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第八章 それぞれの想い
138,彼女の本心
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翌朝。ご飯を食べている時のレイはむしろ幸せそうで。俺は複雑な心境になる。
「なあ、レイ」
「なに?」
「……レイの笑顔、俺はすごく好きだよ」
「んん? 急にどうしたの、ヒルス」
レイは目を見開き、ふわふわの卵焼きを食べようとしていたフォークの動きを止めた。
「これからも一緒に笑っていたいし、レイには悲しい思いをしてほしくない。だから俺、今後は気をつけるよ」
「気をつけるって?」
レイは戸惑ったように首を傾げたが、すぐに頷いて優しい笑みを俺に向けてくれる。
「そっか。うん、私も気にしないようにするね」
「え?」
「フレア先生とロイのことでしょう? 昨日は変なことで喧嘩しちゃったから……。私、ヒルスには想いが伝わってないんだろうなって、いつも心のどこかで寂しかったの。だけど、ヒルスはちゃんと分かってくれていたんだよね」
「あっ、いや。それは……」
「フレア先生がいい人だっていうのは私もちゃんと知ってる。いつも気にかけてくれるもの。だからもう、変にヤキモチなんて妬かないからね」
話が逸れてしまっているが、レイが一つ一つの言葉を丁寧に並べているのを聞くと、俺は何も言わずに相槌を打つしかない。
「それにロイのこともごめんね。彼とは同じ孤児院出身だから色々と話をしたの。ロイも私が孤児院にいたことを、知っていたみたいだから」
「……レイ」
目を細め、レイは照れたように顔を赤く染めるんだ。
「分かってるでしょ? 私、ヒルスのこと大好きなんだよ。こうして一緒にいるだけで幸せなの」
俺はレイの話に胸が熱くなり、一瞬言葉を失くした。向かいに座るレイの胸元に、俺はそっと手を伸ばす。
「ヒルス……?」
彼女の首からぶら下がるネックレスにそっと触れた。
「俺たちには不安なんていらないな。いつも心は繋がってるから」
そう言いながらフッと微笑むと、レイは赤面しながらも小さく頷くんだ。
「うん。そうだね!」
──思いがけないところで彼女の本心を聞いてしまった。なんだかむず痒いような変な感じがする。それでいて、俺とレイの心は固く結ばれているんだと再確認出来て胸がいっぱいになった。
レイから聞かされた昨夜のあの話は、俺の中ではずっと許せないのは変わらない。あの女の所に行って、怒鳴り込んでやりたいほど、俺ははらわたが煮えくり返っている。
だけどレイは争い事は好きじゃない。俺が怒りに任せてそんなことをしても、彼女を悲しませるだけだ。だからこのまま、俺の中の怒りを鎮めるのが一番いい。
時間が経つにつれ、俺とレイの絆がどんどん深くなっているのは身に染みて感じる。もしもこの先レイが何かでまた悩んでいたり不安に思うことがあれば、その時は必ず助けてやりたい。
──スタジオに出勤する時間になった。レイは午後からレッスンなので、俺は先に家を出る。準備を終えて、玄関に向かうと。
「ねえ、ヒルス」
「うん?」
「少しだけ、いい?」
そう言ってレイは俺に抱きついてきた。そして一生懸命背伸びをして、瞳をそっと閉じるんだ。
そんなレイの行動を見て、俺の全身はたちまちカッと熱くなる。それと同時に、彼女の煌めく唇に自然と吸い込まれていった。
静寂の中、その場には俺とレイの唇が重なり合う音だけが小さく鳴り響く。
昨日から何度キスを交わしているのか分からない。彼女との癒しの時間を重ねれば重ねるほど、俺の心が満たされていった。
そっとレイから離れ、俺は自分でも聞いたことのないような優しい声を彼女に向ける。
「先に行ってくるよ、レイ」
「うん……ヒルス、気をつけてね」
◆
いつもと同じ風景が、今日は一段とキラキラ輝いて見える。あいにくの天候であるが、濡れた足元さえも今の俺には心地よく感じたんだ。
ダンススタジオに到着し、すぐさま着替えを済ませ軽やかに練習場へ移動する。
俺は無意識のうちに顔が綻んでいたようだ。練習場の鏡に映る自分を見て、俺は無表情を作ろうとしたがどうしても口角が上がってしまう。
「おはようヒルス」
「ああ、フレア。おはよう」
いつものようにストレッチをしていると、フレアが隣に来て声を掛けに来た。
