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第二章
12・怪しいクラスメイト
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──あのときのコハルの顔つきは、これまでにないほど真剣だった。僕を思っての言葉だったのだろうが、なにか引っ掛かる。
考え込んでいると、いつの間にか長い時間が過ぎていた。朝のチャイムが鳴り響く。あと五分でホームルームが始まる。
……サヤカのいる教室に、戻らないと。
スマートフォンの電源を切り、僕はトイレの個室から出た。手洗いをしていると、奥側にある個室の扉が開くのが鏡越しに映った。
同じクラスの男子だ。黒縁眼鏡が特徴的で、なんか真面目な印象があるんだけど……ええっと。なんて名前だっけな。
「あっ」
鏡越しに彼と目が合った。彼は僕に向かって軽く会釈する。
「おはよう、若宮くん」
「ああ、おはよ。ええっと」
まずい、わりと本気で名前が出てこない。ていうか、まともに挨拶を交わしたのもこれが初めてだ。
「あっ、ボクは岸沼だよ。ごめんね、影薄くて。名前、覚えられないよね」
「ええ! いや、そういうわけじゃないんだ」
「いいんだよ。いつものことだから。みんなボクに興味ないし」
瞳に影を落とし、岸沼くんはそう呟いた。
なんで自虐的なんだろ、この人。
「違うんだ。僕の方が問題だよ。……仲良くしてたらしい小学校の友だちの名前も忘れてるんだから」
自虐を言われたら自虐で返す。うん、我ながらいい返しができたと思う。岸沼くんにとってはなんの話だって感じだろうけど。
僕の言葉を聞いた岸沼くんは、じっとこっちを見つめてきた。
「そっか。もしかして、彼女のこと?」
「えっ」
「松谷サヤカさんの件だよね」
……な、なんだ。なんで、それを?
動揺を隠しきれず、目が泳いでしまう。
岸沼くんは淡々と語った。
「校内で松谷さんの話、あんまりしない方がいいよ。意外に聞こえちゃうからさ。この前、他のクラスの人と昼休憩中に松谷さんのこと話してたよね。教室内で」
その話に、僕はハッとした。まさか、ユウトと話していたときのことか。
声を落としていたつもりだったんだけどな。
「ボクは件に関して無関係だけど、松谷さんを傷つけたくないなら気をつけた方がいいと思う。あれこれ彼女について探ってるんだよね?」
「あ、ああ。そうだな……」
完全に、僕のミスだ。そうか、たしかにそうだよ。
あの日の昼休憩中、教室内には数人ほどの生徒がいた。周りがざわざわしていたとしても、自分たちの会話が他の誰かに聞かれていても不思議じゃない。
校内でサヤカの話をするのはやめよう。
変な空気が流れる。無表情のまま、岸沼くんは僕の目を見据えてきた。
「若宮くんの目ってさ、紫色なんだね」
「ああ、そうなんだよ」
「……怖いくらい、綺麗だね」
そう言われ、僕は困惑した。
他人に目が綺麗とか、珍しい色だね、とか言われることはよくある。滅多にはない瞳の色だから当たり前だと思う──けど、なんだろう。
岸沼くんの言いかたがなんとなく不気味だ。表情が一切動かず、目をじっと見つめられ、「怖いくらい綺麗」と言われたら、怖いのはこっちだよ、と思ってしまう。
岸沼くんは僕の気持ちなんて知るよしもなく、ただ黙って顔を覗き込んでくる。もう、逃げたい。
「あ、あの。岸沼くん……」
と、僕が勇気を振り絞って声を出した瞬間。本チャイムが鳴った。
機械的に流れるメロディを聞いて、僕はこれ以上ないほど安心した。
「ホームルームが始まる。も、戻ろうか」
僕がそう促すと、岸沼くんはやっと目を逸らしてくれた。早口になってこんなことを言う。
「ボク、件に関して興味があるんだ。君がどうして松谷さんを覚えていないのか。松谷さんは本当に若宮くんの幼なじみなのか」
「……は?」
「ボクの身内にもいたんだよ。君みたいになっちゃった人が」
「え? そうなのか?」
「うん。一部の記憶がなくなってさ。ボクとの思い出も、忘れちゃったみたい」
岸沼くんは抑揚のない話しかたでいるが、一瞬だけ切なそうな顔をした。
「だからさ、こっそり調べさせてもらうよ。君たちのこと」
「え? なんだよそれ。ちょっとやめてほしい、かな……」
「安心して。別に害があるようなことはしないから。若宮くんにも松谷さんにも迷惑かけないからさ」
そう言って、岸沼くんは似合わない笑顔を浮かべた。
もしかして、厄介な相手に目を付けられてしまったのかも。調べるってなにを調べるんだろう。あまりいい気分はしないよな。
「いや、ホントそういうのいいから。あまり変な真似はしないでくれ」
僕の訴えに、岸沼くんは小さく首を縦に振った。メガネを正しながらトイレ内からそそくさと去っていく。
