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終章 家族愛の育てかた

202,仲間たちに支えられて

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 先生は大きな両腕からそっと俺を離すと、顔を真っ赤に染める。俺の肩を叩き、首を縦に振った。

(先生は待ってくれるのか。俺がダンサーとして復帰出来る可能性は今は限りなくゼロに近いのに……。僅かな望みも、先生は期待してくれているんだな)

 ジャスティン先生のあたたかみある表情を見ると、俺は前向きに捉えるしかない。

 こんなことで全てを諦めている場合じゃないんだ。

 俺は先生の顔を見て大きく頷いた。

「ねえ……ヒルス君」

 先生の隣でずっと口を閉ざしていたモラレスさんが声を掛けてくる。この時ばかりはいつものキラキラしたオーラは全く感じられず、声も低くなっていた。

「モラレスさん、すみません。年末のライブツアー……一緒にステージで踊ることが出来なくなってしまって」
「謝らないで。あなたはレイちゃんを守り抜いたんだから、とっても立派よ」

 微笑みを向けながらも、モラレスさんの声は微かに震えていた。

「あたしもみんなも同じ気持ちだからね」
「え?」
「あなたがいつかまた、ステージに立てる日が来るのを願ってる。奇跡が起こるかもしれないし、もしかすると本当に一生踊れないのかもしれない。だけどヒルス君自身がダンスを諦めない限り、あたしは全力で応援し続けるわ」
「……モラレスさん」
「それまで協力出来ることがあれば何でもする。いつでも頼ってね」
「はい。ありがとうございます」

 俺はモラレスさんの言葉に目を細める。
 すると横からフレアとロイも口々に言うんだ。

「そうね、あなたのクールなダンスが二度と見られないなんて悲しすぎるわ。もしこの先奇跡が起これば、もう一度格好良く披露してもらうからね!」
「ぼくも先生のブレイクダンスが大好きです。無理のない程度に、きっと諦めないでほしいです」

 みんなのそれぞれの言葉が、折れそうだった俺の心を立て直してくれる。そんな気がした。
 仲間たちに俺はフッと微笑んでみせる。

「ありがとう、みんな。……でもそこまで言われるとちょっとプレッシャーかな。もしも俺がダンサーとして復帰出来なかったら、期待を裏切ることになるしな……」
「ええ。その時は今みたいに、鬱陶しいくらい泣き叫んでもらうわよ」
「何言うんだよ、フレア」

 口に手を当てながら相変わらず俺を見てクスクスとフレアは笑う。俺までおかしくなってしまった。

「ははは。そうだね、フレアちゃんの言う通り! 悲しい時は大声で泣くのが一番だよ」
「ジャスティン先生まで……」

 先生は愉快にそう言うと、もう一度俺の肩をがっしりと叩いてきた。
 からかわれているのは分かっている。だけどそんな仲間たちの優しさに、俺は胸がいっぱいになった。
 そして彼女が──レイが俺のとなりで幸せそうに笑っているのが目に映る。

 こんなことでめげたりしない。どんなことがあっても前を向いて、幸せになる為に歩んで行くと決めたから。
 良き仲間たちがいて、大好きな彼女が隣にいてくれて、俺はとてつもない幸せ者なんだ。



 ダンススタジオを後に、久しぶりの我が家を目指して帰路につく。
 多くの人々が行き交う繁華街は苦手だ。俺たちはいつものように人通りの少ない道を、手を繫ぎながら歩いていた。
 道に立ち並ぶ木々の葉はすっかりなくなっていて、何となく寒そうな表情をしている。

 でも俺とレイは二人一緒にいるだけで、心も身体もあたたかくなれる。冷たい風が通り過ぎても全然平気なんだ。

「レイ」
「なに?」
「ビーフシチュー」
「えっ」
「レイの作ったシチューが食べたい」

 病院食を食べている時、毎日のように彼女の手料理がほしいと考えていた。あの日、レイの愛情がたっぷり入ったシチューを食べ損なっている俺は、どうしても欲求が抑えられない。

「……あの日のシチュー、もうないよ?」
「分かってるよ。だから、もう一度作って欲しい」

 俺が甘えた声を出すと、レイは歩む足を止める。そして、顔を上げて俺の唇を人差し指でなぞるように優しく触るんだ。

 この、彼女の唐突な行動に俺の心臓はたちまち爆音を鳴らし始める。

「ヒルス」
「……な、何だ?」
「そんなに私の作ったビーフシチューが食べたいの?」
「もちろん」
「だったら……してくれる?」

 わざとらしく小首を傾げるレイは、もう可愛くて愛しすぎて俺の感情が大爆発してしまいそうだ。閑静な住宅街の中心にも関わらず、今にも愛を絶叫したくなった。

『レイ、どうして君はそんなに可愛いんだ! 愛している! 大好きすぎて俺は幸せだ!』と。

 しかし、彼女に対する愛を叫びたいこんな衝動をどうにか抑え込み、俺はひたすら平静を装う。最高に格好つけながら、髪をかきあげ、わざと声を渋めに出してみる。

「まったく、レイは甘えん坊だな」
「だって……」
「いいよ。嫌になるくらいキスしてあげる」

 こんな台詞を吐いている俺が、一番彼女に愛を捧げたかったんだ。

 冬の風さえも俺たちの周りを通り過ぎれば溶けてなくなっていく。寒空の下、俺とレイは人目も憚らず熱い口づけを交わした。
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