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第七章 彼女を想うヒルスの物語

127,HELP!

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 一日の終わりが近づいてきた。

 俺とレイは、家に帰ったあと念願の『シャルル』のケーキを食べて彼女の誕生日を祝っていた。
 このケーキはクリームが甘すぎず、スポンジもふんわりしていて、イチゴは小粒でありながらも程よく甘酸っぱい。甘いものが好きな俺も、密かに『シャルル』のショートケーキを気に入っている。
 だけどこのケーキを食べる時に何よりも楽しみなのは、幸せに満ち溢れている彼女の顔を見ることだ。俺の心の奥底まで癒してくれるから。

 もうすぐ就寝時間。日付が変わる直前まで、俺とレイは二人の時間を過ごしていた。

「ねえ、ヒルス」
「うん?」
「今日は、とっても楽しかったよ」
「レイが楽しんでくれたなら、俺も嬉しいよ」

 ソファに並んで座り、手を握り合ったまま静かに語り合う。

「今まではヒルスがいて、お父さんとお母さんがいて、四人で過ごしてきた。だけどこれからは二人きりの誕生日を過ごすことになるんだね」
「……レイ」

 しんみりした口調で呟く彼女の言葉に、俺はどう返事をしていいのか分からない。答えを出す代わりに、俺はレイの肩を抱き寄せた。

「でもね、私寂しくなんかないよ」

 どこか甘えたような声で言うレイは、もう片方の手の平を俺の頬にそっと載せる。勘違いかもしれないけど、レイのあたたかい指先から、愛のようなものが伝わってくるような気がしたんだ。

「ヒルスがこれからも一緒にいてくれるなら、私……寂しくないの。心の底から幸せを感じられるんだよ」
「俺も。レイと一緒なら幸せだよ」

 彼女の澄んだ瞳に吸い込まれてしまいそうだ。俺の胸は今夜もドキドキが止まらない。

 俺はおもむろにレイの腰と背中に両手を回し、もっと彼女を包み込みたいと思ってしまった。抱き締めると自然とお互いの顔が近くなる。
 目を逸らすことなく、レイは俺の瞳をじっと見つめてきた。彼女の吐息が届くほどの距離で居続けると俺の理性が抑えられなくなる。

(どうしてレイはこんなに可愛いんだろう)

 なんの考えもなしに、欲求のまま俺がレイの唇に近づこうとすると──

 顔を赤くしながら彼女は、欲に走ろうとする俺の口をまたもや人差し指で止めるんだ。

「だめだって言ったでしょ、ヒルス」
「……ごめん」

 そのまま俺は固まってしまう。
 あまりにもレイの顔が近すぎる。彼女の人差し指をどかしてしまえば、今すぐキスが出来るのに。

 全身がどんどん熱くなっていくというのに、今度はレイの方から俺の肩に両腕を回してきたんだ。
 これまでに見たこともないような美しい表情で、レイは俺の耳元に顔を近づけてこう囁く。 

「ねぇ。ヒルス……大好きだよ」

 とろけてしまいそうな甘い声。その直後。

 俺の頬にレイのぬくもりと柔らかい唇がそっと重ねられたんだ。

 たった一瞬の、出来事だった。 
 何が起きたのか俺が理解する前に、レイは俺から手をさっと離し、背中を向けた。

 彼女の後ろ姿は、何となく赤くなっているようにも見えた。俺と目を合わせることなく彼女は、「おやすみ。自分の部屋に戻るね」
 そう言って俺の部屋から出ていった。

「レイ……?」

 俺は今、何をされた?
 頬に柔らかいあの感触が鮮明に残っている。

(レイは、今、俺に、キスをしたのか?)

 しばらく呆然としてしまい、俺の思考は完全に停止していた。自分一人ではこれがどういうことなのか到底理解出来ない。

 ──気づけば日付が変わっていた。
 どうしようもなく、俺は震える手でスマホに手を伸ばす。そして、どうにかメッセージを送ったんだ。

《フレア、HELP!》
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