15 / 57
第二章
14・寄り道
しおりを挟む
電車に揺られ、ふたつ目の駅で降りる。
サヤカのお喋りは止まらず、僕はほとんど聞き役に回っていた。この前の休日になにをした、とか。理科の先生の授業が面白いよね、とか。クラスメイトと交わした会話だとか、正直、どうでもいい話ばかりだ。
けれど、全然苦じゃなかった。むしろ、楽しそうに話すサヤカを眺めているだけで僕まで嬉しくなるんだ。
──だが、疑問に思う。
サヤカは今朝のこと気にしていないのかと。僕がなにも覚えていないと伝えたとき、彼女は本当に悲しそうな表情を浮かべていた。もう大丈夫なのかな……
「ここだよ」
僕の心配とは裏腹に、素知らぬ顔でサヤカは一軒のカフェの前で立ち止まった。木目調スタイルの店で、掲げられる看板には「MANNY´s cafe」と緑の文字で記されている。外観を見ただけでお洒落な印象だった。
目を輝かせて店を眺めるサヤカを前に、僕は余計なことは言わないでおこうと思った。また話をぶり返して、彼女の笑顔を奪いたくない。
彼女はきっと、感情豊かな人なんだ。そういうことにしておこう。
少し興奮した様子で、サヤカはカフェについて語り出す。
「マニーカフェっていうお店だよ。全国にあるチェーン店なんだけどね、コーヒーがすっごくおいしいらしいの」
「サヤカはコーヒーが飲めるのか」
「ううん、あんまり飲まない」
なんだそれ、と返そうとしたが、サヤカは弾んだ声で続けるんだ。
「フードもおいしいしんだよ。私、ここのモンブランケーキが大好きなんだ」
アフタヌーンティーセットで買うとお得だよ! と言いながら、サヤカは店のドアを開けた。
店内の雰囲気は、とても落ち着いている。カウンターで二人のスタッフが笑顔で接客している姿が見られた。テーブル席は広く、木製の椅子がこじゃれている。まったりした音楽が流れ、照明はオレンジのランプを連想させるような綺麗な明かりだ。
こういうカフェにはあまり訪れたことがなく、僕は店のムードにひるんでしまう。
「ショウくん。なににする?」
カウンターでメニュー表を見ながら、サヤカは緊張した様子もなくあっけらかんと訊いてきた。
平静を装い、僕も彼女の横でメニューを眺める。
「えっと……じゃあ、アフタヌーンティーセットで」
僕がオーダーすると、男性店員が営業スマイルを向けてきた。
「アフタヌーンティーセットですね。ケーキをこちらの中からお選びください」
ショートケーキやチョコレート、チーズタルトやモンブランなどたくさんの種類がある。なんでもいい。とりあえず、サヤカのおすすめにしてみるか。
「モンブランでお願いします」
「かしこまりました。では、お飲み物はいかがされますか?」
「飲み物、か……。ええっと、メロンソーダで」
「ありがとうございます。ご用意いたしますので、右手のカウンターでお待ちください」
僕は会計を済ませてカウンターに移動する。同じく注文を終えたサヤカが僕の隣に並び、ニコニコしながらこちらを見上げてくるのだ。口角を上げたまま、サヤカはまさかのことを口にする。
「こういうの、憧れだったんだよね」
「なにが?」
「放課後に、制服デートするの」
「……えっ?」
僕はその場で固まってしまう。
い、いま……デートって言ったか? これは、デート、なのか……?
「お待たせしました。アフタヌーンティーセットでございます」
僕が胸中でテンパっていると、店員さんが注文品をカウンターから差し出した。
その後すぐにサヤカのものも用意され、僕たちは窓側の席に座る。
この間、僕の心臓は煩わしいほど音を鳴らしていた。
固くなりながら、僕はサヤカと向かい合って座る。対面だと彼女の姿がいやでも視界に入り、さらにドキドキが早くなっていった。
ケーキの甘い香りが僕の鼻の中に広がるが、もはや食欲をも忘れてしまう。
「おいしそう! いただきます」
こっちの動揺もつゆしらず、サヤカはフォークを手に取ってモンブランのクリーム部分を一口食べる。「おいしい!」と、ほっぺが落ちそうになるんじゃないかと思わせるほど幸せそうなリアクションをした。
そんなサヤカを直視することができない。なんというか──彼女が、眩しすぎるんだ。
こんな子と僕が、デートだなんて……。烏滸がましいにもほどがある。
僕があれやこれや考えていると、彼女が不思議そうに小首を傾げるんだ。
「ショウくん」
「うぇ……! なに?」
うわ、ださっ。
声が、上ずってしまった。
しかしサヤカは気にしたような素振りも見せない。
「どうしたの? ケーキ、食べないの?」
「あ、ああ! 食べる。もちろん、食べるさ。いただきます」
脇からじわっと汗が流れ落ちた。
震えた手でフォークを握りしめる。ふんわりとしたモンブランのクリームとスポンジを口に運ぶと、舌の上がほんのりした甘みで包まれた。
あ……たしかに、うまい……。
想像以上にしっとりした食感で、しかも甘すぎず食べやすい。なんというか、上品な味わいだ。
「すげぇうまいな」
「でしょー! ショウくんならそう言ってくれると思った」
サヤカは子犬のようにはしゃいだ。
こんな子とデートしているなんて、信じられない。けれど──すごく楽しい。
サヤカのお喋りは止まらず、僕はほとんど聞き役に回っていた。この前の休日になにをした、とか。理科の先生の授業が面白いよね、とか。クラスメイトと交わした会話だとか、正直、どうでもいい話ばかりだ。
けれど、全然苦じゃなかった。むしろ、楽しそうに話すサヤカを眺めているだけで僕まで嬉しくなるんだ。
──だが、疑問に思う。
サヤカは今朝のこと気にしていないのかと。僕がなにも覚えていないと伝えたとき、彼女は本当に悲しそうな表情を浮かべていた。もう大丈夫なのかな……
「ここだよ」
僕の心配とは裏腹に、素知らぬ顔でサヤカは一軒のカフェの前で立ち止まった。木目調スタイルの店で、掲げられる看板には「MANNY´s cafe」と緑の文字で記されている。外観を見ただけでお洒落な印象だった。
目を輝かせて店を眺めるサヤカを前に、僕は余計なことは言わないでおこうと思った。また話をぶり返して、彼女の笑顔を奪いたくない。
