【受賞】約束のクローバー ~僕が自ら歩く理由~

朱村びすりん

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第一章

産声を上げなかった僕

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 そのときは、珍しく真剣に話をする母さんが印象的だった。

 その後に続く言葉を、母さんはゆっくりと丁寧に紡いでいく。

『コウ君は、自分の脚のことをどこまで知ってる?』
『どこまでって?』
『ちょっとだけ、他の子たちと比べて大変でしょう』
『ああ、えっと……この、そうぐをはいてること? ほいくえんのおともだちは、だれもしてないよね』
『そうね。それはね、コウ君が少しでも歩きやすくなるためにお手伝いしてくれてるのよ』
『うん。そうぐがあると、あるきやすいよ』

 それから母さんは、僕の目をじっと見つめた。

『今のコウ君がここにいるのはね、奇跡が起こったからなのよ』
『きせき? どういうこと?』
『生まれたとき、コウ君は産声を上げなかったから』
『うぶごえ?』
『えっとね、赤ちゃんって、生まれるときに泣くでしょう? 泣いて一生懸命呼吸をするんだけど、コウ君は産声を上げなかったの』
『それって……いきをしてないってこと?』
『そう。仮死状態っていうんだけど、そのとき脳に大きなダメージを与えた可能性があるのよ』

 母さんの話に、僕は息を呑んだ。

 正直、少し難しい話で半分くらいは意味を理解してなかった。けれど、僕が生まれたときにとても重大なことが起こったのだというのは分かる。

『あの日のことは、今でも忘れられないわ。あのままあなたが死んでしまったらどうしようって、ものすごく不安だった。全身青白くて、手足も全く動かしていなかったの。何もしてあげられないのがもどかしくて、生き返ってと願うばかりだった。お医者さんたちに処置してもらって、数分経ってからあなたはなんとか泣いてくれた。……だけど数日間は保育器に入っていたのよ。だから、あなたを初めて抱っこしたのは生まれて三日目だったわ』

 母さんの声は、少しだけ震えた。当時を思い出すように、目を滲ませるんだ。
 正直、僕自身は生まれた日のことなんて覚えてない。でも母さんの顔を見ると、いかに大変だったかが伝わってきた。
  
『それは、しらなかったよ』
『コウ君は強い子だから、その後はしっかり成長してくれたのよ。でも──ちょっと心配なこともあったわ』
『しんぱいごと?』
『二歳近くになっても、歩けなかったのよ。椅子に座るときも、脚が伸びちゃっていつも座りづらそうだった』
『ぼく、あるけなかったんだ』
『そう。だから心配になって保健センターや病院に相談しに行ったのよ。そしたらね、コウ君は生まれつき【脳性麻痺】の疑いがあるとお医者さんに言われたわ』
『のうせいまひってなに?』
『コウ君は左脚に比べたら右脚が固くて少し動かしづらいでしょう? それが麻痺。リハビリやストレッチが必要なのも、その麻痺を少しでもやわらげるためなの』
『ふーん、そうなんだ』
『ごめんね、こんな話して。びっくりしたでしょう?』
『ううん。だいじょうぶ。だって、ぼくはいまここにいるもん』
『そうね……その通り。だから、コウ君は奇跡の子なのよ。今はとっても強く生きてる』

 あの日母さんの話を聞いて、僕はなんとなく自分が周りと違う理由が理解できた気がする。
 ショックという感情はあまりなくて「そうだったんだ」くらいの軽い感想しかなかったな。

 そのわけは、僕自身もよく分かっている。

『ねえ、コウ君は……自分のことが好き?』

 母さんは目を細め、ゆったりとした口調でそう問いかけてきた。

『ママはコウ君のこと大好きよ』
『うん、しってる。ぼくも、ママがだいすきだよ』
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