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第八章 それぞれの想い
148,モラレスの過去
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「レイちゃんとヒルス君にね、新曲を聴いてほしくって。ジャスティンから練習場を一箇所貸してもらったから一緒に来てちょうだい」
「はい」
言われるがまま俺とレイはモラレスさんの後をついていく。
練習場に入ると、すぐさま新曲を流してくれた。
この人の歌う曲は、なんというかいつも魂が込められているんだよな。低音が効いたクールな曲が多く、ダンスをするとゾワゾワして気分が上がる。歌詞は前向きな考え方や人生観を表したものが印象深い。
モラレスさんの普段の喋りかたは女性的で少し高めなのに、歌をうたう時だけは男性らしい低い声で心地が良い。このギャップにやられたファンも多いのではないかと思うほど。
新曲は若干アップテンポで、ダンスをするのにテンションが最高に上がりそうなイメージだった。
曲を聴き終えたあと、俺もPVの収録が少しばかり楽しみになり、ニヤついてしまう。
俺の隣で一緒に聴いていたレイも、曲が終わった後に大きな拍手をして嬉しそうだった。
「モラレスさん、私この曲好きです。凄く格好良い!」
「ありがとう、レイちゃん。これからこの曲で振り付け師がダンスを考えてくれるから。振り付けが決まったら、少しずつ練習を始めてくれる?」
「はい、もちろんです!」
元気よく返事をするレイを見て、俺の心もワクワクしてきた。きっと俺のダンスライフの中で最も大きな仕事になるのだろう。
楽しそうに話すレイを前に、モラレスさんは優しい顔で微笑んだ。
「レイちゃん、良い顔ね。ちょっと安心したわ」
「え?」
「この前会った時、不安そうな顔してたから。ヒルス君も、ね」
真顔でそんなことを言われ、俺はギクリとする。正直、今でも多少の不安は残っている。
「たしかにあなたのバックダンサーとして踊れるのは光栄に思います。だけど反響が凄すぎて、少し戸惑っているのが正直なところです」
俺が素直に本音を言うと、レイも隣で頷いた。
俺たちを眺めるモラレスさんは、頬に手を当てて何やらニヤニヤ笑っている。
「なるほどねぇ。そうよ。あなたたち、ちょっと複雑な事情があるみたいよね」
ものすごい眼力でそう言われてしまうと、俺もレイもまともに返事をすることが出来なくなってしまう。
モラレスさんは練習場内を一度見回してから、声のボリュームを落とすんだ。
「まあ、大体分かるわよ。あなたたち、普通の兄妹っていう関係じゃないわよね」
俺はたまらず目を逸らす。頷くこともしなければ、否定もしない。
それでもモラレスさんは満面の笑みで続けるんだ。
「大丈夫よ、別に他の子たちにバラしたりしないし。見てて分かるもの。あなたたち、とっても仲良しでラブラブよね。お互いがお互いを愛していて、心が満たされている。素敵だわ!」
「いや、モラレスさん。何を言うんですか」
「あらやだ。ヒルス君、照れてるの? 可愛いわぁ。誤魔化したって、アタシには男と女の気持ちが分かっちゃうんだから!」
「……」
あまりにも自信満々で、的確に言い当てられてしまうものだから、反論も何も出来ない。
だけどモラレスさんの表情は終始優しい。
「あなたたち、事情が世間にバレたら怖いの?」
「……はい。きっと嫌な思いするんだろうなっていう、漠然とした不安があります」
レイは小さな声で、無表情でそう答えた。
そんな彼女を見て、モラレスさんは腰に手を当てる。
「そうねぇ、その気持ち分からなくもないけど」
「どういうことですか?」
「アタシだってここまで来るのにとても苦労してきたもの。見ての通り性的少数者だから、売れない頃は世間にすごいイジメられたわよ。オカマが踊ってるだけの低俗ダンサー、とかね」
「そんな。酷い……」
「でもどんなにディスられても、それって少しは世間が注目してくれてるってことでしょう。アタシはそれをチャンスと思って、ディスられてもとにかく色んなステージで踊りまくった。アタシ自身はこんなんでも、ダンスはピカイチなのよ。見てごらんなさい! てね。そしたらだんだんディスりから、『あいつのダンス、凄くね?』ていう声が聞こえてくるようにもなってきてね。ファンも知らずのうちにどんどん増えていったのよ。無我夢中で踊りまくっていたら、いつの間にか世界中の人たちがアタシを応援してくれるようになったの」
「へえ……」
俺とレイは、その話に聞き入っていた。
過去を語るモラレスさんの口調は穏やかだが、表情の奥はどこか切なさの色も混じりこんでいる。
「あなたたち二人に、ものすごーく複雑な事情があるのは分かってる。別に無理に聞かないけど。その事を世間に知られたら傷つくんじゃないかってビビッているのよね」
「まあ……」
「経験から言わせておくけど、いつか必ずそれらはバレるし、傷つくかもしれないわ。でもその時こそ勢いをつけて。あなたたちの素晴らしいダンスを、世界に魅せるチャンスなんだから!」
そう語るモラレスさんの目はものすごい輝きを放っているように見えたんだ。この人が言うことは、とんでもないほど説得力がある。
「ピンチはチャンスって言うし。それくらい前向きにやってくれれば、アタシも心配しなくても済むんだけど?」
「はい……ありがとうございます、モラレスさん。頑張ります」
「レイちゃんはいい子ねぇ! もう可愛くて舐め回したくなっちゃう!」
「おい……やめてくれ」
「あら、ごめんなさい。レイちゃんはヒルス君のロマンティックパートナーだったわ!」
ケラケラ笑うモラレスさんに俺とレイは苦笑するしかない。
──思いがけない貴重な話を聞くことが出来た。この人は想像以上に、辛く悔しい想いをたくさんしてきたのだろう。それでもこれだけ前向きに生きている。
この人ならこの先長い期間、レイを任せても大丈夫だろうと俺は確信していた。
「はい」
言われるがまま俺とレイはモラレスさんの後をついていく。
練習場に入ると、すぐさま新曲を流してくれた。
この人の歌う曲は、なんというかいつも魂が込められているんだよな。低音が効いたクールな曲が多く、ダンスをするとゾワゾワして気分が上がる。歌詞は前向きな考え方や人生観を表したものが印象深い。
モラレスさんの普段の喋りかたは女性的で少し高めなのに、歌をうたう時だけは男性らしい低い声で心地が良い。このギャップにやられたファンも多いのではないかと思うほど。
新曲は若干アップテンポで、ダンスをするのにテンションが最高に上がりそうなイメージだった。
曲を聴き終えたあと、俺もPVの収録が少しばかり楽しみになり、ニヤついてしまう。
俺の隣で一緒に聴いていたレイも、曲が終わった後に大きな拍手をして嬉しそうだった。
「モラレスさん、私この曲好きです。凄く格好良い!」
「ありがとう、レイちゃん。これからこの曲で振り付け師がダンスを考えてくれるから。振り付けが決まったら、少しずつ練習を始めてくれる?」
「はい、もちろんです!」
元気よく返事をするレイを見て、俺の心もワクワクしてきた。きっと俺のダンスライフの中で最も大きな仕事になるのだろう。
楽しそうに話すレイを前に、モラレスさんは優しい顔で微笑んだ。
「レイちゃん、良い顔ね。ちょっと安心したわ」
「え?」
「この前会った時、不安そうな顔してたから。ヒルス君も、ね」
真顔でそんなことを言われ、俺はギクリとする。正直、今でも多少の不安は残っている。
「たしかにあなたのバックダンサーとして踊れるのは光栄に思います。だけど反響が凄すぎて、少し戸惑っているのが正直なところです」
