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第十章 元孤児の想い
182,ロイの言葉
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おかしな話かもしれない。こう見えて俺は、ダンスのインストラクターであり、ロイはスタジオに通う生徒の一人。そんな関係なのに自分のプライベートを相談をするだなんて。
だがロイも、こんな俺の話を真剣に聞いてくれる。こういう関係性も、実はありなのかもしれない。
俺はスタジオで指導をする時はしっかりインストラクターとしての立場をわきまえて仕事はこなすが、先生と生徒という間柄以前にスタジオにいる全員が仲間なんだ。それに、ロイとは気の置けない仲でいたかった。
──俺が一通り今抱えこんでいる問題を全て打ち明けると、ロイは神妙な面持ちに変わってこちらを眺める。小さく頷いてから口を開いた。
「もしかして、レイさんは生みの親のことを気にしているのではないでしょうか」
「……何?」
ロイの声は低く、それでいて瞳はどこか切なさが滲み出ている。
「どんなにレイさんを愛してくれた育てのご両親がいたとしても、一度でも生みの親に会ってしまったんです。しかも、かなり正気を失った様子で。血の繋がりは関係ないと、たしかにボクも思います。ですが、レイさん自身引っかかるものがあるんじゃないでしょうか……。ボクの親もどうしようもない人ですから、何となく気持ちが分かります」
昼時の店内は賑やかはずなのに、俺とロイの空間だけはしんと静まり返る。腹はまだ空いているのに、食事がなかなか進まなかった。
ロイはふぅと小さく息を吐く。
「……まあ、こればかりはレイさん本人にしか分からないですけどね。ヒルス先生なら、レイさんをこれからも支えてあげられると信じています。元気出してください」
「ロイ……」
そう言ってくれるロイの表情はどこかあたたかかった。ジュースを一口飲み、それからロイはフッと微笑むんだ。
「ぼくだけじゃないですよ」
「えっ?」
「ジャスティン先生もフレア先生もモラレスさんも、それに他のスタジオ仲間も。みんな、ヒルス先生とレイさんのことを応援しています」
静かな口調ではあるが、ロイははっきりとそう述べた。
皆の顔を思い浮かべると、俺は尚更胸が痛めつけられる。
俺たちは良き仲間たちに見守られながらここまで来たのに。
正直、俺はレイのことになると臆病になるし思考が消極的になってしまう。どうしようもないヘタレ野郎だ。彼女を失いたくない、レイのそばから離れたくない。考えすぎて、愛しすぎて、溢れて止まらない想いが、俺たち二人の関係を乱してしまっているのかもしれない。
彼女の幸せを守れない今の俺の姿を見たら、父と母はきっと呆れるだろう。
だけどもう、どうしていいか分からないんだ。あんなにハッキリと二人の未来はないような言い方をされてしまっては。
胸の上でいつもは輝き続けているはずの十字架すらも、あの日以来光を失ったみたいに感じてしまう。
「あの、ヒルス先生」
唖然とした顔で、ロイが俺の顔を覗いてきた。
「すまん、何だ?」
「顔が泣きそうになってますよ。あまり悩みすぎないでください」
「……そうだな」
ロイは、本気で俺を心配したような口振りだ。
(俺はどこまで駄目な奴なんだ……)
何だか急に恥ずかしくなった。この感情を抑えつけるようにフレンチフライを一つまみする。
「みんなが俺たちを支えてくれたのに、何だか申し訳ないな」
「何が申し訳ないんですか?」
「俺とレイはもう終わりかもしれないからな」
俺が弱音を吐くと、ロイの表情が見る見る暗いものに変わっていく。眉を八の字にして、語尾を強くした。
「レイさんのことを諦めてしまうのですか」
「いや、諦めるというよりも、レイが将来を考えられないならいつかは終わりにしないとならないだろう。それに、俺たちはあくまで義理の兄妹だからな……」
今の俺は心底ネガティブ思考だ。
遂にロイは、呆れた顔になる。
「ヒルス先生、ボクがこんなこと言っていいのか分かりませんが。ダンスをしている先生みたいに、前を向いてくださいよ」
「えっ」
「どんなにアップテンポの曲でも、先生は難しいパワームーブもアクロバット技も難なくこなしています。流石プロだなって思うし、今まで長年練習してきた成果ですよね」
「まあ、ダンスは好きでやってきたからな」
「レイさんのことも好きなんですよね。どんなに難しい問題でも、長い間想い続けてきた相手なら乗り越えてほしいです」
ロイにそんなことを言われてしまった俺は、否定も肯定も出来なくなってしまう。困惑していると、ロイは真顔のまま言葉を繋いでいく。
「生意気な発言をしてごめんなさい。だけどこれだけは……親に捨てられたボクにこそ言わせて下さい。どんなに生みの親とは関係ないと自分に言い聞かせていても、ふとした時に強烈な不快感に襲われる瞬間があります。どうして自分はあんな親の元に生まれてしまったんだろう、と。考えれば考えるほど苦しくなるので、出来るだけ思い出さないようにしているんですけどね。それがなかなか難しいんです」
