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第二章
17・駅で見たもの
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いつの間にか、眠っていたようだ。カーテンのすき間から朝陽が差し込んできて、その眩しさから僕は目を覚ました。
時計を見る。朝の六時半だ。とりあえずベッドから起き上がり、洗面所で顔を洗い、歯を磨いてからリビングへ向かった。
母の姿がない。ダイニングテーブルの上には、朝食用のパンが寂しく置かれていた。
こんな朝早くに、母がいないのは珍しい。だいたい僕が家を出た後に仕事へ行くはず。スマートフォンを確認してみるが、メッセージもとくに残されていなかった。
荷物もないので、すでに職場へ向かったのかもしれないな。たまには早出の日もあるだろうとあまり気にしなかった。
しんとしている室内で、僕は無言で食パンをかじる。
頭の中は、サヤカとの約束でいっぱいだった。
彼女は、正直魅力的な女の子だと思う。明るくて、料理ができて、迷いなく捨て猫に手を差し伸べられる優しい人だ。
そんな素敵な子が僕をデートに誘ってくれるなんて……夢みたいだ。
ただ、僕は未だに彼女が好きなのかはよくわからない。姉のコハルに気があるのではないか、と言われたが、自分で自分の気持ちがわからないのはいまも変わらない。
ただこれだけは、たしかだった。彼女と約束した土曜日が、待ち遠しくて仕方がないんだ。
ひとまず、早くユウトと話もしたい。ユウトは中学の頃に女子と付き合ったことがあるし、色々とデートのノウハウも教えてくれそうだ。
身支度を整え、八時前に家を出た。
マンションから歩道を歩いてすぐのところに、サヤカの住むアパートがある。あまり気にしたことがなかったのに、彼女がここで生活していると知ってから、好奇心が湧き出た。
アパートの外観をじっと観察してみる。エントランスはこじんまりとしているものの、しっかりとオートロックつきの物件だった。隣に佇む僕のマンションと比較すると、サヤカのアパートはとても小さい。
小さすぎて、ちょっとした違和感を覚えた。
なんだか、家族で住むには狭そうな物件だな、と。
……、僕はそこで、思考を一旦停止させる。
なにを失礼なことを。他人の住宅事情なんて気にすべきじゃない。
サヤカのことが気になりすぎて、深追いするところだった。
僕は大袈裟なほどに、首を振る。考えたところで、彼女との過去を思い出せるわけじゃないんだ。
少し湿った空気が、僕の心を不快にさせる。気持ちを切り替えろ。
自分に言い聞かせ、早歩きでアパートを素通りした。
やがて駅に到着したところ、僕の心をかき乱す出来事が待ち受けていた。
駅前には通勤や通学などで利用する人たちがたくさんいて、僕はその中を掻き分けながら進んでいく。階段をのぼり、改札へと足を向けた──そのときだった。
思いがけない光景を、僕は目の当たりにする。
「え……?」
改札前に、見覚えのある二人の後ろ姿があった。
中肉中背の女性と女子高生がなにか話し込んでいる。パッと見ただけでわかった。その女性は、母さんだ。
朝早くから家にいなかったのに。ずっと駅にいたのか?
さらに母の隣にいる人物を見て、僕は混乱してしまう。
「……サヤカ?」
彼女は真剣な様子で、僕の母さんと向き合っている。横顔から見える海色の瞳は、たしかにサヤカのもの。
どうして二人が? 母さんはサヤカのことを知らない、と言っていたはずなのに。
僕は改札から足を遠ざけ、角に隠れて二人の様子を伺った。
どんな会話をしているのかは聞き取れない。ただ、サヤカの横顔を見る限り、至って真剣な様子だった。母さんは僕から背を向けていて、どんな顔をしているのかわからない。腕を組んだり、肩をすくめたり、首を振ったり、動作が激しい。
和やかな雰囲気ではなさそう。
なんの事情があるのだろう。たまたまなにかきっかけがあって、会話を交わしているだけなのか? それとも、入学してからなんらかのきっかけで二人は知り合ったのだろうか。
……僕一人では答えなんて出るはずもなく。
数分が経ち、二人はその場から離れていく。母さんは家の方向へ、サヤカは改札の中へ入っていった。
こちらの存在がバレないよう、僕は息を潜めて壁際に身を隠した。
知らずのうちに肩に力が入っていた僕は、落ち着かせるために深く息を吐く。
今日、家に帰ったら母さんに直接訊いてみるか。サヤカにも駅で見かけたことを伝えてみようか。
二人とも、どんな反応をするのだろう。とくに母さんは、僕がサヤカの件を口にすると不自然に機嫌が悪くなるし。
やっぱり、母さんはなにかしら事情を知ってるんだよな……?
