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第三章
21・クラリネットの歌声と海への望み
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また、夢を見た。
いままさに夢の世界へと落ちた僕は、どこかの海辺にいた。周辺にはヤシの木が沢山佇んでいて、夏の日差しが眩しい。
浜辺を歩けば、さらさらな砂がサクサクと音を鳴らした。波は穏やか。海辺に押し寄せる潮の音が、なんとも心地良い。
僕はあることに、気がついた。海の音に混じって聞こえてくる──楽器の音に。優しくて、まろやかな音色だ。ゆったりしたメロディを奏でている。
音がする方を振り向けば、すぐ近くに制服姿の少女が立っていた。
見覚えのあるグレーのスカート。でも、東高のものじゃない。たしか、中学のときの制服だったかな。いや、僕が通っていた中学は、スカートはチェック柄だったはず? だとしたら、目の前にいる少女が穿いているスカートは、どこの学校のものだろう。見たことがある気がするのに、どうしても思い出せない。
『海、綺麗だね』
僕が思考を巡らせているさなか、少女は穏やかな口調で話しかけてきた。
夢というのは奇妙なものだ。彼女が誰なのかわからないのに、僕は平然としていた。
顔がぼやけていて、はっきりと認識できない。声も、聞き慣れないものだった。
『……わたし、一度でいいから海を見てみたかったな』
少女は、しんみりとした口調でそう呟いた。
これはただの夢だ。彼女が誰であろうと気にしたって仕方がない。これは、僕が眠りながら無意識に作りあげている非現実的な世界にすぎないのだから。
僕は、このなんでもない会話を、目覚めるまで続けてみることにした。
──海は、君の目の前にあるだろ?
僕の言葉に、彼女は小さく首を振った。
『これは夢の中だよ。本物の海が、見たかったの』
ふと彼女の顔を見ると──悲しんでいるのが伝わってきたんだ。
どこかで音楽を奏で続ける楽器の音。耳を澄ますとそれは、クラリネットの歌声だと、僕はようやく気づいた。
もしかして、いま僕のそばにいるのは……サヤカか?
なんの根拠もないのに、僕はそう信じて疑わなかった。
海が見たいだなんて。なぜこんなにも悲しげに言うのだろう。
だったら、僕が君を海へ連れていってあげる──
僕が彼女に伝えようとした瞬間。
クラリネットの奏音が止まった。目の先に広がる海の景色も、ヤシの木々も、そして君の姿も。なにもかもが消え去った。
僕の意識は夢から抜け出し、やがて現実の世界へと戻された。
──妙に幻想的で現実的な夢だったな。
矛盾するふたつの言葉が、頭の中に浮かんだ。
最近サヤカのことを考えすぎて、よくわからない夢を見てしまったのかも。
いま、何時だろう。妙に静かだ。固いベッドに寝転がり、天井を見ると……自分の部屋のものじゃなかった。細かい模様がいくつもあって、僕の周をクリーム色のカーテンが囲んでいる。
ここは……
ハッとして自分の腕を確認する。太い針が、腕に刺さっていた。点滴だ。
ここは、病室じゃないか。しかも、僕が小学校のときにお世話になった入院先と同じ場所。どうしてこんなところに?
ふと掛け時計が目に入る。午後九時を過ぎていた。窓の外を見ると、夜空が街を包み込んでいた。
まだ目覚めたばかりの頭で思考を巡らせる──
今日はいつも通り家を出た。学校に向かう途中、駅でサヤカと母さんを見かけた。昼休みにユウトにそのことを話して、帰り際は岸沼くんに妙な話をされた。それで家に帰って、母さんに今朝見かけたことを伝えた。そしたら母さんは僕に嘘をついて……
そうだ。それで、頭が痛くなったんだ。いつもの偏頭痛だと思ってたんだけど、痛みが普段より強かった。それで我慢できなくなって倒れて──
そうか。おそらく母さんが倒れた僕を病院に連れてきたんだな。点滴までして、全く大袈裟だ。
目が覚めたときにはすっかり頭痛は治まっていた。だから僕は、自分の身体はもう大丈夫なんだって思い込もうとした。
「……ショウジ!」
焦ったような叫び声が聞こえた。カーテンの裏側から顔を覗かせたのは、姉のコハルだった。
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