俺が素直に本音を言うと、レイも隣で頷いた。
俺たちを眺めるモラレスさんは、頬に手を当てて何やらニヤニヤ笑っている。
「なるほどねぇ。そうよ。あなたたち、ちょっと複雑な事情があるみたいよね」
ものすごい眼力でそう言われてしまうと、俺もレイもまともに返事をすることが出来なくなってしまう。
モラレスさんは練習場内を一度見回してから、声のボリュームを落とすんだ。
「まあ、大体分かるわよ。あなたたち、普通の兄妹っていう関係じゃないわよね」
俺はたまらず目を逸らす。頷くこともしなければ、否定もしない。
それでもモラレスさんは満面の笑みで続けるんだ。
「大丈夫よ、別に他の子たちにバラしたりしないし。見てて分かるもの。あなたたち、とっても仲良しでラブラブよね。お互いがお互いを愛していて、心が満たされている。素敵だわ!」
「いや、モラレスさん。何を言うんですか」
「あらやだ。ヒルス君、照れてるの? 可愛いわぁ。誤魔化したって、アタシには男と女の気持ちが分かっちゃうんだから!」
「……」
あまりにも自信満々で、的確に言い当てられてしまうものだから、反論も何も出来ない。
だけどモラレスさんの表情は終始優しい。
「あなたたち、事情が世間にバレたら怖いの?」
「……はい。きっと嫌な思いするんだろうなっていう、漠然とした不安があります」
レイは小さな声で、無表情でそう答えた。
そんな彼女を見て、モラレスさんは腰に手を当てる。
「そうねぇ、その気持ち分からなくもないけど」
「どういうことですか?」
「アタシだってここまで来るのにとても苦労してきたもの。見ての通り性的少数者だから、売れない頃は世間にすごいイジメられたわよ。オカマが踊ってるだけの低俗ダンサー、とかね」
「そんな。酷い……」
「でもどんなにディスられても、それって少しは世間が注目してくれてるってことでしょう。アタシはそれをチャンスと思って、ディスられてもとにかく色んなステージで踊りまくった。アタシ自身はこんなんでも、ダンスはピカイチなのよ。見てごらんなさい! てね。そしたらだんだんディスりから、『あいつのダンス、凄くね?』ていう声が聞こえてくるようにもなってきてね。ファンも知らずのうちにどんどん増えていったのよ。無我夢中で踊りまくっていたら、いつの間にか世界中の人たちがアタシを応援してくれるようになったの」
「へえ……」
俺とレイは、その話に聞き入っていた。
過去を語るモラレスさんの口調は穏やかだが、表情の奥はどこか切なさの色も混じりこんでいる。
「あなたたち二人に、ものすごーく複雑な事情があるのは分かってる。別に無理に聞かないけど。その事を世間に知られたら傷つくんじゃないかってビビッているのよね」
「まあ……」
「経験から言わせておくけど、いつか必ずそれらはバレるし、傷つくかもしれないわ。でもその時こそ勢いをつけて。あなたたちの素晴らしいダンスを、世界に魅せるチャンスなんだから!」
そう語るモラレスさんの目はものすごい輝きを放っているように見えたんだ。この人が言うことは、とんでもないほど説得力がある。
「ピンチはチャンスって言うし。それくらい前向きにやってくれれば、アタシも心配しなくても済むんだけど?」
「はい……ありがとうございます、モラレスさん。頑張ります」
「レイちゃんはいい子ねぇ! もう可愛くて舐め回したくなっちゃう!」
「おい……やめてくれ」
「あら、ごめんなさい。レイちゃんはヒルス君のロマンティックパートナーだったわ!」
ケラケラ笑うモラレスさんに俺とレイは苦笑するしかない。
──思いがけない貴重な話を聞くことが出来た。この人は想像以上に、辛く悔しい想いをたくさんしてきたのだろう。それでもこれだけ前向きに生きている。
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