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第二章

勇気を持って

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 夜。
 僕はまた、真っ白の世界へ落ちていく。眠っているときにだけ、君たちに会えるんだ。
 夢の中で、今夜も僕は両足をしっかりと踏みしめ佇んでいた。

『コウ君』

 癒されるほどに穏やかな声。
 ……まただ。また、彼女が来たようだ。
 僕は声の方を振り返る。

 数十歩くらい先の方に、女の子が立っていた。相変わらず顔が認識できないけれど、彼女だと分かった瞬間に僕の心は穏やかになれるんだ。

『ミャオ』

 ふと、彼女の隣に現れた茶色い猫。クリクリの目で僕のことを見つめながら、全身をぐっと伸ばした。

 可愛い。チャコも、来てくれたんだね。

 おもむろに、僕は一歩踏み出した。夢の中ではウソみたいに足が軽くて、簡単に歩けるんだ。自然と笑みがあふれる。
 彼女たちの目の前に行きついたところで足を止めた。軽やかに歩けるこの感覚が、たまらなく嬉しかった。

『コウ君』
『うん?』
『平気……?』

 喜んでいる僕とは逆に、彼女は心配そうな声色をしていた。

『平気って、何が?』
『もうすぐ手術だよ』
『ああ、そうだよ』
『怖くないの……?』

 眉を八の字にしながら、彼女は問いかけてくるんだ。
 みんなして、同じようなことを訊いてくるんだな。
 僕はオーバーに首を横に振った。

『怖くないよ。全然、平気だけど』

 わざとらしく語尾を強くしてみせる。
 だけど、今度はチャコが怪訝そうな表情になるんだ。

『コウキは強がりだね。ミャオ』
『えっ、何言うんだよ?』
『みんなの前では平気なふりしてるけど、実際は超ビビってる。チャコたちには分かる』

 ちょっと待ってくれよ、チャコ。何を言い出すんだ……?

『ビビってるわけないじゃないか。みんな、心配しすぎだって』

 笑いながらそんな風に答えた。

 実際、思った以上に検査が大変だったり、一人になる瞬間、寂しさを感じたり、そういうことはあるにはある。でも、手術なんて寝てる間に終わるだろう? 大変なのは手術をしてくれるお医者さんたちであって僕の方じゃない。
 そう自分に言い聞かせている。

『まったくもう。コウ君は素直じゃないなぁ』

 彼女は腰に手を当て、呆れたような口調になった。

『頑張りすぎなのはコウ君のいいところであって、悪いところでもあるよ』
『えっ』
『辛かったら、たまには泣いてもいいんだからね?』

 彼女の言葉に、僕は口を閉ざす。

 ──辛かったら、か。
 今まで、そんな経験たくさんしてきた。

 僕はみんなと同じようには歩けない。歩きかたが変、とバカにされたこともある。なるべく聞こえないふりをしてきたけど、本音は悲しい。
 意地悪なアイツに絡まれて、イヤな思いもたくさんさせられたし。見ず知らずの人たちから、奇妙な目で見られているのもなんとなく気づいてる。

 昔に比べて、僕たちのように身体にハンデがある人たちにとって優しい世の中になった、と母さんから聞いたことがある。それでも、健康に生まれた人たちと百%同じように生活することはできない。
 歩くのは遅いし怪我も多いし、運動も制限がある。
 綺麗事では済まされないんだ。

 でも……だからこそ、僕は自分の可能性を信じたい。
 手術を受けることが辛いんじゃない。足が不自由なことによって辛い想いをしてきたんだ。

 僕はお守りをそっと手の中に握った。ひとつ葉のクローバーを持った、猫のあのお守りを。

『大事な約束があるんだ。退院したら、きっと楽しいことが待ってる。君もチャコも、夢の中だけでいいから僕を応援してくれよ』

 大切なお守りを、二人に見せた。ひとつ葉のクローバーの部分が、キラキラと優しい光を放つんだ。
 チャコも彼女も、一瞬だけ複雑な表情になった気がする。でも、チャコはすぐに笑顔になった。

『……分かったよ』

 丸い目で光を見つめながら、チャコは頷いた。

『コウキの手術は必ず成功する。信じてる。ミャオ』
『ありがとう、チャコ』

 チャコの頭を撫でると、目を細めてゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らした。なんだかすごく現実的で、僕は嬉しくなった。
 その隣で、彼女もゆっくりと頷いてくれる。

『大事な約束があるんだよね。コウ君は強いもの。不安になることなんて何もないね。私も……応援してるよ』

 彼女の言葉に、微笑みを向けてみせた。
 だけどこのとき、僕は自分の本心を隠していた。

 ──不安がひとつもないなんて、ウソに決まってる。

 それでも、チャコと彼女に応援されると僕の心がスッと軽くなる。真っ白な夢の世界で前向きになれるんだ。
 
 絶対、大丈夫。絶対に、絶対に。

 それからしばらくもしないうち。
 心地が良いままに、僕はいつの間にか深い眠りについた──
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