考えれば考えるほど、たったいま目にした光景が気になってしまう。
時計を見る。朝の六時半だ。とりあえずベッドから起き上がり、洗面所で顔を洗い、歯を磨いてからリビングへ向かった。
母の姿がない。ダイニングテーブルの上には、朝食用のパンが寂しく置かれていた。
こんな朝早くに、母がいないのは珍しい。だいたい僕が家を出た後に仕事へ行くはず。スマートフォンを確認してみるが、メッセージもとくに残されていなかった。
荷物もないので、すでに職場へ向かったのかもしれないな。たまには早出の日もあるだろうとあまり気にしなかった。
しんとしている室内で、僕は無言で食パンをかじる。
頭の中は、サヤカとの約束でいっぱいだった。
彼女は、正直魅力的な女の子だと思う。明るくて、料理ができて、迷いなく捨て猫に手を差し伸べられる優しい人だ。
そんな素敵な子が僕をデートに誘ってくれるなんて……夢みたいだ。
ただ、僕は未だに彼女が好きなのかはよくわからない。姉のコハルに気があるのではないか、と言われたが、自分で自分の気持ちがわからないのはいまも変わらない。
ただこれだけは、たしかだった。彼女と約束した土曜日が、待ち遠しくて仕方がないんだ。
ひとまず、早くユウトと話もしたい。ユウトは中学の頃に女子と付き合ったことがあるし、色々とデートのノウハウも教えてくれそうだ。
身支度を整え、八時前に家を出た。
マンションから歩道を歩いてすぐのところに、サヤカの住むアパートがある。あまり気にしたことがなかったのに、彼女がここで生活していると知ってから、好奇心が湧き出た。
アパートの外観をじっと観察してみる。エントランスはこじんまりとしているものの、しっかりとオートロックつきの物件だった。隣に佇む僕のマンションと比較すると、サヤカのアパートはとても小さい。
小さすぎて、ちょっとした違和感を覚えた。
なんだか、家族で住むには狭そうな物件だな、と。
……、僕はそこで、思考を一旦停止させる。
なにを失礼なことを。他人の住宅事情なんて気にすべきじゃない。
サヤカのことが気になりすぎて、深追いするところだった。
僕は大袈裟なほどに、首を振る。考えたところで、彼女との過去を思い出せるわけじゃないんだ。
少し湿った空気が、僕の心を不快にさせる。気持ちを切り替えろ。
自分に言い聞かせ、早歩きでアパートを素通りした。
やがて駅に到着したところ、僕の心をかき乱す出来事が待ち受けていた。
駅前には通勤や通学などで利用する人たちがたくさんいて、僕はその中を掻き分けながら進んでいく。階段をのぼり、改札へと足を向けた──そのときだった。
思いがけない光景を、僕は目の当たりにする。
「え……?」
改札前に、見覚えのある二人の後ろ姿があった。
中肉中背の女性と女子高生がなにか話し込んでいる。パッと見ただけでわかった。その女性は、母さんだ。
朝早くから家にいなかったのに。ずっと駅にいたのか?
さらに母の隣にいる人物を見て、僕は混乱してしまう。
「……サヤカ?」
彼女は真剣な様子で、僕の母さんと向き合っている。横顔から見える海色の瞳は、たしかにサヤカのもの。
どうして二人が? 母さんはサヤカのことを知らない、と言っていたはずなのに。
僕は改札から足を遠ざけ、角に隠れて二人の様子を伺った。
どんな会話をしているのかは聞き取れない。ただ、サヤカの横顔を見る限り、至って真剣な様子だった。母さんは僕から背を向けていて、どんな顔をしているのかわからない。腕を組んだり、肩をすくめたり、首を振ったり、動作が激しい。
和やかな雰囲気ではなさそう。
なんの事情があるのだろう。たまたまなにかきっかけがあって、会話を交わしているだけなのか? それとも、入学してからなんらかのきっかけで二人は知り合ったのだろうか。
……僕一人では答えなんて出るはずもなく。
数分が経ち、二人はその場から離れていく。母さんは家の方向へ、サヤカは改札の中へ入っていった。
こちらの存在がバレないよう、僕は息を潜めて壁際に身を隠した。
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今日、家に帰ったら母さんに直接訊いてみるか。サヤカにも駅で見かけたことを伝えてみようか。
二人とも、どんな反応をするのだろう。とくに母さんは、僕がサヤカの件を口にすると不自然に機嫌が悪くなるし。
やっぱり、母さんはなにかしら事情を知ってるんだよな……?
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