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終章 家族愛の育てかた

201,最高のダンサー

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 身体が悲鳴を上げている。早く動きたくて仕方がない。小さい頃から毎日のように踊りまくっていた俺は、ずっとベッドの上で横になっている状況にストレスを感じていた。
 腰の痛みは、治療をしていく中でだんだんと引いていった。傷跡は深く残っているが、これはもう仕方がない。リハビリも難なくこなし、目を覚ましてから一週間もしないうちに退院出来たんだ。



 俺とレイは自宅へ帰る前にタクシーを拾い、ダンススタジオに向かった。
 長い距離の間俺もレイも口を閉ざしたまま。せっかく退院したのに、心がどんよりとしている。

 タクシーに揺られながら外の景色を見てみると、太陽の光が俺の目に飛び込んできた。心情とそぐわない明るさが、心の奥まで刺激してくる。
 眩しさから逃れようと顔を背けると、彼女の指先が視界に入った。

(レイの指って綺麗なんだよな……)

 心の中でぽつりとそう呟き、レイの手をギュッと握った。
 彼女への贈りものは、淡くキラキラと光を反射させる。大切な約束を交わしたピンク色の灯りだけは、俺の胸にあたたかみを与えてくれた。
 レイは何か言うわけでもなく、だけど表情だけは切なさでいっぱいなんだ。

 ──そんな顔するな。俺まで悲しくなるだろ?

 立ち直ったつもりだった。どんな未来が待っていようとも、俺は壁を乗り越えようと思っていたから。



 スタジオに到着すると、そこでフレアやロイ、ジャスティン先生、そしてモラレスさんが俺たちを出迎えてくれた。

「……ヒルス」

 中心にいたジャスティン先生が最初に口を開いた。優しく俺の肩に手を置き、途端に涙ぐむんだ。

「……よく戻ってきたね。もう大丈夫かい」
「ご心配をお掛けしました。普通に歩けるようになったので、もう平気です」
「それなら良かった。レイも大変だったね」
「いえ。私は彼に付き添っていただけですから」
「……」
「……」 

 たちまちスタジオ内はしんと静まり返ってしまう。誰も何も発しようとしないんだ。こんなに暗い雰囲気、今まで経験したことがない。

 俺はわざと大きな声で、笑いながら話をしようと思った。

「みんな黙るなよ。本当に大丈夫なんだぞ?」

 空元気なのが誰にでも分かってしまいそうなほど、俺の顔は引きつっているだろう。自分でも心が苦しい。
 するとフレアが、静かに口を開くんだ。

「無理に笑ったりしないで。見てるこっちが辛くなるわ」
「そんなこと言うなよ」
「ヒルス先生。ボクたちもショックですから、無理しないでください」
「ロイまで何を言うんだ……」

 フレアもロイも、切ない顔をしていた。そんな表情をされると、俺まで心が暗くなる。みんなの前では明るく振る舞おうと決めていたのに。

 やっぱり空元気は良くないな。

 肩がガクガクと震え始めた。すると、レイが優しく背中を擦ってくれるんだ。

「……分かってる。俺だって悔しい。身体は今にも踊りたいってざわついてるのに。自分でも信じられないよ」

 言葉に詰まってしまう。続きを言うのが怖くなった。
 だけど、現実は惨いものであると受け止めなければならない。

「今だって信じてないから。俺は……、俺が、二度とダンスが出来ない身体になったなんて。ありえない話だから……!」

 自分で自分の吐いたこの台詞に胸が痛くなり、涙が溢れてきた。声を抑えようとしているのに、勝手に漏れてしまう。

 格好悪いにも程がある。俺、もう二十七の大人なんだぜ? 何、人前で声を上げながら喚いているんだ。だけど、どうしても止められない。
 それほど悔しいから。どうして背中を刺されたくらいで・・・・・・・・・・・、こんな後遺症に苦しまなければいけないんだよ!

 退院する前、医師から冷静に告げられてしまった。刺された箇所が悪かったのと刃物が深く身体に入ってしまったせいで、ダンスをする際に激しい動きをすると腰に負担が掛かってしまい、踊ることは出来ないんだと。治療やリハビリをしても一生治ることはないらしいんだ。

 ──普通に歩けるのにダンスは出来ない? 理解に苦しむ。俺はダンス一筋で今まで生きてきた。他にしたいことなんて何もない!

 スタジオ内にはしばらく俺の悲しみの声だけが響いていた。その間にもレイは、ずっと俺の背中を支えてくれる。
 こんな俺を見て、ジャスティン先生は相変わらず落ち着いた声で話してくれたんだ。

「ヒルス、存分に泣きたまえ」
「……先生……」
「君は幼い頃からずっと僕の所で踊り続けてきた。そして今まで立派にインストラクターとして生徒たちに指導をしてくれたね」

 先生の声が優しさでいっぱいになっていた。その大きな身体で弱っている俺のことを抱擁してくれた。涙で先生のお洒落な服が台無しになってしまうのに。

「君は僕にとって大切な生徒であり、インストラクターであり、ダンス仲間なんだ。何があってもこの先もずっとずっと、ヒルスは最高のダンサーだよ」

 先生は両腕を震わせながら、更に強く強く包み込んでくれた。

 先生の言うことはいつも俺に勇気をくれる。「この先もずっと最高のダンサー」だなんて言われたら、いつかまた踊れるようになりたいと強く思ってしまうんだ。
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