【受賞】約束のクローバー ~僕が自ら歩く理由~

朱村びすりん

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第五章

約束を交わした場所

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 翌日の土曜。学校は休みだ。月曜日から退院後初めて登校できる。

 僕には、学校が始まる前に会いたい人がいた。
 彼女は──ユナはどうしているかな。退院したことを、どうしてもいち早く報告したいんだ。

 僕が杖なしで歩けるようになったのを知ったらどんな顔をするのだろう。僕の歩く姿を見てどう思うのだろう。

 あのお守りのおかげで、ずいぶんと支えられた。それに、心のこもった手紙も嬉しかった。クラスのみんなからの寄せ書きも届けてくれた。それら全ての感謝を伝えたい。
 そして──ユナと交わしたあの約束を、果たしたい。

 朝食を終え、僕は靴を履いて玄関を出る。
 ロフストランド杖がなくたって、なんの違和感もなく歩けた。まだ踵がほんの少しだけ浮いているけれど、よろけることもほとんどない。

 外の空気を深く吸い込み、家の真隣にある小さな公園を訪れた。落ち葉がたくさんあって、それを踏むとカサッと気持ちのいい音が響くんだ。

 休日のなにげないときにここへ来て、ユナと他愛ない時間を過ごした。僕が大人の付き添いがなくても来られる、唯一の場所。ユナとあの約束を交わした、思い出の詰まった公園だ。

 ユナは家にいるのかなぁ。待っていれば、そのうちここに来てくれるのかなぁ。

 目と鼻の先に家があるのだから、インターホンで呼び出すこともできる。でも、わざわざそこまでするのは悪いと思い、遠慮してしまう。

 ベンチに腰かけ五分、一〇分と、何もせずに時が過ぎていく、そんなときだった。
 狭い公園内に一人……いや、一匹の訪問者がやって来た。

 いつもの野良猫だ。

 二カ月ぶりに見た野良は、この前よりも更に太ってる。
 のそのそとこちらへ近づいてくると、ひょいと僕の隣に座った。丸くなりながら、大きなあくびをする。

「お前に会うのも久しぶりだな。元気にしてたか?」
「……」

 なんのリアクションもすることなく、野良は目を閉じる。そっと体を撫でてやると、とくに抵抗はしない。喉を鳴らしてゴロゴロすることもない。僕に構うわけでもなく、ただただマイペースに寛ぐだけだった。
 それでも僕は、野良に話しかけ続けた。

「お前はチャコと同じ茶トラなのに、全然似てないよな。……まあ当たり前か。お前はお前なんだから」
「……」
「なあ、聞いてくれよ。僕、大きい手術を受けてきたんだぞ。入院して、術後のリハビリを毎日してきた。そしたら、前よりも上手に歩けるようになったんだ。すごいだろう?」
「……」

 ほぼひとりごとのまま、僕の話は空気に流れていく。
 野良猫は終始なんのリアクションもせず、もう一度あくびをした。

 やっぱ現実はこんなもんだよな。夢で会ったチャコみたいに、猫が喋るわけがない。
 虚しくなり、僕はそっと口を結んだ。

 ──だけど、そのときだった。

「コウ君?」

 すぐ近くで、優しい声がした。久しぶりに聞いたけれど、いつもと変わらない透き通った声。
 
 パッと前を向くと──綺麗な瞳でこちらを見る彼女が立ち尽くしていたんだ。

「ユナ……」

 僕が小声で名を呼ぶと、彼女の瞳が滲んだ。手のひらを口に当てながら、ゆっくりと僕のそばに歩み寄ってきた。

「コウ君」
「うん」
「おかえり!」

 それからユナは勢いよく抱きついてきたんだ。
 その瞬間、僕の心臓がありえないくらい飛び跳ねる。

 う、うわ、なんだ。ユナに抱きつかれるなんて!
 ここ数日の間で、一体何人にハグされてるんだよ……。
 僕の全身はカッと熱くなる。

 そんな中で、あることに気がついてしまった。ユナの身体が、震えている。鼻をすする音も耳元でしたけれど、僕はあえて気づかないふりをした。

「ユナ」
「……うん?」
「ただいま」

 ユナの胸の鼓動が伝わってくる。早鐘を打っていて、僕の心臓もつられるようにアップテンポを刻むんだ。
 
 しばらく経ってから、ユナはそっと僕から離れていく。ふと彼女を見ると、顔が紅葉色に染まっていた。しっとり頬が濡れているように見えたけれど、それは単なる僕の勘違い。

 ユナは恥ずかしそうに目元から流れるものを拭き取った。
 そんな彼女に向かって、僕は歯茎を見せる。

「大袈裟だな、ユナも」
「だって……ずっと会えなかったんだもの。幼い頃からいつもそばにいたでしょう?」
「ああ、そうだな」

 どういうわけか、僕は彼女の目を見るのが恥ずかしく感じてしまう。二カ月以上も会えなかったせいなのか?

 照れ隠しをするために、僕は必死になって話題を探る。本当は話したいこと、無限にあるはずなのに。
 平静を装いながらポケットに手を突っ込むと、あるものが指先に触れた。

 入院中、ずっと僕のそばにあった大切なお守りだ。
 僕は、悠然とそれを取り出した。ユナとの大事な約束を交わした象徴は、いつだって安らぎをくれる。

「それ」

 ユナは目を見開いて、お守りを指差した。

「持っててくれたの?」
「当然だろ。入院中も手術のときも、そばに置いていたよ。ユナがくれたお守りがあったおかげで、僕はあの約束を果たそうって強く思えた。頑張る力になったよ。ありがとな」

 目を細めながら、ユナはゆっくりとお守りに触れる。それから、さらりと僕の手を握りしめてきた。
 夢と、同じ感覚がした。彼女の細くて長い指が、僕の心の奥まであたためてくれる。

「そっか。大事にしててくれたんだね」
「僕の宝物だからな」

 ひとつ葉のクローバーを手に持ち、堂々とした様で立つ猫は、光を反射させて輝き続ける。それをじっと見つめ、僕は言葉を紡いだ。

「なあ、ユナ」
「うん?」
「僕の歩く姿、見てくれよ」

 このひとことに、ユナは大きく目を見開いた。
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