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第三章
苦しい
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手術が終わってから、どれくらいの時間が経ったのかな。時計が見えなくて、分からないや。
父さんは井原先生からの説明を受けた後、母さんと一緒に集中治療室まで来てしばらく僕のそばにいた。大きな手で僕の頰に触れながら「偉い」「偉い」と何度も口にしていた。
学童にいるリオを迎えに行かなくてはならず、先に帰っちゃったけど、最後の最後まで名残惜しそうにしていたな。
いつもの父さんだ。よく分かんないんだけど、安心感があった。
乾いた声で「明日も、来てね」って伝えるだけで僕は精いっぱいだった。
その言葉を受け取った父さんは、頬を赤くして大きく頷いてくれた。
そして母さんは、遅くまで集中治療室に残っていた。「コウキ、本当に頑張ったわね」って、優しく声をかけてくれた。寂しくならないように、僕が眠るまでそばにいるとも口にして……。
母さんって、昔からそうなんだよな。なんか甘いというか、優しすぎるというか。僕はもう十歳なんだから、一人で寝られるよ。
そう思ったのに。どういうわけか、この日は母さんがずっとそばにいて胸があったかくなった。
長い時間、僕の手を握ってくれていたんだ。
だけど──僕は気づかないうちに眠ってしまったらしい、もう一度目を覚ましたら母さんはいなくなっていた。
集中治療室内は、驚くほど静かで、とても寂しい空間だ。真横にモニターがあって、数字と共にいくつかの線が常に波打っている。
朝から今まで、何も口にしていない。明日には食べられるらしいけど、今はとにかく喉がカラカラだった。なのに、一滴の水すらも飲めない。酸素マスクの奥で、僕の喉は悲鳴を上げていた。
早く……明日になってほしい。一口でもいいから、お水がほしい。
手術中は寝てるだけ。正直、大変に感じることなんて何もない。
だけど、手術が終わった「今」が明らかに苦痛に思う。
力が入らず、横向きになったまま自由に寝返りを打つことさえできないんだ。
そろそろ逆を向きたいな……。
そう思ったとき、タイミングよく看護師さんがカーテンの向こうから現れた。
「あら、コウキ君。眠れないの?」
「……うん」
「落ち着かないよね。一回、身体を逆向きにするね。少し痛いかもしれないけど頑張ろう」
手術後、初めての寝返りだ。看護師さんは僕の身体をそっと両手で支え、要領よく動かそうとするが──
「いっ……!?」
声にもならない絶叫が勝手に漏れてしまった。
な、なんだ!? 背中が……背中が、あり得ないほど痛い! 電気をビリビリ流されたような感覚がしたぞ!
「ごめんね、痛いよね。さっきの手術で背中に大きな傷があるの。ちょっと動くだけでも辛いよね」
「だ、だいじょう……痛い!」
ダメだ、全然大丈夫じゃない!
とんでもない激痛だ。まるで、包丁で背中を切りつけられて火に炙られたようなヤバさだぞ。
……包丁で切りつけられたことも、火で炙られたこともないんだけど。僕の乏しい想像力で言うとそんな感じだった。
歯を食いしばり、冷や汗をかきながらも、やっとの思いで反対側を向くことができた。
ほんの少しだけ、楽になる。
「二~三日は傷口が痛むの。でも、痛み止めは出るから、無理しないようにね。二時間後にまた身体を動かすからそれまでゆっくりしててね」
「う、うん……」
看護師さんは点滴やモニターのチェックをしてから、その場から立ち去った。
……マジかよ。ぶっちゃけ、ボトックス注射と比べものにならないくらい苦痛だ。
身体の脱力感、自由に動くこともできず、喉もカラカラ、とんでもない背中の痛み。点滴や心電図をつけられ、あそこに管も入れられた。
思いもしないことが起きている。大変なのは、手術中なんかじゃない。その後が一番苦しいんだ。
そう気づいてしまったとき、僕の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。嗚咽が漏れてどうしようもない。
格好悪いよ……何、泣いてるんだよ。もう小五だぞ。こんなことで負けてたまるか。どんな困難にも打ち勝つんだ。
だって、約束したんだから。大切な、あの約束を……。
どんなに強がっていても、身体は正直だ。僕はその日、ひと晩中眠ることができなかった。
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