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第一章
リハビリ
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その日の放課後。
帰りの会が始まる前に母さんが教室まで迎えに来た。
僕はその足で療育センターに連れてきてもらっていた。
午後の三時十五分。受付を済ませて検温を受け、それから理学療法の訓練室へ母さんと一緒に入室する。
「丘島コウキくん、こんにちはー」
既に僕のPT担当の先生が待っていた。僕が小学校に入ってから五年間、ずっと見てくれてる男の先生。筋肉質でハキハキしている人だ。
「先生、こんにちは。今日もよろしくお願いします」
母さんが挨拶し、僕も一緒に頭を下げた。
訓練室には他の親子が二組いた。僕よりも年上(たぶん中学生くらい)の車椅子のお兄さんや、両脚に装具をつけてる小さい子がリハビリ中だ。
僕は彼らと少し距離を置いた場所で訓練の準備を始める。
装具を取り、左手で靴下を脱ぎ、先生と向かい合う。
「じゃあストレッチから始めようか。右脚から触るよ」
「はーい」
僕はゆっくりと仰向けになった。
太くて立派な手で、先生は僕の脚に触れる。右の足首をゆっくり曲げようとするが、あまり動かない。
「……あれ。右肘、怪我したの?」
先生に問われ、僕は気のない返事をする。
「うーん、ちょっとね」
「また転んじゃったのか」
「朝、登校してるときに」
あえて妹に身体を触られた、なんてことは口にしない。ちょっとした不注意だったわけだし、リオを責めるつもりもない。
「この前の膝の怪我もなかなか治らないねぇ……」
「うん。たしかこれ、坂道で転んだんだよな」
「丘島くん。なんだか最近、転倒する回数が増えてきてない?」
「変わらないよ」
僕にとっては怪我なんて珍しくないし、気にするほどでもない。でも、先生は心配そうな眼差しを向けてくるんだ。
たしかに、肘にも脚にも転んだ痕があちこちに残ってしまってる。右膝なんて、かさぶたになったと思ったらまた傷ができての繰り返しだし。
母さんが膝当てを買ってくれたけど、窮屈だからあんまり好きじゃないんだよね。
「先生、そのことなんですけど」
傍らでリハビリの様子を眺めていた母さんが口を開く。
「実は、手術を受けようと思っているんです」
「おお、本当ですか」
先生は目を見開き、ちょっと驚いた顔をしながらもなんとなく嬉しそうな反応だった。
「怪我が多いのも心配ですし、これから色んなことをスムーズにこなしていけるようになったらいいなと思うんです。この前星野先生に相談をしました。手術を受けるなら、年齢的にも早めに決断した方が良いと言われました。来週、総合病院に行ってみます」
「そうだったんですね。いいと思いますよ!」
僕の足に触れる先生の手が、少しだけあたたかくなった。
「丘島くんは手術を受けること、前向きに考えてるの?」
「まだ詳しい内容は知らないけど、やりたいって思ってるよ」
「いいね、その心意気」
「だって、ボトックス注射打たなくてよくなるんだろ? そのためならなんでもやる」
僕の答えに、先生は大声で笑った。
いや、そんな面白い話じゃないんだけど……。
「あっ、ごめんね。ボトックス注射、すごい痛いんだよね。気持ちは分かるよ」
「先生は打ったことないのに?」
「ないけど、先生は予防注射も怖いからなぁ」
「あんなの、痛くも痒くもないよ」
「丘島くんは強いね! 格好いいなぁ」
本気なのか冗談なのかよく分かんないな。
朗らかに話したあと、先生は真剣な顔つきになる。
「とにかく、きっといい方向に向かうと思うよ。先生がリハビリを手伝ってきた患者さんたちの中にも、何人か手術を受けた子がいるんだよ」
「へぇ、そうなの」
「やっぱりね、術後は足の具合がよくなる子が圧倒的に多い。杖なしで歩けるようになったり、両脚に装具を付けてた子が片方だけでよくなったり。走れるようになった子もいたなぁ」
「えっ、マジで? それはすごい」
走れるって、それはめちゃくちゃ嬉しいじゃん。僕は先生の話に目を輝かせた。
「脚の具合やその子の傾向、受けた年齢によって手術の内容や効果は人それぞれ変わるんだ。でも、悪くなったという話は聞いたことがない。大変だと思うけど──丘島くんならきっと乗り越えられるよ」
五年も僕の身体を見てきてくれた先生がそう言うんだから、きっと間違いない。僕の脚は今よりも確実によくなる可能性が高いんだ。
ますます、希望が持てた。
「よし、じゃあストレッチはこれでおしまい。今日は坂道と段差を歩く練習をするよ」
「はーい」
先生に支えられながら立ち上がり、僕は今日も四十分間の訓練を受ける。
踵をできるだけ床につけて、つま先を引きずらないように、膝を伸ばしすぎないように──集中した。
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