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第九章 悪夢の再来
159,心が許せる人
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「どうしたの、ロイ」
「どうしたもこうしたもないよシスター!
またあいつら喧嘩を始めやがって。止めたって全然聞かないんだ」
「小さい子たちは喧嘩して成長するものよ。そこは分かってあげて」
「うるさすぎるんだよ。ご飯もまずくなる」
そう言いながらロイは深くため息を吐いていた。
スタジオでのロイの口調と、シスターに話す時の態度がまるで違う。俺はそのギャップに少しばかり驚いた。
「そう言わないで。今、あの子たちはどうしてるの?」
「飯をぶちまけたから、叱ってやったよ。そしたらみんな泣きじゃくるんだ。本当、ガキは面倒臭いよ」
「ロイ……」
シスターはとても複雑そうな顔になる。
それでもロイはお構い無しに強めの口調で続ける。
「ずっと我慢していたけど、こういうの嫌なんだよな。ボクはここで一番年上だから、みんなの世話をしなきゃいけないのは分かってる。だけど毎日のように誰かが喧嘩をして、それを止めないといけない。喧嘩が収まったと思ったら、また他の誰かが問題を起こす。どうしていつもぼくが介入しなきゃならないんだよ。シスターが何とかしてよ」
「……そうね。わたしは少し、ロイに頼りすぎていたわね」
「そうだよ。これ以上ボクにあいつらの世話をさせないで。あと一年で、ボクもここから出ていかなきゃならないんだから」
その言葉を聞き、俺は目を見開いた。不機嫌なロイに声を掛けていいのか一瞬迷うが、口が先に動いていた。
「ロイ、ここを出ていくのかっ?」
「はい、そうなんですよ。孤児院で暮らせるのは十六歳までですからね。その後は国からの援助を受けつつ、一人で生活しないといけないんです」
「そうなのか……。大変じゃないか? スタジオはどうするんだ」
「バイトしながら頑張りますよ。大丈夫です、ボクは何があってもスタジオは辞めませんから」
「そうか」
その話を聞いて俺は少し安心した。
孤児院にいられるのが十六歳までという話は初耳だった。何となく俺は胸が痛む。
「ロイは頼りになるお兄さんだから、わたしも甘え過ぎちゃったわね」
「その、お兄さん呼ばわりするのも止めてほしい。ボクはみんなの兄じゃないんだから」
「でも、ここで一緒に暮らしているうちは家族みたいなものよ」
「家族だなんて、そんな風に全然思えないよ」
終始冷めた態度でロイはそんなことを言うが、シスターは決して怒る様子もなく落ち着いた口調を崩さない。
「分かったわ、わたしがあの子たちに言い聞かせるわ。ごめんなさいね、ヒルス。わたしはこれにて失礼します」
「いえ、俺の方こそ。お忙しい中、ありがとうございました」
「またいつでも来てください」と言い残し、シスターは教会から立ち去っていく。
時間を確認すると、十九時を回っていた。レイの仕事が終わるまであと一時間ほどだ。
「ロイは戻らなくていいのか? 夕飯の途中だったんだろ」
「そうなんですけどね。はあ。ヒルス先生にはみっともないところを見せてしまいました。すみません」
「みっともないって?」
「ここにいる時と、スタジオにいるボクは話しかたが全然違います。驚かせてしまったんじゃないかなって」
ロイは俯きながら、どこか恥ずかしそうにしている。
そんな彼を見て俺はフッと微笑む。
「それほどロイにとって、ここが落ち着く場所だってことだろう」
「えっ」
「誰だって外にいる時と家にいる時の態度は変わるはずだよ。ロイにとっては孤児院が憩いの場所なんだな」
「いえ。先生、それは違います」
「何が違うんだ?」
「ボクには家もありませんし家族もいません。憩いの場所でもありません。ただ仕方がなくここで暮らしているだけなんです。早く独り立ちしたいくらいですよ」
もう一度深くため息を吐くロイの顔は【無】に近い。
──意外に素直じゃない奴だな。
俺は密かにそう思う。
「シスターと話している時のロイは、甘えた子供に見えたよ」
「何を言うんですか、先生」
「たしかにロイとシスターは親子じゃないけど、ずいぶんと仲が良さそうだ」
「仲が良い……?」
俺の言葉にロイは小首を傾げる。
「家族には色んな形があるんだ。血の繋がりとか、暮らす場所なんて関係ない。ロイは孤児で、シスターにはシスターとしての立場があるけど──それでも長年一緒に暮らしてきた仲だろ。ロイにとって心を許せる人がいるだけで幸せだと思うけどな」
「どうしたもこうしたもないよシスター!