彼女はきっと、感情豊かな人なんだ。そういうことにしておこう。
少し興奮した様子で、サヤカはカフェについて語り出す。
「マニーカフェっていうお店だよ。全国にあるチェーン店なんだけどね、コーヒーがすっごくおいしいらしいの」
「サヤカはコーヒーが飲めるのか」
「ううん、あんまり飲まない」
なんだそれ、と返そうとしたが、サヤカは弾んだ声で続けるんだ。
「フードもおいしいしんだよ。私、ここのモンブランケーキが大好きなんだ」
アフタヌーンティーセットで買うとお得だよ! と言いながら、サヤカは店のドアを開けた。
店内の雰囲気は、とても落ち着いている。カウンターで二人のスタッフが笑顔で接客している姿が見られた。テーブル席は広く、木製の椅子がこじゃれている。まったりした音楽が流れ、照明はオレンジのランプを連想させるような綺麗な明かりだ。
こういうカフェにはあまり訪れたことがなく、僕は店のムードにひるんでしまう。
「ショウくん。なににする?」
カウンターでメニュー表を見ながら、サヤカは緊張した様子もなくあっけらかんと訊いてきた。
平静を装い、僕も彼女の横でメニューを眺める。
「えっと……じゃあ、アフタヌーンティーセットで」
僕がオーダーすると、男性店員が営業スマイルを向けてきた。
「アフタヌーンティーセットですね。ケーキをこちらの中からお選びください」
ショートケーキやチョコレート、チーズタルトやモンブランなどたくさんの種類がある。なんでもいい。とりあえず、サヤカのおすすめにしてみるか。
「モンブランでお願いします」
「かしこまりました。では、お飲み物はいかがされますか?」
「飲み物、か……。ええっと、メロンソーダで」
「ありがとうございます。ご用意いたしますので、右手のカウンターでお待ちください」
僕は会計を済ませてカウンターに移動する。同じく注文を終えたサヤカが僕の隣に並び、ニコニコしながらこちらを見上げてくるのだ。口角を上げたまま、サヤカはまさかのことを口にする。
「こういうの、憧れだったんだよね」
「なにが?」
「放課後に、制服デートするの」
「……えっ?」
僕はその場で固まってしまう。
い、いま……デートって言ったか? これは、デート、なのか……?
「お待たせしました。アフタヌーンティーセットでございます」
僕が胸中でテンパっていると、店員さんが注文品をカウンターから差し出した。
その後すぐにサヤカのものも用意され、僕たちは窓側の席に座る。
この間、僕の心臓は煩わしいほど音を鳴らしていた。
固くなりながら、僕はサヤカと向かい合って座る。対面だと彼女の姿がいやでも視界に入り、さらにドキドキが早くなっていった。
ケーキの甘い香りが僕の鼻の中に広がるが、もはや食欲をも忘れてしまう。
「おいしそう! いただきます」
こっちの動揺もつゆしらず、サヤカはフォークを手に取ってモンブランのクリーム部分を一口食べる。「おいしい!」と、ほっぺが落ちそうになるんじゃないかと思わせるほど幸せそうなリアクションをした。
そんなサヤカを直視することができない。なんというか──彼女が、眩しすぎるんだ。
こんな子と僕が、デートだなんて……。烏滸がましいにもほどがある。
僕があれやこれや考えていると、彼女が不思議そうに小首を傾げるんだ。
「ショウくん」
「うぇ……! なに?」
うわ、ださっ。
声が、上ずってしまった。
しかしサヤカは気にしたような素振りも見せない。
「どうしたの? ケーキ、食べないの?」
「あ、ああ! 食べる。もちろん、食べるさ。いただきます」
脇からじわっと汗が流れ落ちた。
震えた手でフォークを握りしめる。ふんわりとしたモンブランのクリームとスポンジを口に運ぶと、舌の上がほんのりした甘みで包まれた。
あ……たしかに、うまい……。
想像以上にしっとりした食感で、しかも甘すぎず食べやすい。なんというか、上品な味わいだ。
「すげぇうまいな」
「でしょー! ショウくんならそう言ってくれると思った」
サヤカは子犬のようにはしゃいだ。
こんな子とデートしているなんて、信じられない。けれど──すごく楽しい。
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

モブが公園で泣いていた少女にハンカチを渡したら、なぜか友達になりました~彼女の可愛いところを知っている男子はこの世で俺だけ~
くまたに
青春
冷姫と呼ばれる美少女と友達になった。
初めての異性の友達と、新しいことに沢山挑戦してみることに。
そんな中彼女が見せる幸せそうに笑う表情を知っている男子は、恐らくモブ一人。
冷姫とモブによる砂糖のように甘い日々は誰にもバレることなく隠し通すことができるのか!
カクヨム・小説家になろうでも記載しています!
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
青天のヘキレキ
ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ
高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。
上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。
思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。
可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。
お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。
出会いは化学変化。
いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。
お楽しみいただけますように。
他コンテンツにも掲載中です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる