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第九章 悪夢の再来
172,贈りもの
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車を運転しながら俺はそんなことを考えていた。
新スクールに到着するまでまだ半分以上の道のりがある。
「レイはいい子だよな」
「えっ……急に何っ?」
突拍子もない俺の言葉に、声が裏返るレイ。
戸惑う彼女の反応が面白くて、俺はつい笑ってしまう。
「いや、ふと思っただけだよ。こんなこと言っていいのか分からないけど……レイは今までたくさん辛い想いをしてきただろう。それなのに、毎日明るく前向きに頑張ってる。レイは偉いよなって」
「それは──」
少し間を開けた時。俺の手を握りしめるレイの指先が何となくあたたかくなったような気がした。
「ヒルスとみんなのおかげ、かな」
「えっ」
「みんなが優しくしてくれるから私も笑顔で過ごせるんだよ。ヒルスがいつもそばにいてくれるから、前向きになれるの。私は周りの人たちに恵まれてるから、幸せだよ」
赤信号に捕まり、俺はブレーキをゆっくり踏む。
彼女の言葉は、あの信号よりも赤く輝いているものだった。胸が高まる俺は、そのまま本能のままに彼女の唇にゆっくりとキスを捧げた。
──その通りだ。レイの周りには、素敵な仲間がたくさんいてくれる。君の幸せを願う人たちが、俺以外にもいるんだ。
もちろん、天国で見守り続けてくれている父と母も同じだよ。
◆
ダンススクールに到着した頃、辺りはすっかり陽が沈んでいた。今日は道が混んでいて予定よりも遅くなってしまった。
俺たちがスクールに通っていた時代と比べると、明らかに生徒の数が倍以上に増えていた。たくさんの生徒がレッスンを受ける様を眺めると俺の胸が踊る。
特待クラスを覗いてみると、そこには熱く指導をするジャスティン先生の姿があった。昼までスタジオで仕事をしてから週の半分はここに通っているというのに、疲れた顔を一切見せない。未だに現役で頑張っていて凄い人だよな、と俺は改めて思う。
「私たちが知ってる人、もう誰もいなくなっちゃったね」
「……そうだな」
生徒の顔ぶれは、すっかり変わり果てている。辞めていった仲間が大半だ。寂しい気もしたが、もしかすると今レッスンを受けている生徒の中に、俺たちのように将来も踊り続けるダンサーがいるのかもしれない。
真面目にジャスティン先生のレッスンを受け、ステップを踏む生徒一人ひとりを眺めながら俺は笑みを溢した。
──小休憩になると、真剣にダンス指導をしていたジャスティン先生の顔がたちまち穏やかなものへ変わっていく。先生のこの切り替えのギャップは、何年見ていても痺れる。
こちらの存在に気づくと、先生は微笑みながら歩み寄ってきた。
「お待たせ! レイ、ヒルス。お疲れのところ、わざわざ来てもらって悪かったね」
「いえ、こちらこそ。お忙しいのにありがとうございます」
その足で俺たちは事務室に連れられる。
よく整頓された先生のデスクの上に、大きな箱がひとつだけ置かれていた。ニコニコしながらジャスティン先生はその箱を持ち上げ、レイに手渡すんだ。
「レイちゃん、開けてごらん」
そう言われるとレイは目を細めながら頷き、ゆっくりと箱を開封していく。
父からの贈りものは、箱の中でまるで光を放っているかのように輝いていた。
寒い季節なのにも関わらず、赤く咲き誇る美しい花──『サルビア』は、長い時間レイのことを待っていてくれたような明るい顔をしている。
レイは父から届いた『サルビア』を見た瞬間、手の平を口に当てて顔を真っ赤に染めていた。
「お父さん……」
ポツリと呟くレイは、花と共に届けられた手紙の存在に気付き、花柄の便箋を手に取る。
日付を見てみると、父がアルツハイマーと診断される前に書かれたものだった。
渋い文字で綴られた父からの手紙は、娘を想う愛で溢れていたんだ──
『レイ、二十歳の誕生日おめでとう。
このプレゼントをレイが受け取っている頃には、父さんはもう、レイのことを認識できないくらい病気が進行しているかもしれないな。自分でも分かっているんだ。だんだん簡単な作業が出来なくなっていることも。今日が何日なのか、何曜日なのか。カレンダーを見ても分からなくなってしまった。新しいことを覚えるのも難しい。自分が何をしようとしていたのかすぐに忘れてしまう日も多くなった。レイが二十歳になった時、もしかするとちゃんとお祝いをしてあげられないかもしれない。だから今自分で手紙が書けるうちにレイに言葉を贈るよ。
大人になったレイはどれだけ綺麗な女性に成長したのかな。恋人もいるかもしれない。そう考えると少しだけ嫉妬をしてしまうが、レイが好きになった人で心から大切にしてくれる人なら、父さんはたとえどんな相手でも応援するよ。
二十歳になったレイは、自分の生まれた時の事情を既に知っているだろう。だけど何も気にすることはない。何があってもレイは父さんたちの大事な娘だから。今までもこれからも、ずっとずっと。何があってもそれだけは変わらない。
もし、父さんがレイのことをレイだと認識できなくなるほど病が進行していても、意識の奥底ではずっとお前を想い続けている。どうか、それだけは忘れないで。
レイ、父さんと母さんの娘になってくれてありがとう。レイが家族になってくれたおかげで、父さんも母さんも前を向いて生きる術を知った。たくさんの幸せを分けてもらった。家族の楽しい思い出もたくさん作れたんだ。レイは家族の希望の子だよ。
レイがこの先もずっと幸せになれるよう、いつまでも願い続けている。
愛するレイへ 父より』
新スクールに到着するまでまだ半分以上の道のりがある。
「レイはいい子だよな」
「えっ……急に何っ?」
突拍子もない俺の言葉に、声が裏返るレイ。
戸惑う彼女の反応が面白くて、俺はつい笑ってしまう。
「いや、ふと思っただけだよ。こんなこと言っていいのか分からないけど……レイは今までたくさん辛い想いをしてきただろう。それなのに、毎日明るく前向きに頑張ってる。レイは偉いよなって」
「それは──」
少し間を開けた時。俺の手を握りしめるレイの指先が何となくあたたかくなったような気がした。
「ヒルスとみんなのおかげ、かな」
「えっ」
「みんなが優しくしてくれるから私も笑顔で過ごせるんだよ。ヒルスがいつもそばにいてくれるから、前向きになれるの。私は周りの人たちに恵まれてるから、幸せだよ」
赤信号に捕まり、俺はブレーキをゆっくり踏む。
彼女の言葉は、あの信号よりも赤く輝いているものだった。胸が高まる俺は、そのまま本能のままに彼女の唇にゆっくりとキスを捧げた。
──その通りだ。レイの周りには、素敵な仲間がたくさんいてくれる。君の幸せを願う人たちが、俺以外にもいるんだ。
もちろん、天国で見守り続けてくれている父と母も同じだよ。
◆
ダンススクールに到着した頃、辺りはすっかり陽が沈んでいた。今日は道が混んでいて予定よりも遅くなってしまった。
俺たちがスクールに通っていた時代と比べると、明らかに生徒の数が倍以上に増えていた。たくさんの生徒がレッスンを受ける様を眺めると俺の胸が踊る。
特待クラスを覗いてみると、そこには熱く指導をするジャスティン先生の姿があった。昼までスタジオで仕事をしてから週の半分はここに通っているというのに、疲れた顔を一切見せない。未だに現役で頑張っていて凄い人だよな、と俺は改めて思う。
「私たちが知ってる人、もう誰もいなくなっちゃったね」
「……そうだな」
生徒の顔ぶれは、すっかり変わり果てている。辞めていった仲間が大半だ。寂しい気もしたが、もしかすると今レッスンを受けている生徒の中に、俺たちのように将来も踊り続けるダンサーがいるのかもしれない。
真面目にジャスティン先生のレッスンを受け、ステップを踏む生徒一人ひとりを眺めながら俺は笑みを溢した。
──小休憩になると、真剣にダンス指導をしていたジャスティン先生の顔がたちまち穏やかなものへ変わっていく。先生のこの切り替えのギャップは、何年見ていても痺れる。
こちらの存在に気づくと、先生は微笑みながら歩み寄ってきた。
「お待たせ! レイ、ヒルス。お疲れのところ、わざわざ来てもらって悪かったね」
「いえ、こちらこそ。お忙しいのにありがとうございます」
その足で俺たちは事務室に連れられる。
よく整頓された先生のデスクの上に、大きな箱がひとつだけ置かれていた。ニコニコしながらジャスティン先生はその箱を持ち上げ、レイに手渡すんだ。
「レイちゃん、開けてごらん」
そう言われるとレイは目を細めながら頷き、ゆっくりと箱を開封していく。
父からの贈りものは、箱の中でまるで光を放っているかのように輝いていた。
寒い季節なのにも関わらず、赤く咲き誇る美しい花──『サルビア』は、長い時間レイのことを待っていてくれたような明るい顔をしている。
レイは父から届いた『サルビア』を見た瞬間、手の平を口に当てて顔を真っ赤に染めていた。
「お父さん……」
ポツリと呟くレイは、花と共に届けられた手紙の存在に気付き、花柄の便箋を手に取る。
日付を見てみると、父がアルツハイマーと診断される前に書かれたものだった。
渋い文字で綴られた父からの手紙は、娘を想う愛で溢れていたんだ──
『レイ、二十歳の誕生日おめでとう。
このプレゼントをレイが受け取っている頃には、父さんはもう、レイのことを認識できないくらい病気が進行しているかもしれないな。自分でも分かっているんだ。だんだん簡単な作業が出来なくなっていることも。今日が何日なのか、何曜日なのか。カレンダーを見ても分からなくなってしまった。新しいことを覚えるのも難しい。自分が何をしようとしていたのかすぐに忘れてしまう日も多くなった。レイが二十歳になった時、もしかするとちゃんとお祝いをしてあげられないかもしれない。だから今自分で手紙が書けるうちにレイに言葉を贈るよ。
大人になったレイはどれだけ綺麗な女性に成長したのかな。恋人もいるかもしれない。そう考えると少しだけ嫉妬をしてしまうが、レイが好きになった人で心から大切にしてくれる人なら、父さんはたとえどんな相手でも応援するよ。
二十歳になったレイは、自分の生まれた時の事情を既に知っているだろう。だけど何も気にすることはない。何があってもレイは父さんたちの大事な娘だから。今までもこれからも、ずっとずっと。何があってもそれだけは変わらない。
もし、父さんがレイのことをレイだと認識できなくなるほど病が進行していても、意識の奥底ではずっとお前を想い続けている。どうか、それだけは忘れないで。
レイ、父さんと母さんの娘になってくれてありがとう。レイが家族になってくれたおかげで、父さんも母さんも前を向いて生きる術を知った。たくさんの幸せを分けてもらった。家族の楽しい思い出もたくさん作れたんだ。レイは家族の希望の子だよ。
レイがこの先もずっと幸せになれるよう、いつまでも願い続けている。
愛するレイへ 父より』
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