またあいつら喧嘩を始めやがって。止めたって全然聞かないんだ」
「小さい子たちは喧嘩して成長するものよ。そこは分かってあげて」
「うるさすぎるんだよ。ご飯もまずくなる」
そう言いながらロイは深くため息を吐いていた。
スタジオでのロイの口調と、シスターに話す時の態度がまるで違う。俺はそのギャップに少しばかり驚いた。
「そう言わないで。今、あの子たちはどうしてるの?」
「飯をぶちまけたから、叱ってやったよ。そしたらみんな泣きじゃくるんだ。本当、ガキは面倒臭いよ」
「ロイ……」
シスターはとても複雑そうな顔になる。
それでもロイはお構い無しに強めの口調で続ける。
「ずっと我慢していたけど、こういうの嫌なんだよな。ボクはここで一番年上だから、みんなの世話をしなきゃいけないのは分かってる。だけど毎日のように誰かが喧嘩をして、それを止めないといけない。喧嘩が収まったと思ったら、また他の誰かが問題を起こす。どうしていつもぼくが介入しなきゃならないんだよ。シスターが何とかしてよ」
「……そうね。わたしは少し、ロイに頼りすぎていたわね」
「そうだよ。これ以上ボクにあいつらの世話をさせないで。あと一年で、ボクもここから出ていかなきゃならないんだから」
その言葉を聞き、俺は目を見開いた。不機嫌なロイに声を掛けていいのか一瞬迷うが、口が先に動いていた。
「ロイ、ここを出ていくのかっ?」
「はい、そうなんですよ。孤児院で暮らせるのは十六歳までですからね。その後は国からの援助を受けつつ、一人で生活しないといけないんです」
「そうなのか……。大変じゃないか? スタジオはどうするんだ」
「バイトしながら頑張りますよ。大丈夫です、ボクは何があってもスタジオは辞めませんから」
「そうか」
その話を聞いて俺は少し安心した。
孤児院にいられるのが十六歳までという話は初耳だった。何となく俺は胸が痛む。
「ロイは頼りになるお兄さんだから、わたしも甘え過ぎちゃったわね」
「その、お兄さん呼ばわりするのも止めてほしい。ボクはみんなの兄じゃないんだから」
「でも、ここで一緒に暮らしているうちは家族みたいなものよ」
「家族だなんて、そんな風に全然思えないよ」
終始冷めた態度でロイはそんなことを言うが、シスターは決して怒る様子もなく落ち着いた口調を崩さない。
「分かったわ、わたしがあの子たちに言い聞かせるわ。ごめんなさいね、ヒルス。わたしはこれにて失礼します」
「いえ、俺の方こそ。お忙しい中、ありがとうございました」
「またいつでも来てください」と言い残し、シスターは教会から立ち去っていく。
時間を確認すると、十九時を回っていた。レイの仕事が終わるまであと一時間ほどだ。
「ロイは戻らなくていいのか? 夕飯の途中だったんだろ」
「そうなんですけどね。はあ。ヒルス先生にはみっともないところを見せてしまいました。すみません」
「みっともないって?」
「ここにいる時と、スタジオにいるボクは話しかたが全然違います。驚かせてしまったんじゃないかなって」
ロイは俯きながら、どこか恥ずかしそうにしている。
そんな彼を見て俺はフッと微笑む。
「それほどロイにとって、ここが落ち着く場所だってことだろう」
「えっ」
「誰だって外にいる時と家にいる時の態度は変わるはずだよ。ロイにとっては孤児院が憩いの場所なんだな」
「いえ。先生、それは違います」
「何が違うんだ?」
「ボクには家もありませんし家族もいません。憩いの場所でもありません。ただ仕方がなくここで暮らしているだけなんです。早く独り立ちしたいくらいですよ」
もう一度深くため息を吐くロイの顔は【無】に近い。
──意外に素直じゃない奴だな。
俺は密かにそう思う。
「シスターと話している時のロイは、甘えた子供に見えたよ」
「何を言うんですか、先生」
「たしかにロイとシスターは親子じゃないけど、ずいぶんと仲が良さそうだ」
「仲が良い……?」
俺の言葉にロイは小首を傾げる。
「家族には色んな形があるんだ。血の繋がりとか、暮らす場所なんて関係ない。ロイは孤児で、シスターにはシスターとしての立場があるけど──それでも長年一緒に暮らしてきた仲だろ。ロイにとって心を許せる人がいるだけで幸せだと思うけどな」
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