いに明け暮れる日々。 この乱世の中で彼らは一体、どのような生き様を見せるのであろうか。 それは、貴方自身の目で見届けて欲しい…

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

王子様を放送します

竹 美津
ファンタジー
竜樹は32歳、家事が得意な事務職。異世界に転移してギフトの御方という地位を得て、王宮住みの自由業となった。異世界に、元の世界の色々なやり方を伝えるだけでいいんだって。皆が、参考にして、色々やってくれるよ。 異世界でもスマホが使えるのは便利。家族とも連絡とれたよ。スマホを参考に、色々な魔道具を作ってくれるって? 母が亡くなり、放置された平民側妃の子、ニリヤ王子(5歳)と出会い、貴族側妃からのイジメをやめさせる。 よし、魔道具で、TVを作ろう。そしてニリヤ王子を放送して、国民のアイドルにしちゃおう。 何だって?ニリヤ王子にオランネージュ王子とネクター王子の異母兄弟、2人もいるって?まとめて面倒みたろうじゃん。仲良く力を合わせてな! 放送事業と日常のごちゃごちゃしたふれあい。出会い。旅もする予定ですが、まだなかなかそこまで話が到達しません。 ニリヤ王子と兄弟王子、3王子でわちゃわちゃ仲良し。孤児の子供達や、獣人の国ワイルドウルフのアルディ王子、車椅子の貴族エフォール君、視力の弱い貴族のピティエ、プレイヤードなど、友達いっぱいできたよ! 教会の孤児達をテレビ電話で繋いだし、なんと転移魔法陣も!皆と会ってお話できるよ! 優しく見守る神様たちに、スマホで使えるいいねをもらいながら、竜樹は異世界で、みんなの頼れるお父さんやししょうになっていく。 小説家になろうでも投稿しています。 なろうが先行していましたが、追いつきました。

処理中です...