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第一章
僕の日常
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母さんにドアを開けてもらう。店を出た瞬間、ジメジメした暑さが全身を襲ってきた。汗が一気に吹き出るほどだ。
僕は左足に体重をかけてゆっくりと歩き出す。できるだけ右足を引きずらないように、踵が地につくように。そうやって意識するけど、ちょっとでも集中力が切れると途端にいつものクセが出てしまうんだ。
アスファルトからジリジリした暑さが顔面にまでまとわりついてくる。
暑い、暑すぎる……。
この地獄の空間から抜け出したいのに、早く歩けないのがもどかしい。
やっとの思いで、数歩先に停まっている黒い車の前に辿り着いた。助手席のドアが開かれる。母さんが僕の左手を握り、背中に手を添えながら席に座らせてくれた。右足を踏み込めないから、なかなか助手席に乗るのは大変だったりもする。
でも、右側をかばったままだと余計に固くなるだけだから、日常のちょっとしたシーンであえて使ったりしてるんだ。
「じゃ、出発するわよ」
鼻歌交じりで母さんが運転席に乗り込み、エンジンをかけた。ちょっとノリのいい音楽が車内に流れる。
ゆったりと発進し、車は我が家を目指す。
駐車場を出て左に曲がり、夕陽に向かって車は走っていく。眩しい光が僕たちの目を刺激した。
少し進んだところで信号にぶつかり、車が停止する。なんとなく左側を向くと、大きな公園があることに気がついた。
僕と同じくらいの年頃の少年たちが、暑いのにもかかわらず公園でたむろしてる。木陰の下でそれぞれ携帯ゲーム機を持ち込んで何かをプレイしたり、水鉄砲を持って水遊びをする子もいて楽しそう。
──いいなぁ。外で自由に遊べて。
僕は、大人と一緒じゃないと基本的には外出できない。転倒のリスクが高いから、安全のためにお医者さんからそう指示されてるんだ。
別に自分の身体についてコンプレックスには思わないけど、ふとしたときに他人が羨ましいと感じることがあった。
ちゃんと自分の身体について理解もしているつもりだ。
いつだったかな。僕が「僕」であることをよく知るようになったのは。たしか……小学校に上がる直前だ。
入学を控えた三月頃、母さんが改まった態度で僕の身体について話をしてくれたのを思い出す。
『いよいよ来月から一年生ね』
新しく用意してくれた僕の部屋で、母さんは優しい眼差しを向けた。
『学校は楽しみ?』
『うん、すっごくたのしみだよ!』
『一年生になったら何がしたい?』
『えっとね、おべんきょうがんばりたい!』
『コウ君は頭がいいから、たくさん勉強すれば天才になるわよ!』
なんとも親バカらしい発言を、母さんはよく口にしていたよな。いや、それは今も変わらないか。
あの頃の会話を、僕は鮮明に覚えている。
『もっとお兄さんになるコウ君にね、ちょっと大事なお話があるの』
『なに?』
『学校はね、保育園と違ってお友だちの数がすごく多いのよ』
『そうなのー? どれぐらい?』
『教室がいっぱいになるくらい、かな』
『へぇ、そんなに? ほいくえんは、おへやにちょっとしか、おともだちいないよ』
『そうなのよねぇ。小学校は色んな保育園や幼稚園からたくさんのお友だちが集まってくるのよ』
『ドキドキするね。ぼく、おともだち千人くらいつくる』
『ふふふ。できるといいわね』
千という数なんて、当時の僕はどれくらいの人数か知らなかったのに、友だちを多く作る意味で発言を盛っていたな。
母は腹を抱えて笑うんだ。でもすぐに真面目な顔つきになって、続きの言葉を並べる。
『お友だちがたくさんいるとね、楽しいことももちろんあるけど、気をつけてほしいこともあるの』
『えっ、なにを?』
『お友だちにぶつかったりしやすくなっちゃうわ。そうなると、どうなる?』
『えっと。あのね、ころんじゃうよ、ぼく』
『そうなの。バランスを崩して転んじゃうの。怪我にはよく注意してほしいの』
『うん、わかった』
『体育の授業だったり、移動教室のときはサポートの先生がついてくれることもあるから、お手伝いしてもらったらちゃんとお礼を言ってね』
『うん。ぼく、ちゃんというよ』
僕は左足に体重をかけてゆっくりと歩き出す。できるだけ右足を引きずらないように、踵が地につくように。そうやって意識するけど、ちょっとでも集中力が切れると途端にいつものクセが出てしまうんだ。
アスファルトからジリジリした暑さが顔面にまでまとわりついてくる。
暑い、暑すぎる……。
この地獄の空間から抜け出したいのに、早く歩けないのがもどかしい。
やっとの思いで、数歩先に停まっている黒い車の前に辿り着いた。助手席のドアが開かれる。母さんが僕の左手を握り、背中に手を添えながら席に座らせてくれた。右足を踏み込めないから、なかなか助手席に乗るのは大変だったりもする。
でも、右側をかばったままだと余計に固くなるだけだから、日常のちょっとしたシーンであえて使ったりしてるんだ。
「じゃ、出発するわよ」
鼻歌交じりで母さんが運転席に乗り込み、エンジンをかけた。ちょっとノリのいい音楽が車内に流れる。
ゆったりと発進し、車は我が家を目指す。
駐車場を出て左に曲がり、夕陽に向かって車は走っていく。眩しい光が僕たちの目を刺激した。
少し進んだところで信号にぶつかり、車が停止する。なんとなく左側を向くと、大きな公園があることに気がついた。
僕と同じくらいの年頃の少年たちが、暑いのにもかかわらず公園でたむろしてる。木陰の下でそれぞれ携帯ゲーム機を持ち込んで何かをプレイしたり、水鉄砲を持って水遊びをする子もいて楽しそう。
──いいなぁ。外で自由に遊べて。
僕は、大人と一緒じゃないと基本的には外出できない。転倒のリスクが高いから、安全のためにお医者さんからそう指示されてるんだ。
別に自分の身体についてコンプレックスには思わないけど、ふとしたときに他人が羨ましいと感じることがあった。
ちゃんと自分の身体について理解もしているつもりだ。
いつだったかな。僕が「僕」であることをよく知るようになったのは。たしか……小学校に上がる直前だ。
入学を控えた三月頃、母さんが改まった態度で僕の身体について話をしてくれたのを思い出す。
『いよいよ来月から一年生ね』
新しく用意してくれた僕の部屋で、母さんは優しい眼差しを向けた。
『学校は楽しみ?』
『うん、すっごくたのしみだよ!』
『一年生になったら何がしたい?』
『えっとね、おべんきょうがんばりたい!』
『コウ君は頭がいいから、たくさん勉強すれば天才になるわよ!』
なんとも親バカらしい発言を、母さんはよく口にしていたよな。いや、それは今も変わらないか。
あの頃の会話を、僕は鮮明に覚えている。
『もっとお兄さんになるコウ君にね、ちょっと大事なお話があるの』
『なに?』
『学校はね、保育園と違ってお友だちの数がすごく多いのよ』
『そうなのー? どれぐらい?』
『教室がいっぱいになるくらい、かな』
『へぇ、そんなに? ほいくえんは、おへやにちょっとしか、おともだちいないよ』
『そうなのよねぇ。小学校は色んな保育園や幼稚園からたくさんのお友だちが集まってくるのよ』
『ドキドキするね。ぼく、おともだち千人くらいつくる』
『ふふふ。できるといいわね』
千という数なんて、当時の僕はどれくらいの人数か知らなかったのに、友だちを多く作る意味で発言を盛っていたな。
母は腹を抱えて笑うんだ。でもすぐに真面目な顔つきになって、続きの言葉を並べる。
『お友だちがたくさんいるとね、楽しいことももちろんあるけど、気をつけてほしいこともあるの』
『えっ、なにを?』
『お友だちにぶつかったりしやすくなっちゃうわ。そうなると、どうなる?』
『えっと。あのね、ころんじゃうよ、ぼく』
『そうなの。バランスを崩して転んじゃうの。怪我にはよく注意してほしいの』
『うん、わかった』
『体育の授業だったり、移動教室のときはサポートの先生がついてくれることもあるから、お手伝いしてもらったらちゃんとお礼を言ってね』
『うん。ぼく、ちゃんというよ』
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