28 / 57
第三章
27・戯れ言じゃない
しおりを挟む
サヤカは、制服姿だった。今日は学校に行ったんだな。
なんともいえない表情を浮かべて、彼女はじっと僕の瞳を見つめてきた。きっと、僕の目の色が変わったことに気がついたのだろう。
けれど、彼女はなにも言わなかった。
「サヤカ、あのさ」
どこから質問すればいいか迷ってしまう。
体調は大丈夫か? どうしてメッセージをくれなかったんだ? デートをキャンセルした理由は? 昨日、母と駅でなにを話していた?
三つの質問は、訊くのに勇気がいる。サヤカは何事もなかったかのような態度を取っているし、余計に言いづらい……。
だったらまず先に問うべきことは自ずと決まってくる。
「体調は大丈夫なのか?」
「え? 体調って?」
「昨日、学校休んでただろ」
「あっ……」
サヤカはいたずらっぽく笑う。
「実は、ずる休みしたの」
「……は?」
サヤカがずる休み? 真面目なイメージがあるのに、かなり意外だ。
「あのね、ろこが寂しそうにしてたから、昨日は一日一緒にいたんだ~」
「……」
こっちの気も知らずに、サヤカは楽しそうにろこの話をはじめた。「ろこはとってもお利口なんだよ。トイレは一回で覚えるし、遊んでほしいときはおもちゃを咥えて渡してくるの。いまではすっかり元気になって、やんちゃしてるんだよ」と。
昨日、僕はずっとサヤカを心配してたのに、本人はなんでもない一日を過ごしてたってわけか。言いようのない、変な感情が湧き出てくる。
──でも、話を聞いていた僕は、彼女が嘘を言っているとふと気がついた。
「本当にろこが理由で休んでたのか?」
「うん、そうだよ」
彼女は即答し、笑顔を貫いているが、声が一瞬だけ震えたのを僕は聞き逃さなかった。
「僕、見たんだよ」
「見たってなにを?」
「サヤカが朝、駅前で誰かと話していたのを」
「……え?」
サヤカは目を見開き、僕から顔を背けた。言い訳を考えるかのように数秒間黙り込むが、すぐに口を開いた。それも、わざとらしい明るい声で。
「そうだった! 私、家出たあとに忘れ物しちゃったの。帰ったら、ろこが寂しそうに鳴いてたんだよ。それで、今日はもう学校行かなくていいやって」
苦しい言い訳だが、サヤカがそう言うならひとまず信じたふりをしよう。
僕はさらに詰め寄る。
「駅前で誰となにを話してたんだ?」
「え……誰って? 知らない人だよ」
嘘だろ。サヤカまで、シラを切るつもりか?
無理があるよ。君は、僕の幼なじみなんだろ? それが本当なら、僕の母親を知らないと言う方が不自然じゃないか。うちの母親と話していたと、絶対にサヤカは自覚してるはずだ。
「お願いだ、誤魔化さないでくれ。駅にいたのは、うちの母親だぞ。わかってるだろ? 二人でなにを話してたんだ」
「し、知らないよ。ショウくんのお母さんとなにも話してないっ」
サヤカには、もはや笑顔はない。首をぶんぶんと振り、見るからに焦っている。
サヤカも、僕になにかを隠しているのか。
母やコハルだけじゃなく、サヤカまで様子がおかしい。
もういい加減、僕だけなにも知らない状況に嫌気が差してきた。
「なあ、教えてくれよサヤカ! みんな、僕になにを隠してるんだ!?」
勢いで、彼女の両肩を掴み取った。
驚いたようにサヤカは目を見張る。
ハッとして僕は手を放した。
「ご、ごめん……」
「ううん。私の方こそ、ごめんね。ショウくんに、なんにも話せてない。まだ、迷ってるの。答えが出なくて」
「答えって?」
「私たちの『約束』を思い出すべきか。それとも──ショウくんの命を優先にすべきか」
「は……? どういう意味だ、それ……?」
「こんなの、迷うべきことじゃないのにね……」
サヤカは、涙声になって俯いた。
全く理解できない話に、僕は首を傾げる。
なんの話だよ。約束だとか、命を優先にすべきかって……。
「私もね、本当のこと話したいよ。包み隠さず、全部を。でももし、ショウくんが私のことを思い出したら、ショウくんが危ないの。死んじゃうかもしれないんだよ……?」
嘘だろ。ついに彼女まで、母さんと同じような戯言をはじめた。
僕が死ぬかもしれない? サヤカを思い出したら? どう考えたって、ありえないだろ。
「信じられないよね。でも、ショウくんの目の色、青色になってるよね? 私、怖いの。ショウくんまで苦しい想いをすることになっちゃったら。そんなの、絶対に嫌だから!」
「お、おい。落ち着けよ。サヤカ、どうしたんだ」
サヤカまで僕の目を気にしている。青色に変わっただけで、どうしてそんなに取り乱すのか。
サヤカを落ち着かせようと、思わず僕は彼女の手を握りしめる。その指先は、驚くほど冷たくなっていた。
母の言っていたことは、戯れ言じゃなかったのか……? それとも、サヤカまでおかしくなってしまったのか……? なにを信じればいいのかもわからず、僕の頭は混乱している。
このとき、額に冷たい雫が当たった。空を見上げると──ポツポツと雨が降ってきているではないか。雨雲が果てしなく広がっているので、しばらく雨は止みそうにない。
本来ならここで帰るべきなのだろうが、僕は家に帰るつもりはない。
せめて、サヤカだけでも帰らせないと。
「雨が降ってきた。もう、帰ろう」
「……」
「なあ、サヤカ。聞いてるか?」
「……」
彼女は俯いたまま、返事をしてくれない。
そっと顔を覗き込むと、サヤカは力のない様で僕を見てきた。
それから、弱々しくこう言った。
「ショウくん。いまからうちに来て」
なんともいえない表情を浮かべて、彼女はじっと僕の瞳を見つめてきた。きっと、僕の目の色が変わったことに気がついたのだろう。
けれど、彼女はなにも言わなかった。
「サヤカ、あのさ」
どこから質問すればいいか迷ってしまう。
体調は大丈夫か? どうしてメッセージをくれなかったんだ? デートをキャンセルした理由は? 昨日、母と駅でなにを話していた?
三つの質問は、訊くのに勇気がいる。サヤカは何事もなかったかのような態度を取っているし、余計に言いづらい……。
だったらまず先に問うべきことは自ずと決まってくる。
「体調は大丈夫なのか?」
「え? 体調って?」
「昨日、学校休んでただろ」
「あっ……」
サヤカはいたずらっぽく笑う。
「実は、ずる休みしたの」
「……は?」
サヤカがずる休み? 真面目なイメージがあるのに、かなり意外だ。
「あのね、ろこが寂しそうにしてたから、昨日は一日一緒にいたんだ~」
「……」
こっちの気も知らずに、サヤカは楽しそうにろこの話をはじめた。「ろこはとってもお利口なんだよ。トイレは一回で覚えるし、遊んでほしいときはおもちゃを咥えて渡してくるの。いまではすっかり元気になって、やんちゃしてるんだよ」と。
昨日、僕はずっとサヤカを心配してたのに、本人はなんでもない一日を過ごしてたってわけか。言いようのない、変な感情が湧き出てくる。
──でも、話を聞いていた僕は、彼女が嘘を言っているとふと気がついた。
「本当にろこが理由で休んでたのか?」
「うん、そうだよ」
彼女は即答し、笑顔を貫いているが、声が一瞬だけ震えたのを僕は聞き逃さなかった。
「僕、見たんだよ」
「見たってなにを?」
「サヤカが朝、駅前で誰かと話していたのを」
「……え?」
サヤカは目を見開き、僕から顔を背けた。言い訳を考えるかのように数秒間黙り込むが、すぐに口を開いた。それも、わざとらしい明るい声で。
「そうだった! 私、家出たあとに忘れ物しちゃったの。帰ったら、ろこが寂しそうに鳴いてたんだよ。それで、今日はもう学校行かなくていいやって」
苦しい言い訳だが、サヤカがそう言うならひとまず信じたふりをしよう。
僕はさらに詰め寄る。
「駅前で誰となにを話してたんだ?」
「え……誰って? 知らない人だよ」
嘘だろ。サヤカまで、シラを切るつもりか?
無理があるよ。君は、僕の幼なじみなんだろ? それが本当なら、僕の母親を知らないと言う方が不自然じゃないか。うちの母親と話していたと、絶対にサヤカは自覚してるはずだ。
「お願いだ、誤魔化さないでくれ。駅にいたのは、うちの母親だぞ。わかってるだろ? 二人でなにを話してたんだ」
「し、知らないよ。ショウくんのお母さんとなにも話してないっ」
サヤカには、もはや笑顔はない。首をぶんぶんと振り、見るからに焦っている。
サヤカも、僕になにかを隠しているのか。
母やコハルだけじゃなく、サヤカまで様子がおかしい。
もういい加減、僕だけなにも知らない状況に嫌気が差してきた。
「なあ、教えてくれよサヤカ! みんな、僕になにを隠してるんだ!?」
勢いで、彼女の両肩を掴み取った。
驚いたようにサヤカは目を見張る。
ハッとして僕は手を放した。
「ご、ごめん……」
「ううん。私の方こそ、ごめんね。ショウくんに、なんにも話せてない。まだ、迷ってるの。答えが出なくて」
「答えって?」
「私たちの『約束』を思い出すべきか。それとも──ショウくんの命を優先にすべきか」
「は……? どういう意味だ、それ……?」
「こんなの、迷うべきことじゃないのにね……」
サヤカは、涙声になって俯いた。
全く理解できない話に、僕は首を傾げる。
なんの話だよ。約束だとか、命を優先にすべきかって……。
「私もね、本当のこと話したいよ。包み隠さず、全部を。でももし、ショウくんが私のことを思い出したら、ショウくんが危ないの。死んじゃうかもしれないんだよ……?」
嘘だろ。ついに彼女まで、母さんと同じような戯言をはじめた。
僕が死ぬかもしれない? サヤカを思い出したら? どう考えたって、ありえないだろ。
「信じられないよね。でも、ショウくんの目の色、青色になってるよね? 私、怖いの。ショウくんまで苦しい想いをすることになっちゃったら。そんなの、絶対に嫌だから!」
「お、おい。落ち着けよ。サヤカ、どうしたんだ」
サヤカまで僕の目を気にしている。青色に変わっただけで、どうしてそんなに取り乱すのか。
サヤカを落ち着かせようと、思わず僕は彼女の手を握りしめる。その指先は、驚くほど冷たくなっていた。
母の言っていたことは、戯れ言じゃなかったのか……? それとも、サヤカまでおかしくなってしまったのか……? なにを信じればいいのかもわからず、僕の頭は混乱している。
このとき、額に冷たい雫が当たった。空を見上げると──ポツポツと雨が降ってきているではないか。雨雲が果てしなく広がっているので、しばらく雨は止みそうにない。
本来ならここで帰るべきなのだろうが、僕は家に帰るつもりはない。
せめて、サヤカだけでも帰らせないと。
「雨が降ってきた。もう、帰ろう」
「……」
「なあ、サヤカ。聞いてるか?」
「……」
彼女は俯いたまま、返事をしてくれない。
そっと顔を覗き込むと、サヤカは力のない様で僕を見てきた。
それから、弱々しくこう言った。
「ショウくん。いまからうちに来て」
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

モブが公園で泣いていた少女にハンカチを渡したら、なぜか友達になりました~彼女の可愛いところを知っている男子はこの世で俺だけ~
くまたに
青春
冷姫と呼ばれる美少女と友達になった。
初めての異性の友達と、新しいことに沢山挑戦してみることに。
そんな中彼女が見せる幸せそうに笑う表情を知っている男子は、恐らくモブ一人。
冷姫とモブによる砂糖のように甘い日々は誰にもバレることなく隠し通すことができるのか!
カクヨム・小説家になろうでも記載しています!
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる