【完結】僕は君を思い出すことができない

朱村びすりん

文字の大きさ
上 下
45 / 57
第五章

44・乱れる感情

しおりを挟む
 心臓が、ドクンドクンと低い声で叫び続けている。
 僕を見るサヤカの目が、脳裏に焼き付いて離れない。まるで「他人」を見るような目だった。
 彼女の部屋に上がったときは普通に接してくれたのに。「またね」と笑顔を向けてくれたのに。

 家の近くの公園に辿り着いた。僕はベンチに腰かけ、この状況を整理しようとした。
 けれど、考えても簡単には答えが出ない。
 サヤカの瞳の色を思い出す──たしかに、濃い海色に変化していた。いままでは綺麗な水色だったのに。今日になって、青色に近づいていた。
 なんらかのきっかけがあって、僕を忘れてしまったのか。彼女の死期が遠のいた、ということにもなるのか……?
 そもそも彼女の余命がいつだったのか、僕は知らない。
 サヤカはどこまで記憶を失ってしまったのか。アルバイトは普通にしていたし、その記憶は残っているはず。
 学校については?
 朝のホームルームで、担任がサヤカは休みと言っていた。
 ということは、サヤカはちゃんと学校に欠席の連絡をしたんだろう。だとすれば学校のことは忘れていない。
 友だちやクラスメイトのことはどうなんだ?
 ああ、考えれば考えるほど疑問が湧き出てくる。
 サヤカが僕の存在を忘れていたとして、連絡先を見て違和感を覚えるのではないだろうか。
 僕たちはこれまで、何度もメッセージのやり取りをしている。通話記録だって残っているだろう。履歴には、若宮ショウジの名前があるはずだ。
 クラスメイトたちだって、僕たちがよく話していたのを知っている。僕らの関係性を誰かしらの口からサヤカに伝えられる可能性だってあるんだ。
 サヤカ自身が忘れていたとしても、僕が同じクラスの幼なじみだってことに遅からず気づくんじゃないか?
 あんなに元気そうに働いていたんだ。明日はきっと学校に来るに違いない。そのときに、話しかけよう。
 もどかしさが募るが、いまはなにもできない。焦らず、落ち着いてこの状況を乗り越えるしかない……。
 奇病とは、なんて面倒な病気なんだろう。命に関わるだけじゃなく、身近な人を忘れてしまうなんて。
 無意気のうちに大きなため息が漏れた。

 そんなさなか、背後から足音が聞こえてきた。人の気配を感じ、僕はふと後ろを振り返る──
 目の前にいた人物を目にして、僕は思わず顔をしかめた。

「……母さん」

 母さんは僕を見て、固まっていた。大きく口を開けて、震えながらこちらに駆け寄ってきた。

「ショウジ!」
 
 ずいぶんと慌てた様子。僕は思わず身を引いてしまう。
 母さんは、落ち着かない様子で僕の腕を掴むと、震えた声になった。

「大丈夫なの!?」
「なにが?」
「目が……目が、水色になってるじゃないの!」
「ああ」

 そうだったな。
 立て続けに色んなことが起きすぎて、いま自分の置かれている状況を忘れかけていた。

「病院に行くわよ!」
「は? いまから?」
「そうよ! 白鳥先生に診てもらわないと……!」
「そんなに焦る必要なんてないだろ」
「なに暢気なこと言ってるの! だってあなたは……!」

 と、母さんはそこで中途半端に口を噤んだ。
 まさか、この期に及んで事実を言わないつもりか。
 僕はもう、知ってるんだよ。死ぬんだろ? わかってるよ。それくらい。

「白々しいよな、母さんは」
「……え?」
「隠したって無駄だ。僕、聞いたんだ。事故のことも、奇病のことも」
「そんな……まさか、サヤカちゃんから聞いたの!?」
「そうだよ。サヤカからもコハルからも。色々聞いた。過去を思い出すと、僕は死ぬんだろ? 瞳の色が薄くなるほど、死期が近くなるんだよな」

 まるで他人事のように、僕はそう言い放った。内心、すごく怖いのに。死にたくないって思ってるのに。
 僕の感情は、ぐちゃぐちゃだった。

 母さんはこんな僕を見て、顔を真っ赤にする。

「……だから、あの子と近づけたくなかったのよ……!」

 語気を強くして、母さんは乱暴に言葉を放つ。

「いつかこうなると思ったのよ……! あなたを守りたいから、忠告もしたのに……! サヤカちゃんと離すために、わざわざ引っ越しもしたの……! なのに、なんで同じ高校になってしまったの……!? どうしてサヤカちゃんは、ショウジに近づいたのよ……!!」

 母さんは嘆き、その場に座り込んだ。
 そんな母さんの姿を見て、僕は胸が痛くなる。どれだけ必死に僕を守ろうとしていたのか、理解したくなくても気持ちが伝わってきてしまうから。
 やっぱり僕は、サヤカと再会しない方がよかったのか。いますぐにでも、彼女のことを忘れた方がいいのだろうか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

モブが公園で泣いていた少女にハンカチを渡したら、なぜか友達になりました~彼女の可愛いところを知っている男子はこの世で俺だけ~

くまたに
青春
冷姫と呼ばれる美少女と友達になった。 初めての異性の友達と、新しいことに沢山挑戦してみることに。 そんな中彼女が見せる幸せそうに笑う表情を知っている男子は、恐らくモブ一人。 冷姫とモブによる砂糖のように甘い日々は誰にもバレることなく隠し通すことができるのか! カクヨム・小説家になろうでも記載しています!

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...