……ちょっと普通じゃないよな、彼。同じクラスだから難しいだろうが、なるべく岸沼くんとは距離を置いた方がよさそうだ。
考え込んでいると、いつの間にか長い時間が過ぎていた。朝のチャイムが鳴り響く。あと五分でホームルームが始まる。
……サヤカのいる教室に、戻らないと。
スマートフォンの電源を切り、僕はトイレの個室から出た。手洗いをしていると、奥側にある個室の扉が開くのが鏡越しに映った。
同じクラスの男子だ。黒縁眼鏡が特徴的で、なんか真面目な印象があるんだけど……ええっと。なんて名前だっけな。
「あっ」
鏡越しに彼と目が合った。彼は僕に向かって軽く会釈する。
「おはよう、若宮くん」
「ああ、おはよ。ええっと」
まずい、わりと本気で名前が出てこない。ていうか、まともに挨拶を交わしたのもこれが初めてだ。
「あっ、ボクは岸沼だよ。ごめんね、影薄くて。名前、覚えられないよね」
「ええ! いや、そういうわけじゃないんだ」
「いいんだよ。いつものことだから。みんなボクに興味ないし」
瞳に影を落とし、岸沼くんはそう呟いた。
なんで自虐的なんだろ、この人。
「違うんだ。僕の方が問題だよ。……仲良くしてたらしい小学校の友だちの名前も忘れてるんだから」
自虐を言われたら自虐で返す。うん、我ながらいい返しができたと思う。岸沼くんにとってはなんの話だって感じだろうけど。
僕の言葉を聞いた岸沼くんは、じっとこっちを見つめてきた。
「そっか。もしかして、彼女のこと?」
「えっ」
「松谷サヤカさんの件だよね」
……な、なんだ。なんで、それを?
動揺を隠しきれず、目が泳いでしまう。
岸沼くんは淡々と語った。
「校内で松谷さんの話、あんまりしない方がいいよ。意外に聞こえちゃうからさ。この前、他のクラスの人と昼休憩中に松谷さんのこと話してたよね。教室内で」
その話に、僕はハッとした。まさか、ユウトと話していたときのことか。
声を落としていたつもりだったんだけどな。
「ボクは件に関して無関係だけど、松谷さんを傷つけたくないなら気をつけた方がいいと思う。あれこれ彼女について探ってるんだよね?」
「あ、ああ。そうだな……」
完全に、僕のミスだ。そうか、たしかにそうだよ。
あの日の昼休憩中、教室内には数人ほどの生徒がいた。周りがざわざわしていたとしても、自分たちの会話が他の誰かに聞かれていても不思議じゃない。
校内でサヤカの話をするのはやめよう。
変な空気が流れる。無表情のまま、岸沼くんは僕の目を見据えてきた。
「若宮くんの目ってさ、紫色なんだね」
「ああ、そうなんだよ」
「……怖いくらい、綺麗だね」
そう言われ、僕は困惑した。
他人に目が綺麗とか、珍しい色だね、とか言われることはよくある。滅多にはない瞳の色だから当たり前だと思う──けど、なんだろう。
岸沼くんの言いかたがなんとなく不気味だ。表情が一切動かず、目をじっと見つめられ、「怖いくらい綺麗」と言われたら、怖いのはこっちだよ、と思ってしまう。
岸沼くんは僕の気持ちなんて知るよしもなく、ただ黙って顔を覗き込んでくる。もう、逃げたい。
「あ、あの。岸沼くん……」
と、僕が勇気を振り絞って声を出した瞬間。本チャイムが鳴った。
機械的に流れるメロディを聞いて、僕はこれ以上ないほど安心した。
「ホームルームが始まる。も、戻ろうか」
僕がそう促すと、岸沼くんはやっと目を逸らしてくれた。早口になってこんなことを言う。
「ボク、件に関して興味があるんだ。君がどうして松谷さんを覚えていないのか。松谷さんは本当に若宮くんの幼なじみなのか」
「……は?」
「ボクの身内にもいたんだよ。君みたいになっちゃった人が」
「え? そうなのか?」
「うん。一部の記憶がなくなってさ。ボクとの思い出も、忘れちゃったみたい」
岸沼くんは抑揚のない話しかたでいるが、一瞬だけ切なそうな顔をした。
「だからさ、こっそり調べさせてもらうよ。君たちのこと」
「え? なんだよそれ。ちょっとやめてほしい、かな……」
「安心して。別に害があるようなことはしないから。若宮くんにも松谷さんにも迷惑かけないからさ」
そう言って、岸沼くんは似合わない笑顔を浮かべた。
もしかして、厄介な相手に目を付けられてしまったのかも。調べるってなにを調べるんだろう。あまりいい気分はしないよな。
「いや、ホントそういうのいいから。あまり変な真似はしないでくれ」
僕の訴えに、岸沼くんは小さく首を縦に振った。メガネを正しながらトイレ内からそそくさと去っていく。
……ちょっと普通じゃないよな、彼。同じクラスだから難しいだろうが、なるべく岸沼くんとは距離を置いた方がよさそうだ。
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