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第四章
現実のような世界
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手術が終わって二週間。少しずつ身体を動かし、リハビリ訓練をする日々が続く。
背中の痛みは、だいぶ落ち着いてきた。あんなに痛かったのがウソのように。
僕の回復の早さに、父さんと母さんは面会に来る度に驚き、喜んでくれた。
リョウともますます仲がよくなり、僕は穏やかな気持ちで入院生活を過ごすようになっていた。
そんな中でも、僕はまたあの夢を見るんだ。夜眠っていると現れる、優しい彼女と愛らしいチャコ。夢と分かっていても、彼女たちに会えると嬉しくなる。
僕は無意識のうちに、夢の世界へと入り浸っていった──
『コウ君』
朗らかな声。僕の目の前で、彼女が微笑みながらソファに座っていた。
ここはどこだろう?
周りを見回してみた。
ちょっとだけ散らかったリビング。テーブルには、二人分のオレンジジュースが並べられている。
窓から陽が差し込み、淡い光が僕たちを包み込んだ。
ここってもしかして、僕の家じゃないか?
チャコの遺影はないけれど、それ以外は全部が家のリビングと一致している。間違いない。
そう気がつくと、胸がギュッと締めつけられた。かれこれ二週間も家に帰っていないんだよな。
サクラ色のカーテンがゆらゆらと揺れる。その隙間から、風が部屋の中へと入ってきた。窓につるされている風鈴が、チリンチリンとメロディを奏でて涼しさを分けてくれるんだ。
……なんだか、すごくリアルに感じる。思わずホームシックになってしまいそうだ。まだまだ入院生活は続くからな。せめてここでは、ゆっくりと過ごしたい。
そんな現実逃避な考えをしていると、ふと足もとに茶色い陰が現れた。
『あっ。チャコ』
この呼びかけに反応して、チャコは僕の膝の上に座った。
僕はそっと、チャコの喉を撫でる。ゴロゴロと喜んでくれるのが愛おしくて、こうやってスキンシップを毎日のようにとっていたよな。
つぶらな丸い目を向けながら、チャコは口を開いた。
『コウキは強いね。ミャオ』
『えっ?』
『チャコはずっと見守っているから分かる』
そう言葉を並べて、チャコは僕の手のひらを舐めてくれた。あのザラザラした舌の感触はしない。
たまに現実と勘違いしそうになるけど、ここはあくまで夢の中。僕が無意識に作り上げている空想の世界に過ぎない。
──チャコのこの言葉だって、作られたものだ。
それでも夢の中だけは、目の前にいるチャコも彼女も作りものだという事実を忘れていたい。
僕はふと笑みをこぼし、チャコの頭にそっと手を乗せた。
『ありがとう、チャコはいつだって僕を見守ってくれているんだよな』
『そうだよ。チャコはコウキの味方。どんなに痛くても、辛くても、前向きでいられる男の子だって思ってるよ。チャコはずっとずっと応援してる。本当だよ』
こんな言葉さえも自分自身が無意識のうちに作り上げているのだと思うと、ちょっとおかしくなってしまう。
僕たちの様子を眺めていた彼女は、おもむろに隣にやって来て腰を下ろした。優しい声で、そっと語りかけてくるんだ。
『コウ君。チャコちゃんの話していることは、ウソなんかじゃないからね?』
『えっ、どういうこと?』
『たしかにここは、夢の世界だよ。でもね、半分は本当でもあるの』
『ええっと。それは、どういう意味?』
彼女の喋りかたが、いつもと違う気がする。
『コウ君は、何度も夢で私たちに会ってるでしょう? なんだか不思議だと思わない?』
『ああ、それは……』
たしかに、それはそうだ。何回も同じ相手が夢に出てくるなんてこと、普通だったらあまりないよな。
でも、彼女とチャコには会える。よく考えなくても、これってかなり珍しいことなんだ。
『君の言う通りだね。いつの間にかここに来るのが僕の中では日常になっていて、君とチャコに会えるのが楽しみになっているよ』
僕がそう口にすると、膝の上に座るチャコが小さく『ミャオ』と鳴き声を漏らした。なんとなく、寂しそうな声だった。
『そうだね、私もチャコも、コウ君に会えるのすごく楽しみだよ』
彼女がどんな顔をしているのか、僕には見えない。だけど、今はどういうわけか、切ない瞳の色を浮かべている。そんな気がした。
彼女はおもむろに、僕の手を握りしめた。すると、手のひらに何かが現れる。
ハッとして見てみると、いつの間にか僕はひとつ葉のクローバーを握りしめていた。
『ひとつ葉のクローバーの約束、きっと忘れないでね。コウ君のこと、応援しているから』
『え……』
ぼんやり映っていた彼女の顔が、なんとなく僕の目に──いや、頭の中に浮かんだ気がした。
たくさんの花を咲かせるような、綺麗な笑顔なんだ。
『そろそろ行かなきゃ。もうすぐ、朝だよ』
そう言うと、彼女はチャコを抱きかかえて立ち上がる。
僕は目を見開いて、彼女たちの後を追おうとした。
『ちょっと待って』
僕が声をかけるも、彼女はそのまま背を向けて歩いて行ってしまう。
周囲はいつものように光に包まれ、何もない世界になる。
『教えて。やっぱり……君なんだよね?』
僕が問いかけても彼女は歩みを止めることなく、光の向こう側へと姿を消してしまった。
僕の手のひらに包まれるひとつ葉のクローバーが、キラキラと輝き続けている。
あの約束、忘れないよ──
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