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第八章 それぞれの想い

153,気がかりなこと

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 天気の良い日の浜辺は、なんて心地がいいのだろう。陽の光が反射して、俺とレイの身体を仄かにあたためてくれるんだ。
 海面に輝きを放ちながら音を奏でる波打ちは、美麗という言葉がよく似合う。

 だけど俺の心は、それとは正反対な色を持っている。ダークな感情が俺の中を染め上げた。

「また、何か考え事してる」

 俺の手を握り、レイは心配そうな顔をしてこちらを見上げてくる。

 今日のレイはいつも以上に可愛くて綺麗だ。以前のロンドン大会で三編みのお下げをしていた時と同じヘアスタイルで、ナチュラルメイクが自然に溶け込んでいる。俺は、普段と違うレイの姿にドキドキしてしまう。

 家を出る前、レイは照れくさそうに言ったんだ。

『前にヒルス言ってたよね。もう一回、おめかしして欲しいって。少し準備に時間が掛かっちゃったけど、今日は特別な日だから頑張ってみたよ』

 今日はレイの十八歳の誕生日。特別で、レイにとっても俺にとっても大切な日になるだろう。
 本当は楽しく過ごしたい。だけど俺には気がかりなことが頭の中にずっと残っていて、なかなか離れずにいる。

 ──それは、ほんの数日前の話。
 一人で町を歩いていると、俺は芸能記者と名乗る男に声を掛けられた。名刺を渡され、見ると確かに有名なマスメディア関係の会社であった。

「ヒルスさんとレイさんは本当に仲が良いんですねぇ。普通ご兄妹でこんなことします?」

 不敵な笑みを浮かべて記者が見せてきたのは、俺とレイを隠し撮りした何枚もの写真だった。町の中で手を繋いだり腕を組んだりしている瞬間の写真。ジュエリーショップで買い物をしているものまである。それだけなら言い逃れが出来そうだが、抱き合っていたりキスをしているものを見せられては誤魔化しなんて不可能だった。
 一番驚いたのは、部屋のバルコニーで、俺とレイがキスをしている瞬間までも撮られていたこと。

 俺はこの写真を見てハッとした。

 いつの日か、夜のバルコニーで見たあの白い光の正体は──まさか、撮られた時のカメラのフラッシュだったのか。
 知らぬ間にこんなにも隠し撮りをされていたなんて。驚きを隠せず、俺はもはや何の反論もしない。

「本当の兄妹ではないんですよねえ。ほら、レイさんって元々は孤児だったんでしょう?」

 ニヤニヤしながら、男は更にもう一枚写真を鞄から取り出してきた。そこに写っていたのは、先日俺とレイが孤児院を訪れた日の姿だった。
 二人共ばっちり顔が映されている。

「良いですよねぇ。虐待の果てに捨てられた・・・・・・・・・・・悲劇の少女が、里親の元で共に暮らしていた義理の兄と愛を育む……。素晴らしい記事になりますよ」
「ちょっと待て」

 正直レイが孤児だったことや、俺たちの関係について世間に知られようがどうでもいい。覚悟の上だ。
 しかしなぜ? どうしてこの男は、レイの過去のことまで知っているのか。

 俺は震えながら男に問う。

「どうして、レイが酷い仕打ちをされていたことを……」
「あっはは。いやぁ、いいネタを売ってくれる相手が現れましてね。彼女のおかげで・・・・・・・面白いネタがたくさん掴めましたよ」

 ──いいネタを売ってくれる相手? 彼女のおかげ?

(まさか)

 考えなくても、すぐにその相手が誰なのか分かってしまった。途端に怒りが込み上がる。

『覚えておいた方がいいよ、ヒルス。女を怒らせると大変なことになるんだからね』

 メイリーと言い合いになったあの日──あの女が吐き捨てた台詞を瞬時に思い出した。
 レイが虐待されていたことを知っているのは、俺とシスターとあの女だけだ。他にはいないだろう。
 あの女ならやりかねない。

 俺は無意識の内に歯を食いしばる。目の前で終始嫌な笑みを浮かび続ける男に、俺は声を震わせながら訴えた。

「記事にするのはやめてほしい。生まれた時のことだけは……彼女は何も知らないんだ」
「そう言われましてもねぇ、ヒルスさん。こんなスクープを逃すなんて簡単に出来るわけがないでしょう。あなたたちはこれからあの大物スターのバックダンサーとしてデビューするんですよ? 一気に人気者になりましたからねぇ」
「……」

 動揺した。
 レイにあのトラウマを蘇らせることだけは、絶対に避けなければならない。
 どんなに気持ちがイライラしていても、丁寧に言葉を並べて懇願するしかないんだ。

「お願いします……この通りです。大切な人が傷つくのを見たくないんです」

 無力な自分に腹が立つ。本当はこの男に怒鳴りつけてやりたいくらいだ。「他人のプライベートを勝手にネタにして恥ずかしくないのか」と。
 だけど今、俺が感情のまま行動してしまえば、事態は更に悪化するのは目に見えている。

 男は俺を眺めながら小さく息を吐いた。

「そこまで仰るんでしたら、妥協案はありますよ」
「……本当か?」
「ええ。本命ではありませんがね。せっかくですから、こちらを記事にしましょうか」
「何? 」
「あなたが所属するダンススタジオに、ジャスティン・スミスというトップインストラクターがいますよね。あの人、ダンサーとしても経営者としても成功していて、本当に素晴らしいお方だ。最近では新しいスクールを建てられたみたいで」

 そこまで言うと、男は急に暗い声になるんだ。

「……だけど、生徒にはちょっと厳しすぎるんじゃないですか」
「は?」

 俺は記者の話に疑問符を浮かべる。

 厳しすぎる、だって? それはレッスン内容のことか?

 確かにジャスティン先生は大会やイベント前になるとレッスン時に厳しくなる。でもそれは、本気でダンスを指導してくれているからであって、インストラクターとしては当然のこと。

 考え込む俺をよそに、記者は冷たい声で続けた。
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