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第五章
久しぶりの
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涼しい風が僕の肌を優しく撫でる。久しぶりに外で浴びる空気は、とても清々しい。今日は、淡い陽の光がいつにも増して輝かしく見えた。病室の窓から眺める太陽よりも、あたたかみを感じられるんだ。
入院前はあんなに暑かったのに、世間はいつの間にか冬を迎える準備をはじめていた。
「──さ、着いたわよ」
母さんは車のエンジンを止め、安堵したような瞳になる。
着いた。ひさしぶりの我が家に。
こんなに長い間帰らなかったのは初めてだ。住み慣れた場所だとしてもとてもなつかしい。
僕たちの住む小さな戸建ては、二ヶ月前と変わらない姿で立ち尽くしている。でもやっぱり、周りの景色だけはずいぶん違った。落ち葉が舞って、道に立ち並ぶ木々の葉はすっかり紅色に染まっていたんだ。
秋の木を眺めていたとき、ふとユナの家が視界に入った。
外壁が綺麗で、庭にはよく手入れがされた花壇がある。季節が変わっても、クローバーの白い花々が元気に彩りを見せてくれた。
ユナに会いたいけれど、今日は金曜日。まだ学校の時間だ。そろそろ給食の準備がはじまる頃かな。
僕もお腹が空いてきた。早く家に入ろう。
助手席のドアを開け、自分一人で車から降りる。杖も母さんの手伝いも必要ない。
自分の足で外に出られるなんて、なんて楽なんだろう。あまりにもスムーズに降りられたから、こんなちっぽけなことでもさえも嬉しくなる。
何も言わない母さんだけれど、頬がさりげなく緩んでいた。
二人で並び、家のドアの前まで歩いていく。母さんが玄関ドアをゆっくりと開けた。
その瞬間、篭もった空気の匂いが鼻を刺激する。洗濯したばかりなのだろうか、柔軟剤のふんわりした香りも脱衣所の方から漂ってきた。
靴箱の上の、家族写真が真っ先に目に入る。小学校入学前に写真屋さんで撮ったもので、僕と母さんと父さんとリオがおめかししているんだ。
まるで、僕のことを歓迎しているみたい。
こんなの、いつもは気にも留めないはずだ。なのに、それら全てが新鮮に見えて仕方がない。
まだリオも父さんも帰ってきてはいないけれど、僕は家族に向かって口を開いた。
「ただいま」
靴を脱ぎ、装具は履いたままで家に上がる。
いつもの習慣で、廊下の奥まで続く手すりを掴もうとした。でも──もう必要ないんだ。
無意識に伸ばしていた手をおもむろに引っ込める。
自分の足でバランスが保てるようになった僕は、そろそろとリビングへと向かっていった。
帰ってきて一番最初にやりたいことがある。
リビングの端にあるチャコの遺影の前で腰を下ろした。今日も変わらず骨壺の前には猫用のご飯が供えられていて、ここだけはいつだって綺麗な状態。
写真で見るチャコは、夢と会ったときとそっくりだ。クリクリの可愛い目で僕を見ていた。
遺影前のロウソクに火を灯し、線香を上げる。静かに手を合わせ、瞳を閉じた。
(チャコ、ただいま)
心の中で語りかけながら、僕は入院中に見た夢のことを思い出す。
可愛い声で喋るチャコが何度も現れて、たくさん応援してくれた。ただの空想の世界だと思っていたけれど──最後の日に、チャコと一緒にいたユナが言っていた。半分は「本物の想い」なんだと。
だから僕は、チャコにちゃんとお礼を伝えたい。
線香の香りに包まれながら、僕は心中で言葉を紡いでいく。
(君は、僕を見守ってくれてたんだよね? チャコが会いに来てくれてすごく嬉しかったよ。応援してくれてありがとう。僕、これからも頑張るから見ていてね)
──チャコからの返事はないけれど、今でも愛らしい眼差しを向けながら、きっとエールを送ってくれている。
僕はそう信じて疑わなかった。
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