いつまでもニヤニヤが止められない俺の顔をじっと見つめるフレアは「ふーん」と小さく声を漏らす。
「いいこと、あったみたいね?」
「まあな。分かりやすいだろ」
「とうとう自分で言うようになったのね」
フッと小さく微笑むフレアの横顔は、どこか優しさで溢れている。
本当は今すぐ大きな声でぶちまけたかった。「レイに想いを伝えられたんだぜ」と。
だけどこれはデリケートな話だ。俺とレイは義理でも兄妹というのは変わらない。公に高らかに話すのは違う気がした。
それを察してくれたのか分からないが、フレアは小さく「おめでとう」と言うだけで詳細を訊いてきたりはしない。
今の俺は最高に浮かれているが、皆に堂々と俺たちのことを打ち明けるのはまだまだ先にしたいと思った。
周りを見回し、まだ他のスタジオ仲間もジャスティン先生も来ていないのを確認すると、俺は一つフレアに気になることを訊いてみた。
「フレア、ちょっといいか」
「何?」
「レイに、話したんだよな」
「え?」
「今更なんだが。レイに、俺たちのことを話したんだろう?」
あくまで柔らかい口調で、俺はフレアに問いかける。
別に怒っているわけじゃない。本当はあまりレイに知られたくない話ではあったが、なぜフレアがあのことをレイに話したのか、純粋に疑問なんだ。
フレアはストレッチするのを一度止め、胡座をかきながら俺から目を逸らした。
「もしかして、わたしがヒルスに色々迷惑かけちゃったこと……?」
「いや。迷惑というか」
「ごめんなさい。レイに、話したことはあるわ」
バツが悪そうに、フレアの声は小さかった。
でも俺にとっては何もやましいことはないから、そこまで深く気にしない。それが原因でよく分からない喧嘩をしてしまった事実はあるにはあるが。
髪をかきあげながら、フレアは首を小さく振った。
「わたしがまだ、あなたのことが好きだった頃の話よね? 本当にわたし、どうかしてたわ」
俯き加減になりながらも、フレアは言葉を続けていく。
「あなたとレイがペアでイベントに参加したあの日よ。レイと二人きりで会場内の更衣室へ移動する途中、あなたの話になったの。あの子に『ヒルスと仲がいいですね』って言われて。そこで深いことまで答えなければよかったんだけど……わたし、どうかしてた。全部話しちゃったの。あなたに告白したことも、部屋まで看病しにいったことも全部」
レイとペアで参加した時──ああ、あの日か……。ふと思い出してしまい、俺は一人胸を痛める。
そういえばあの日のレイは、本番前にずいぶんと固くなっていた気がする。ステージに上がった時も、ソロでステップを踏み外したトラブルもあったな。
間一髪で彼女を抱き上げ、その後はアドリブで締めたからむしろ結果的により良いダンスが披露できたが……。
俺が思い出している中、フレアは更に続けた。
「わたしの話を聞いたらね、レイが凄く悲しそうな顔をしたのよ。すぐに後悔したわ。あの子を傷つけたいわけじゃなかったのに」
フレアは申し訳無さそうに眉を下げた。
「ごめんね、あの子に嫌な思いさせちゃって。もう二度と余計な話はしないから」
俺も、フレアの気持ちは分かる。嫉妬をするのは惨めかもしれないが、俺だって昨日同じ想いをしたばかりで、どうにも止められなくなってしまう。ふとした時に、後悔するのも分かる。だからこそ、俺はフレアを責めたりはしない。
ストレッチを済ませると、俺はすっと立ち上がり、ポケットに手を入れてフレアを見下ろした。
「そうだな、もう二度とそんなことするなよ」
「ええ、約束するわ……」
俯くフレアは、気まずそうだ。
それでも俺はわざと不敵な笑みを浮かべてやった。
「フレア、そんなに俺のこと好きだったのかよ」
「……はあ?」
パッと顔を上げるとフレアは途端に怪訝な顔になる。
「冗談やめてくれる。もう、あなたなんて別に好きじゃないから!」
「そうムキになるなよ」
「わたしはもう、レイの応援隊なの。……あなたたちが幸せになってくれないと意味ないんだから。そのまま仲良くしていきなさいね」
「ああ、言われなくてもそのつもりだよ」
俺がきっぱり言うと、フレアは明るい表情を取り戻す。もう悲しみや寂しさが伝わってくることはなくなったんだ。
これからもフレアとは先輩後輩として、良い関係が築けるんだと確信した俺は、心の底から安心することが出来た。
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