上 下
182 / 205
第十章 元孤児の想い

182,ロイの言葉

しおりを挟む
 おかしな話かもしれない。こう見えて俺は、ダンスのインストラクターであり、ロイはスタジオに通う生徒の一人。そんな関係なのに自分のプライベートを相談をするだなんて。
 だがロイも、こんな俺の話を真剣に聞いてくれる。こういう関係性も、実はありなのかもしれない。
 俺はスタジオで指導をする時はしっかりインストラクターとしての立場をわきまえて仕事はこなすが、先生と生徒という間柄以前にスタジオにいる全員が仲間なんだ。それに、ロイとは気の置けない仲でいたかった。

 ──俺が一通り今抱えこんでいる問題を全て打ち明けると、ロイは神妙な面持ちに変わってこちらを眺める。小さく頷いてから口を開いた。

「もしかして、レイさんは生みの親のことを気にしているのではないでしょうか」
「……何?」

 ロイの声は低く、それでいて瞳はどこか切なさが滲み出ている。

「どんなにレイさんを愛してくれた育てのご両親がいたとしても、一度でも生みの親に会ってしまったんです。しかも、かなり正気を失った様子で。血の繋がりは関係ないと、たしかにボクも思います。ですが、レイさん自身引っかかるものがあるんじゃないでしょうか……。ボクの親もどうしようもない人ですから、何となく気持ちが分かります」

 昼時の店内は賑やかはずなのに、俺とロイの空間だけはしんと静まり返る。腹はまだ空いているのに、食事がなかなか進まなかった。

 ロイはふぅと小さく息を吐く。

「……まあ、こればかりはレイさん本人にしか分からないですけどね。ヒルス先生なら、レイさんをこれからも支えてあげられると信じています。元気出してください」
「ロイ……」

 そう言ってくれるロイの表情はどこかあたたかかった。ジュースを一口飲み、それからロイはフッと微笑むんだ。

「ぼくだけじゃないですよ」
「えっ?」 
「ジャスティン先生もフレア先生もモラレスさんも、それに他のスタジオ仲間も。みんな、ヒルス先生とレイさんのことを応援しています」

 静かな口調ではあるが、ロイははっきりとそう述べた。

 皆の顔を思い浮かべると、俺は尚更胸が痛めつけられる。

 俺たちは良き仲間たちに見守られながらここまで来たのに。
 正直、俺はレイのことになると臆病になるし思考が消極的になってしまう。どうしようもないヘタレ野郎だ。彼女を失いたくない、レイのそばから離れたくない。考えすぎて、愛しすぎて、溢れて止まらない想いが、俺たち二人の関係を乱してしまっているのかもしれない。

 彼女の幸せを守れない今の俺の姿を見たら、父と母はきっと呆れるだろう。
 だけどもう、どうしていいか分からないんだ。あんなにハッキリと二人の未来はないような言い方をされてしまっては。
 胸の上でいつもは輝き続けているはずの十字架すらも、あの日以来光を失ったみたいに感じてしまう。

「あの、ヒルス先生」

 唖然とした顔で、ロイが俺の顔を覗いてきた。

「すまん、何だ?」
「顔が泣きそうになってますよ。あまり悩みすぎないでください」
「……そうだな」

 ロイは、本気で俺を心配したような口振りだ。

(俺はどこまで駄目な奴なんだ……)

 何だか急に恥ずかしくなった。この感情を抑えつけるようにフレンチフライを一つまみする。

「みんなが俺たちを支えてくれたのに、何だか申し訳ないな」
「何が申し訳ないんですか?」
「俺とレイはもう終わりかもしれないからな」

 俺が弱音を吐くと、ロイの表情が見る見る暗いものに変わっていく。眉を八の字にして、語尾を強くした。

「レイさんのことを諦めてしまうのですか」
「いや、諦めるというよりも、レイが将来を考えられないならいつかは終わりにしないとならないだろう。それに、俺たちはあくまで義理の兄妹だからな……」

 今の俺は心底ネガティブ思考だ。
 遂にロイは、呆れた顔になる。

「ヒルス先生、ボクがこんなこと言っていいのか分かりませんが。ダンスをしている先生みたいに、前を向いてくださいよ」
「えっ」
「どんなにアップテンポの曲でも、先生は難しいパワームーブもアクロバット技も難なくこなしています。流石プロだなって思うし、今まで長年練習してきた成果ですよね」
「まあ、ダンスは好きでやってきたからな」
「レイさんのことも好きなんですよね。どんなに難しい問題でも、長い間想い続けてきた相手なら乗り越えてほしいです」

 ロイにそんなことを言われてしまった俺は、否定も肯定も出来なくなってしまう。困惑していると、ロイは真顔のまま言葉を繋いでいく。

「生意気な発言をしてごめんなさい。だけどこれだけは……親に捨てられたボクにこそ言わせて下さい。どんなに生みの親とは関係ないと自分に言い聞かせていても、ふとした時に強烈な不快感に襲われる瞬間があります。どうして自分はあんな親の元に生まれてしまったんだろう、と。考えれば考えるほど苦しくなるので、出来るだけ思い出さないようにしているんですけどね。それがなかなか難しいんです」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

〖完結〗もうあなたを愛する事はありません。

藍川みいな
恋愛
愛していた旦那様が、妹と口付けをしていました…。 「……旦那様、何をしているのですか?」 その光景を見ている事が出来ず、部屋の中へと入り問いかけていた。 そして妹は、 「あら、お姉様は何か勘違いをなさってますよ? 私とは口づけしかしていません。お義兄様は他の方とはもっと凄いことをなさっています。」と… 旦那様には愛人がいて、その愛人には子供が出来たようです。しかも、旦那様は愛人の子を私達2人の子として育てようとおっしゃいました。 信じていた旦那様に裏切られ、もう旦那様を信じる事が出来なくなった私は、離縁を決意し、実家に帰ります。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

処理中です...