だがロイも、こんな俺の話を真剣に聞いてくれる。こういう関係性も、実はありなのかもしれない。
俺はスタジオで指導をする時はしっかりインストラクターとしての立場をわきまえて仕事はこなすが、先生と生徒という間柄以前にスタジオにいる全員が仲間なんだ。それに、ロイとは気の置けない仲でいたかった。
──俺が一通り今抱えこんでいる問題を全て打ち明けると、ロイは神妙な面持ちに変わってこちらを眺める。小さく頷いてから口を開いた。
「もしかして、レイさんは生みの親のことを気にしているのではないでしょうか」
「……何?」
ロイの声は低く、それでいて瞳はどこか切なさが滲み出ている。
「どんなにレイさんを愛してくれた育てのご両親がいたとしても、一度でも生みの親に会ってしまったんです。しかも、かなり正気を失った様子で。血の繋がりは関係ないと、たしかにボクも思います。ですが、レイさん自身引っかかるものがあるんじゃないでしょうか……。ボクの親もどうしようもない人ですから、何となく気持ちが分かります」
昼時の店内は賑やかはずなのに、俺とロイの空間だけはしんと静まり返る。腹はまだ空いているのに、食事がなかなか進まなかった。
ロイはふぅと小さく息を吐く。
「……まあ、こればかりはレイさん本人にしか分からないですけどね。ヒルス先生なら、レイさんをこれからも支えてあげられると信じています。元気出してください」
「ロイ……」
そう言ってくれるロイの表情はどこかあたたかかった。ジュースを一口飲み、それからロイはフッと微笑むんだ。
「ぼくだけじゃないですよ」
「えっ?」
「ジャスティン先生もフレア先生もモラレスさんも、それに他のスタジオ仲間も。みんな、ヒルス先生とレイさんのことを応援しています」
静かな口調ではあるが、ロイははっきりとそう述べた。
皆の顔を思い浮かべると、俺は尚更胸が痛めつけられる。
俺たちは良き仲間たちに見守られながらここまで来たのに。
正直、俺はレイのことになると臆病になるし思考が消極的になってしまう。どうしようもないヘタレ野郎だ。彼女を失いたくない、レイのそばから離れたくない。考えすぎて、愛しすぎて、溢れて止まらない想いが、俺たち二人の関係を乱してしまっているのかもしれない。
彼女の幸せを守れない今の俺の姿を見たら、父と母はきっと呆れるだろう。
だけどもう、どうしていいか分からないんだ。あんなにハッキリと二人の未来はないような言い方をされてしまっては。
胸の上でいつもは輝き続けているはずの十字架すらも、あの日以来光を失ったみたいに感じてしまう。
「あの、ヒルス先生」
唖然とした顔で、ロイが俺の顔を覗いてきた。
「すまん、何だ?」
「顔が泣きそうになってますよ。あまり悩みすぎないでください」
「……そうだな」
ロイは、本気で俺を心配したような口振りだ。
(俺はどこまで駄目な奴なんだ……)
何だか急に恥ずかしくなった。この感情を抑えつけるようにフレンチフライを一つまみする。
「みんなが俺たちを支えてくれたのに、何だか申し訳ないな」
「何が申し訳ないんですか?」
「俺とレイはもう終わりかもしれないからな」
俺が弱音を吐くと、ロイの表情が見る見る暗いものに変わっていく。眉を八の字にして、語尾を強くした。
「レイさんのことを諦めてしまうのですか」
「いや、諦めるというよりも、レイが将来を考えられないならいつかは終わりにしないとならないだろう。それに、俺たちはあくまで義理の兄妹だからな……」
今の俺は心底ネガティブ思考だ。
遂にロイは、呆れた顔になる。
「ヒルス先生、ボクがこんなこと言っていいのか分かりませんが。ダンスをしている先生みたいに、前を向いてくださいよ」
「えっ」
「どんなにアップテンポの曲でも、先生は難しいパワームーブもアクロバット技も難なくこなしています。流石プロだなって思うし、今まで長年練習してきた成果ですよね」
「まあ、ダンスは好きでやってきたからな」
「レイさんのことも好きなんですよね。どんなに難しい問題でも、長い間想い続けてきた相手なら乗り越えてほしいです」
ロイにそんなことを言われてしまった俺は、否定も肯定も出来なくなってしまう。困惑していると、ロイは真顔のまま言葉を繋いでいく。
「生意気な発言をしてごめんなさい。だけどこれだけは……親に捨てられたボクにこそ言わせて下さい。どんなに生みの親とは関係ないと自分に言い聞かせていても、ふとした時に強烈な不快感に襲われる瞬間があります。どうして自分はあんな親の元に生まれてしまったんだろう、と。考えれば考えるほど苦しくなるので、出来るだけ思い出さないようにしているんですけどね。それがなかなか難しいんです」
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