【完結】サルビアの育てかた

朱村びすりん

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第八章 それぞれの想い

137,苛立ち

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 眠れない。同じベッドの中で眠る彼女を横目に、俺は天井を眺めながら考え事をしている。
 就寝時間になるとレイは自分の部屋に戻ることはしなかった。頬を赤らめながら「一緒に寝よう」なんて甘えてくるんだ。もちろん、俺は心が飛び跳ねるほど嬉しかった。

「俺、レイのことを大事にしたい」
「……私は、いつでもいいんだよ?」
「こういうのはしっかりしておきたいんだ。大切なことだろう。だから、レイが十八歳になるまで待つよ」

 格好つけながら俺はそんな風に言ったが、体だけはウズウズしている。
 だけど今の俺なら大丈夫。欲心のまま動くような真似はもう二度としない。おやすみの前に、彼女と同じベッドで横たわり甘いキスを交わすだけで俺の心は満たされる。今まで言えなかった想いを、やっとレイに伝えられたのだから。
 俺が眠れない理由は他にある。先程彼女から聞かされた話を思い出していたからだ。

 ──夕食を取りながら、俺はなにげなくレイに問いかけた。どうして自分自身の事情を知っていたのか、と。
 すると彼女は一瞬だけ憂いた表情を浮かべた。言いづらそうに、それでもきちんと説明してくれた。

「あの人に……メイリーから聞いたの」
「……何?」
「私が初めてステージでソロを踊ることになったときにね、メイリーの態度がすごくキツくなったの。ううん、本当はそれよりも前からずっと厳しかった。私が一生懸命練習してもっとダンスが上手になればメイリーも認めてくれるかなって考えてたけど……そうじゃなかった。彼女は最初から、私がダンススクールにいるのが許せなかったみたい」

 言葉をひとつひとつ迷いながら選ぶように、レイはゆっくりと話し続ける。

「ある日のレッスン後に急に呼び出されて……。そこで、私の出生のことを聞かされたの。私は親なしで元々は孤児院で育ったこと。三歳のときに、お父さんとお母さんに引き取られたこと。だから私は……血の繋がらない娘なんだって……」
「レイ」

 震える彼女の話を遮り、俺はレイのそばに歩み寄る。そっと彼女を抱きしめ、小さく首を横に振った。

「分かった。それ以上はもういい。悪かったな……」

 その話を聞いてから、俺はハッとした。気づいてしまったんだ。
 そんなことがあったから、レイはある日突然家族に反抗するようになったのか、と。
 いや、違う。あれは単なる反抗期なんかじゃなかった。事実を家族でもない赤の他人から聞かされ、戸惑いと不信感、嫌悪感、悔しさなどたくさんの感情が彼女の心を蝕んでいき、結果俺たち家族とどう接していいのか分からなくなってしまったのだろう。
 レイがスクールを辞めたのも、全部そのことがきっかけだったんだ。あんなに頑張っていたダンススクールにレイが二度と戻らないと譲らなかったのは、あの女の存在があったからなんだ。

 俺は今まで何も知らなかった。どうしてあの時、もっと彼女に問い詰めなかったんだろう。
 当時十二歳の彼女がどれだけ苦しみ辛い想いをしていたのか、想像するほど俺の胸の中が痛くなる。
 助けてやりたかった。レイが一番つらい時期に俺は、何もしてあげることが出来ていなかったんだ。こんな自分の鈍い性格に腹が立って仕方がない。

 ──だけどレイ本人は、もう昔の話だから気にしてない、なんて言うんだ。
 そんなわけないだろ? そんな話、何年経っても忘れられないはずだ。

 でも、レイの顔を見るとこれ以上は深掘りできない。

「私は、幸せだよ。怖い顔しないで。ヒルスは今もそばにいてくれるでしょう?」

 そう囁きながら、彼女はそっと口づけをしてくれたんだ。
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