5 / 78
第一章
産声を上げなかった僕
しおりを挟む
そのときは、珍しく真剣に話をする母さんが印象的だった。
その後に続く言葉を、母さんはゆっくりと丁寧に紡いでいく。
『コウ君は、自分の脚のことをどこまで知ってる?』
『どこまでって?』
『ちょっとだけ、他の子たちと比べて大変でしょう』
『ああ、えっと……この、そうぐをはいてること? ほいくえんのおともだちは、だれもしてないよね』
『そうね。それはね、コウ君が少しでも歩きやすくなるためにお手伝いしてくれてるのよ』
『うん。そうぐがあると、あるきやすいよ』
それから母さんは、僕の目をじっと見つめた。
『今のコウ君がここにいるのはね、奇跡が起こったからなのよ』
『きせき? どういうこと?』
『生まれたとき、コウ君は産声を上げなかったから』
『うぶごえ?』
『えっとね、赤ちゃんって、生まれるときに泣くでしょう? 泣いて一生懸命呼吸をするんだけど、コウ君は産声を上げなかったの』
『それって……いきをしてないってこと?』
『そう。仮死状態っていうんだけど、そのとき脳に大きなダメージを与えた可能性があるのよ』
母さんの話に、僕は息を呑んだ。
正直、少し難しい話で半分くらいは意味を理解してなかった。けれど、僕が生まれたときにとても重大なことが起こったのだというのは分かる。
『あの日のことは、今でも忘れられないわ。あのままあなたが死んでしまったらどうしようって、ものすごく不安だった。全身青白くて、手足も全く動かしていなかったの。何もしてあげられないのがもどかしくて、生き返ってと願うばかりだった。お医者さんたちに処置してもらって、数分経ってからあなたはなんとか泣いてくれた。……だけど数日間は保育器に入っていたのよ。だから、あなたを初めて抱っこしたのは生まれて三日目だったわ』
母さんの声は、少しだけ震えた。当時を思い出すように、目を滲ませるんだ。
正直、僕自身は生まれた日のことなんて覚えてない。でも母さんの顔を見ると、いかに大変だったかが伝わってきた。
『それは、しらなかったよ』
『コウ君は強い子だから、その後はしっかり成長してくれたのよ。でも──ちょっと心配なこともあったわ』
『しんぱいごと?』
『二歳近くになっても、歩けなかったのよ。椅子に座るときも、脚が伸びちゃっていつも座りづらそうだった』
『ぼく、あるけなかったんだ』
『そう。だから心配になって保健センターや病院に相談しに行ったのよ。そしたらね、コウ君は生まれつき【脳性麻痺】の疑いがあるとお医者さんに言われたわ』
『のうせいまひってなに?』
『コウ君は左脚に比べたら右脚が固くて少し動かしづらいでしょう? それが麻痺。リハビリやストレッチが必要なのも、その麻痺を少しでもやわらげるためなの』
『ふーん、そうなんだ』
『ごめんね、こんな話して。びっくりしたでしょう?』
『ううん。だいじょうぶ。だって、ぼくはいまここにいるもん』
『そうね……その通り。だから、コウ君は奇跡の子なのよ。今はとっても強く生きてる』
あの日母さんの話を聞いて、僕はなんとなく自分が周りと違う理由が理解できた気がする。
ショックという感情はあまりなくて「そうだったんだ」くらいの軽い感想しかなかったな。
そのわけは、僕自身もよく分かっている。
『ねえ、コウ君は……自分のことが好き?』
母さんは目を細め、ゆったりとした口調でそう問いかけてきた。
『ママはコウ君のこと大好きよ』
『うん、しってる。ぼくも、ママがだいすきだよ』
その後に続く言葉を、母さんはゆっくりと丁寧に紡いでいく。
『コウ君は、自分の脚のことをどこまで知ってる?』
『どこまでって?』
『ちょっとだけ、他の子たちと比べて大変でしょう』
『ああ、えっと……この、そうぐをはいてること? ほいくえんのおともだちは、だれもしてないよね』
『そうね。それはね、コウ君が少しでも歩きやすくなるためにお手伝いしてくれてるのよ』
『うん。そうぐがあると、あるきやすいよ』
それから母さんは、僕の目をじっと見つめた。
『今のコウ君がここにいるのはね、奇跡が起こったからなのよ』
『きせき? どういうこと?』
『生まれたとき、コウ君は産声を上げなかったから』
『うぶごえ?』
『えっとね、赤ちゃんって、生まれるときに泣くでしょう? 泣いて一生懸命呼吸をするんだけど、コウ君は産声を上げなかったの』
『それって……いきをしてないってこと?』
『そう。仮死状態っていうんだけど、そのとき脳に大きなダメージを与えた可能性があるのよ』
母さんの話に、僕は息を呑んだ。
正直、少し難しい話で半分くらいは意味を理解してなかった。けれど、僕が生まれたときにとても重大なことが起こったのだというのは分かる。
『あの日のことは、今でも忘れられないわ。あのままあなたが死んでしまったらどうしようって、ものすごく不安だった。全身青白くて、手足も全く動かしていなかったの。何もしてあげられないのがもどかしくて、生き返ってと願うばかりだった。お医者さんたちに処置してもらって、数分経ってからあなたはなんとか泣いてくれた。……だけど数日間は保育器に入っていたのよ。だから、あなたを初めて抱っこしたのは生まれて三日目だったわ』
母さんの声は、少しだけ震えた。当時を思い出すように、目を滲ませるんだ。
正直、僕自身は生まれた日のことなんて覚えてない。でも母さんの顔を見ると、いかに大変だったかが伝わってきた。
『それは、しらなかったよ』
『コウ君は強い子だから、その後はしっかり成長してくれたのよ。でも──ちょっと心配なこともあったわ』
『しんぱいごと?』
『二歳近くになっても、歩けなかったのよ。椅子に座るときも、脚が伸びちゃっていつも座りづらそうだった』
『ぼく、あるけなかったんだ』
『そう。だから心配になって保健センターや病院に相談しに行ったのよ。そしたらね、コウ君は生まれつき【脳性麻痺】の疑いがあるとお医者さんに言われたわ』
『のうせいまひってなに?』
『コウ君は左脚に比べたら右脚が固くて少し動かしづらいでしょう? それが麻痺。リハビリやストレッチが必要なのも、その麻痺を少しでもやわらげるためなの』
『ふーん、そうなんだ』
『ごめんね、こんな話して。びっくりしたでしょう?』
『ううん。だいじょうぶ。だって、ぼくはいまここにいるもん』
『そうね……その通り。だから、コウ君は奇跡の子なのよ。今はとっても強く生きてる』
あの日母さんの話を聞いて、僕はなんとなく自分が周りと違う理由が理解できた気がする。
ショックという感情はあまりなくて「そうだったんだ」くらいの軽い感想しかなかったな。
そのわけは、僕自身もよく分かっている。
『ねえ、コウ君は……自分のことが好き?』
母さんは目を細め、ゆったりとした口調でそう問いかけてきた。
『ママはコウ君のこと大好きよ』
『うん、しってる。ぼくも、ママがだいすきだよ』
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
普通の女子高生だと思っていたら、魔王の孫娘でした
桜井吏南
ファンタジー
え、冴えないお父さんが異世界の英雄だったの?
私、村瀬 星歌。娘思いで優しいお父さんと二人暮らし。
お父さんのことがが大好きだけどファザコンだと思われたくないから、ほどよい距離を保っている元気いっぱいのどこにでもいるごく普通の高校一年生。
仲良しの双子の幼馴染みに育ての親でもある担任教師。平凡でも楽しい毎日が当たり前のように続くとばかり思っていたのに、ある日蛙男に襲われてしまい危機一髪の所で頼りないお父さんに助けられる。
そして明かされたお父さんの秘密。
え、お父さんが異世界を救った英雄で、今は亡きお母さんが魔王の娘なの?
だから魔王の孫娘である私を魔王復活の器にするため、異世界から魔族が私の命を狙いにやって来た。
私のヒーローは傷だらけのお父さんともう一人の英雄でチートの担任。
心の支えになってくれたのは幼馴染みの双子だった。
そして私の秘められし力とは?
始まりの章は、現代ファンタジー
聖女となって冤罪をはらしますは、異世界ファンタジー
完結まで毎日更新中。
表紙はきりりん様にスキマで取引させてもらいました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる