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第一章
【選択的脊髄後根遮断術(SDR)】について
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夜。
宿題を終え、夕食の時間まで僕は自室でリオとゲームをしていた。
「にいに! もうちょっと手加減してよ!」
「はぁ、うるさいなぁ。お前、弱すぎるんだよ」
ゲーム機を握りしめながら、リオは僕のすぐ横で喚きはじめる。
「もうマリィカート飽きた! どうぶつの村やろうよ」
「ええ。僕はまだこっちやりたいんだよ」
「つまんないの! もういい。あたし、違うことして遊んでくる」
機嫌が斜めのまま、リオは自分のゲーム機の電源を切って僕の部屋から出て行ってしまった。
相変わらずすぐいじけるよな、あいつ。ゲームくらいで怒るなよ。
その後も僕は一人でプレイし続けた。
それからしばらくした後、今度は父さんが部屋にやって来た。何やら困ったような顔をして僕に話しかけてくるんだ。
「なぁ、コウキ」
「ん?」
「いいのか?」
「えっ、何が?」
「病院で、話したことだよ」
僕は一度ゲームを止め、上体を起こした。
椅子に腰かけて、父さんはこちらをじっと見つめてくる。
あー。またなんか心配してる感じだな、これ。
「手術のことか?」
「そうだ。本当に、受けるんだな?」
「うん、そのつもりだよ。父さんも聞いただろ? 井原先生が言ってた手術を受ければ、今よりももっと足が柔らかくなって歩きやすくなるって」
そうなればボトックス注射も必要なくなるらしいし。受ける以外の選択肢なんてない。
僕の話に父さんは更に眉を下げるんだ。
「だがなぁ……思っていたよりも手術内容が大がかりじゃないか?」
「ああ、それはたしかに。でも、リスクはそれほど高くないって言われたし僕が頑張ればいいんだよ」
「コウキはいつも頑張ってるぞ。頑張りすぎて、少し心配だ」
ほら、やっぱり。父さんはまたいつもの心配性を発揮してる。たまには母さんみたいに、もうちょっと物事を気楽に見てほしいよ。
「考え直すなら今のうちだぞ」
「いや、もう予約もしたじゃないか」
「だが、同意書にサインはまだしていない。手続きだってこれからだぞ」
「だからー」
押し問答をしばらく続けるが、父さんはいつまで経っても憂いている。
まあ、こういう性格だから仕方がないかもな。
井原先生から聞いた話は、僕たちの想像よりも遙かに大ごとだった。
僕は病院での話を思い出す──
『コウキ君のお身体を診させていただき、先生たちとも相談いたしました』
診察室に響く井原先生の低い声。淡々としているようで、でもどこか優しさが交じった口調だ。
『とくに右脚の麻痺が気になりますね。成長と共に、今後も痙縮が高くなる可能性があります』
『ええっと……痙縮とは?』
父さんはまっすぐ先生の目を見て問う。
『筋肉が緊張して固くなることを言います。コウキ君は軽度の脳性麻痺と診断されていますが、右脚がだいぶ固い状態です。今後、成長したときに更に踵が浮いてしまう可能性があります』
『そうなんですか……』
先生の話を一語一句しっかり聞くように、父さんは真剣な顔をして頷いた。
『コウキ君は今、小学五年生ですね? 早めに手術を受けた方がよいかと思われます』
『どんな手術内容でしょうか』
『ひとことで言いますと、脊髄の異常な後根を切断する手術です。【選択的脊髄後根遮断術】というものです』
『せ、脊髄……?』
脊髄って、背中にあるやつか? 脚を手術するわけじゃないんだな?
ちょっと話が難しくてあまり理解できないけど、もしかして思ってたよりもでかい手術になりそうな気がする。
母さんは落ち着いた様子で先生の話を聞いているけど、心配性の父さんはそうでもない。
『脊髄を切る、ということですか?』
『うーん、というよりもですね……痙縮の原因となる反射経路を、脊髄に入る直前で遮断するものなんです。身体を動かす際に脳から脊髄を伝って脚などに命令が行きますが、異常な神経を切ると痙縮が弱まり、筋肉の緊張を軽減させることができます』
『ええっと──その。手術の工程を詳しく教えてください』
『はい。まずは全身麻酔をして……』
『全身麻酔!?』
父さんは目を丸くして、声を震わせた。「あなた、落ち着いて」と母さんに促され、渋々口を閉ざす。
僕よりも父さんがビビってどうするんだよ……。
あくまでも冷静に、井原先生は説明を続ける。
『全身麻酔なんて滅多にしませんし、お父様が驚くのも分かりますよ。麻酔が効いた後に、コウキ君の背中部分を開けさせていただきます』
『背中を、開ける……?』
『背骨の内部に神経がありますので、一度骨を切断して』
『ほ、骨を……?』
『それから神経に微弱の電気を流します』
『で、電気……!?』
父さんは動揺したような声でいちいち復唱する。
おいおい、いい歳した大人が恥ずかしいよ、やめてくれ……。
と密かに思いながら、僕も手術内容を聞いて驚いてる。
背中を切って電気を流すって、マジかよ?
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