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第三章
目標
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優しい表情とは裏腹に、母さんの声は切なさが混じっている。
「どうしたんだよ、急に」
「前から、考えていたの……。コウキはすごく頑張り屋さんで、今回だってこんなに大変な思いをして。あれだけ長時間の手術を受けて、今も背中が痛くて辛いでしょう? 滅多に泣かないあなたが、シクシク泣いてるんだもの。ずっとずっと、色んなことに我慢してきたのよね。……本当に、ごめんなさい」
「えっと。母さん、どうして謝るの?」
僕は心の中で首をひねる。
もしかして、あれか? 見聞きしたことがあるぞ。持病があったり、僕みたいに身体にハンデがある子供に対して「健康に生んであげられなくてごめん」「できるなら代わってあげたい」なんて親が口にしているのを。
まさか、母さんもそんな風に考えているのか……?
だとしたら、僕は全力でそれを否定したい。
息を大きく吸い込み、かれた声で自分の想いをぶつけてみせた。
「別に、謝る必要ないよ」
「……え?」
「たしかに手術を受けるのは怖かった。検査も大変だったし、術後の痛みは半端ないし、今は自由に動くこともできない。おしっこも管を通してじゃないとできないし、食事だって看護師さんに手伝ってもらってる。こんな状態で本当に前よりも歩けるようになるのかって、ぶっちゃけかなり不安」
目の前にある猫とクローバーのお守りを見つめながら、僕は続きの言葉を紡いでいく。
「心が折れそうになって、何もかもやめたいって思った。だけど……母さんの顔見たら、なんか安心した。僕はただ、心細かっただけなんだ」
「……コウキ」
母さんは口に手のひらを当て、肩を震わせた。目の奥がどんどん滲んでいる。だけど、表情だけは穏やかになっていくんだ。
そんな母さんから目を逸らすことなく、僕は正直な想いを投げかけた。
「もうたくさん泣き散らかしたから、すっきりしたよ。諦めないで術後のリハビリも頑張ってみようと思う。しっかり歩けるようになってから家に帰ってみせるよ」
そこまで僕が話すと、母さんはついに大粒の涙を流してしまった。
僕はギョッとして、どう声をかけたらいいか分からなくなる。いつも陽気な母さんが泣いてる姿、初めて見たかも……。
「ごめん、本当にごめんね、コウキ」
「いや、だから謝るなって。そんなに泣かなくてもいいだろ」
「嬉しいの。あなたがとっても誇りに思えるわ。強くて立派よ」
そう言いながら、母さんは半分覆い被さる形でそっと僕を抱きしめた。
な、なんだ。やめろよ。この歳になって母さんからハグされるなんて、思ってもみなかったぞ。恥ずかしすぎる……
でも今日は──今日だけは抵抗しない。力が入らないのを理由に、黙って優しいぬくもりを感じた。
僕はもう一度、枕元にある猫とクローバーのお守りを見つめる。
大切な約束もあるんだ。弱音を吐いてる場合じゃない。
目指すは……そうだな、いつか杖を手放して歩けるようになること。そして欲を言えば、走れるようになることだ。
僕はその日、自分の中で大きな目標を掲げた。
「どうしたんだよ、急に」
「前から、考えていたの……。コウキはすごく頑張り屋さんで、今回だってこんなに大変な思いをして。あれだけ長時間の手術を受けて、今も背中が痛くて辛いでしょう? 滅多に泣かないあなたが、シクシク泣いてるんだもの。ずっとずっと、色んなことに我慢してきたのよね。……本当に、ごめんなさい」
「えっと。母さん、どうして謝るの?」
僕は心の中で首をひねる。
もしかして、あれか? 見聞きしたことがあるぞ。持病があったり、僕みたいに身体にハンデがある子供に対して「健康に生んであげられなくてごめん」「できるなら代わってあげたい」なんて親が口にしているのを。
まさか、母さんもそんな風に考えているのか……?
だとしたら、僕は全力でそれを否定したい。
息を大きく吸い込み、かれた声で自分の想いをぶつけてみせた。
「別に、謝る必要ないよ」
「……え?」
「たしかに手術を受けるのは怖かった。検査も大変だったし、術後の痛みは半端ないし、今は自由に動くこともできない。おしっこも管を通してじゃないとできないし、食事だって看護師さんに手伝ってもらってる。こんな状態で本当に前よりも歩けるようになるのかって、ぶっちゃけかなり不安」
目の前にある猫とクローバーのお守りを見つめながら、僕は続きの言葉を紡いでいく。
「心が折れそうになって、何もかもやめたいって思った。だけど……母さんの顔見たら、なんか安心した。僕はただ、心細かっただけなんだ」
「……コウキ」
母さんは口に手のひらを当て、肩を震わせた。目の奥がどんどん滲んでいる。だけど、表情だけは穏やかになっていくんだ。
そんな母さんから目を逸らすことなく、僕は正直な想いを投げかけた。
「もうたくさん泣き散らかしたから、すっきりしたよ。諦めないで術後のリハビリも頑張ってみようと思う。しっかり歩けるようになってから家に帰ってみせるよ」
そこまで僕が話すと、母さんはついに大粒の涙を流してしまった。
僕はギョッとして、どう声をかけたらいいか分からなくなる。いつも陽気な母さんが泣いてる姿、初めて見たかも……。
「ごめん、本当にごめんね、コウキ」
「いや、だから謝るなって。そんなに泣かなくてもいいだろ」
「嬉しいの。あなたがとっても誇りに思えるわ。強くて立派よ」
そう言いながら、母さんは半分覆い被さる形でそっと僕を抱きしめた。
な、なんだ。やめろよ。この歳になって母さんからハグされるなんて、思ってもみなかったぞ。恥ずかしすぎる……
でも今日は──今日だけは抵抗しない。力が入らないのを理由に、黙って優しいぬくもりを感じた。
僕はもう一度、枕元にある猫とクローバーのお守りを見つめる。
大切な約束もあるんだ。弱音を吐いてる場合じゃない。
目指すは……そうだな、いつか杖を手放して歩けるようになること。そして欲を言えば、走れるようになることだ。
僕はその日、自分の中で大きな目標を掲げた。
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