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第一章
君に見送られて
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九月六日の早朝。
重い瞼をなんとか持ち上げ、僕は家を出る準備をしていた。でも、今日は学校に行くわけじゃない。
着替えを済ませて装具を履き、壁を伝って洗面所へ。手すりを握りながら歯を磨く。口をゆすいで、次は洗顔。片手で顔を洗っていく。
変わらないルーティン。だけど、僕の胸はいつもと違ってドキドキしていた。
顔を洗い終え、タオルで水滴を拭いていると──リビングの方からバタバタと足音が聞こえてきた。
「にいに!」
振り向くと、そこには顔を真っ赤にするリオの姿があった。
「なんだ?」
「これから、病院に行っちゃうんだよね?」
リオの問いかけに、僕は淡々と「そうだよ」と答える。
そう。今日からついに長い入院生活が始まるんだ。
拳をギュッと握り、リオは涙目になった。
「……寂しい」
「はっ?」
「ずーっとおうちに帰ってこないんでしょ! やだよ、寂しい!」
甲高い声で騒ぐリオに、僕は思わず顔をしかめる。
「ずっとじゃなくて二カ月ちょっとだ。一生帰ってこないような言いかたをするなよ」
「でも、にいにがいないとつまんない! 一緒にゲームもできない! 学童行ってもにいにいないじゃん!」
「お前なぁ……もう三年生になったんだろ? ギャーギャー騒ぐなよ」
「じゃあ、にいには寂しくないの? 長い間おうちに帰れないんだよ? 学校も学童もお休みなんだよ?」
「それは」
まあ、寂しくないと言ったらウソになる。でももう決めたことだし、今さらやめるわけにもいかないし、喚いたところでどうにもならない。
「二カ月なんてあっという間だよ。退院したら、またイヤってほど毎日顔合わせることになるだろ?」
「そうだけど……」
「絶対帰ってくるんだから、いちいち騒ぐなよ」
僕たちが話してるとき、家のインターホンが鳴り響いた。
「あっ、ユナちゃんが来た!」
リオは目を輝かせた。ランドセルを自分の部屋から持ってきて玄関まで駆けていく。
洗面所を出た先に玄関があり、そこを覗くとユナが立っていた。
リオは嬉しそうに靴を履く。
「ユナちゃん、おはよう!」
「おはよ、リオちゃん。コウ君も」
僕の存在に気づいたユナがこちらに向かって手を振った。
廊下の手すりを掴みながら、僕はゆっくりと玄関の方へ歩いて行く。
「おはよう、ユナ」
「今日から、入院だね」
「ああ」
「コウ君ならきっと乗り越えられるって信じてるよ」
その言葉に、僕は大きく頷いた。
「あら~ユナちゃん、おはよう。ありがとうね、わざわざ来てくれて」
エプロン姿の母さんが玄関までやってきた。ユナは軽く会釈する。
「リオちゃんは一年生の頃から毎日コウ君とお母さんと一緒に登校してたもんね」
「そうなのよね。一人で登校したことなんてないのよ。寂しい寂しい言うから……。ユナちゃんにリオをお願いしちゃってごめんなさいね。迷惑じゃなかったかしら?」
「ううん、全然。リオちゃんと一緒に学校行くの、楽しいからむしろ嬉しいよ」
ユナの隣に並び、リオは「あたしも嬉しい!」とはしゃいでいる。
ついさっきまで寂しがってたくせに、切り替えが早い奴だな、と僕は内心思う。
「それじゃあ、そろそろ行ってきます」
「ママ、にいに、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気をつけるのよ」
僕も母さんの隣で二人を見送る。
リオが玄関ドアを開けたとき、ユナはもう一度振り返って僕の顔を見た。
「コウ君」
「うん?」
「行ってらっしゃい」
いつになく、ユナの声が透き通っていた。なんとなく、切なさも交じっているような気がしたんだ。
僕はふっと微笑んでみせる。
「行ってきます」
ポケットの中には、ユナからもらった猫とクローバーのお守りが入っている。
きっと──約束を守ってみせるからな。
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