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第四章

お互いの気持ち

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 その後も、何ごともなかったかのように授業は淡々と進められた。高橋先生とマンツーマンでの授業なのに、二時間目も三時間目も何をしたのか、僕はまるで覚えていない。

 四時間目になり、国語が始まった。
 だけど、未だにリョウのことが気になって気になって仕方がない。あんな大怪我をして、大丈夫なのかな……リョウは、どうなってしまうのだろう。

「──では、コウキ君。今日は『情』という漢字を覚えましょう」
「……」
「この漢字を使った言葉を三つ、考えてみてくれる?」
「……」
「あら? コウキ君ー?」
「……え?」

 呼びかけられ、僕はハッとした。
 キョトンとする高橋先生の顔が視界に入る。黒板には『情』という文字が記されていた。
 やばい。全然聞いてなかった。

「……すみません、なんですか?」
「大丈夫? あまり、集中できてないみたいだけど」
「ごめんなさい」

 だめだ。何やってるんだよ、僕は。勉強はちゃんとしよう……。
 首を横に振り、無理やり気持ちを切り替えてみせる。

 先生に「情」を使った単語を、漢字辞典を用いてもいいので三つ探してほしいと言われ、僕は必死に考えた。
 情、か……。うーん、そうだな。たとえば、あれだ。

「情報、とか?」
「いいですね。情報を集める、正しい情報を見極める、などに使えますね。あとは何かありますか?」
「んーっと。じょう、じょう……。そうだ、愛情も!」
「素敵ですねぇ。愛情を注ぐ、ですね!」

 先生はそれらの言葉を黒板に綺麗な字で書いていく。情報、愛情。あとひとつか……。

「辞典も使っていいのよ」

 机に置いてある漢字辞典を指差しながら、先生は助言してくれる。僕は辞典に手を伸ばし、最後の言葉を探そうとした。

 情、情、情……。

 あっ。そうだ。突然、ひらめいた。辞典に頼る必要なんてない。
 辞典を元に戻し、僕は思いついた言葉を口にする。

「友情の情です」

 僕が最後の単語を発表すると、高橋先生は「友情」の文字を書き出していく──そのときだった。教室のドアが、勢いよく開かれるのが横目に映る。

 ──僕の心臓が、高く音を響かせた。

「……リョウ!」

 ドアの前には、車椅子に座って満面の笑みを浮かべるリョウの姿があった。副担任の先生も一緒だ。
 リョウは、頭に包帯をつけていた。でも、すごく元気そう。
 僕の肩の力がスッと抜けていく。

「リョウ君、おかえりなさい! もう、平気なの?」

 高橋先生は胸に手を当て、声を震わせた。

「あれくらいどうってことないって! まあ、治療はちょっと痛かったけどな」
「ちょっと、かあ。結構痛そうに見えましたけどね? 先生の勘違いかな?」

 副担任の先生にそう言われ、リョウは恥ずかしそうに俯くんだ。
 そんな彼のリアクションに笑みを浮かべながらも、副担任の先生は高橋先生に説明をはじめた。

「左上のおでこに大きな切り傷ができていたので、三針縫いました。念のため、二十四時間は体調などに変化がないか注意して見た方がよいと。病棟の方にはこちらからお伝えしますので──」

 おい、待て待て。三針縫ったとか言ってるぞ……? かなり大ごとなんじゃないか?

 僕の心配をよそに、リョウはあくびをしながら車椅子を動かし、何ごともなかったかのように僕の隣に戻ってきた。

「いやー、参った参った。傷口がパックリ割れてるって言うんだからよ。針なんか縫われて、ガチクソに痛かったぜ!」

 ケラケラしながら彼は教科書を机に並べる。
 でも、僕は全然笑えない。

 なんで、どうしてそんなに気楽なんだよ……? もしも、打ちどころが悪かったら? 机の角に目が当たったらどうするつもりだったんだよ。もしかしたら、もっともっと酷いことになっていたかもしれないだろ!

 考えれば考えるほど、息が苦しくなった。それと同時に、ヘラヘラしているリョウに対してよく分からない感情が芽生えてしまう。

 眉間にしわを寄せ、ついに僕は我慢ができなくなった。

「笑い事じゃないだろう!!」

 教室内に、いや、廊下にまで僕の大声が響き渡った。その場は一気に静まり返る。

 目を丸くして、リョウは僕の顔を見た。先生たちも唖然としている。
 関係ない。僕の感情はもう止まらないんだ。

「危ないだろう! 頭を打ったんだよ! 三針も縫ったなんて、大変じゃないか! なんで笑っていられるんだよ!」
「お、おい。コウキ、どうしたんだよ?」
「ずっと心配してたんだから! リョウに何かあったらどうしようって。もう、二度と……危ないことするなよ!!」

 喉が痛くなるほど絶叫した。自分がこんなに大声を出せるのか、と驚くほどに。
 熱くなる僕を見て、リョウは唖然としている。眉を落とし、ゆっくり首を横に振るんだ。

「そ、そんなに怒るなよ。俺はただ、お前に歩いてる姿を見てほしかっただけなんだ」
「ああ、分かってる。マジですごいって思ったよ。リョウが上手に歩いてるのを見て、めちゃくちゃ感動した」
「そうだろ? だったらいいじゃねえか」
「よくないよ、何にもよくない! 僕らはこれからもリハビリを続けて、足をよくしていかなきゃならないんだ。無茶しちゃいけないんだよ。もっと大きな怪我して、もしリョウに何かあったら……僕は悲しいよ……!」

 自分の想いを全部ぶちまけた。勢いで言葉を連ねただけだから、まとまりのない文章になってしまったと思う。それほどショックだった。

 ノンストップで叫びすぎたせいで、肩で呼吸をしてしまう。
 落ち着かなきゃ。
 深く深く、息を吐き出した。

 こんな僕の隣で、リョウは神妙な面持ちに変わる。

「すまん、コウキ」
「……えっ?」
「不安にさせて悪かった。俺、歩けるようになってきてすっげぇ嬉しかったから、お前と喜びを分かち合いたかったんだ。でも、コウキの言う通りだな。もっともっと歩行が安定しないと、無理はしちゃいけねぇなんだよな」

 晴れない表情で、彼は無理に口角を上げる。けれど声色だけは爽やかになった。

「でも嬉しいぜ、俺のためにコウキがそこまで怒ってくれるなんてな!」
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