【完結】サルビアの育てかた

朱村びすりん

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第七章 彼女を想うヒルスの物語

120,兄だから

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「なるほどな、十二月十八日に食べたいんだろ?」
「そう。よく分かったね!」

 嬉しそうに頷くレイに、俺は優しく微笑みかける。

「当たり前だろ。レイにとって特別な日は、俺にとっても大切な一日だ」

 来月の十八日は、レイが十七歳になる特別な日。俺が忘れるわけがない。

 にこにこしながらも頬を赤らめるレイ。
 照れているのか?

 たまらず俺は、彼女の頭をそっと撫でる。

「プレゼントは何がほしい?」
「ケーキだけでいいよ。ヒルスと一緒に・・・・・・・過ごせればそれでいいし」

 また、レイの一言に俺の心が飛び跳ねる。

「え、俺と?」
「うん。……変かな?」

 レイははにかみながら確かめるように俺に訊いてくるんだ。
 変じゃない。むしろ俺は嬉しい。

『いつも言ってるよ。ヒルスは私の大好きな人だよ』

 彼女から貰ったあの言葉が、俺の頭の中を通過していく。それは別の意味があるんだと、俺はそう理解した。
「大好きな人」と言うのは「大好きなお兄ちゃん」そういう裏の言葉があるはずなんだ。

 年頃の娘が大好きな兄と誕生日を二人で過ごす──ありなのか?
 分からない。全然、分からないんだ。

「今年、レイの誕生日はスタジオも休みだな。どこかへ出掛けるのか」
「観たい映画があるの」
「……誰と観に行くんだ?」
「えっ。ヒルスと行くんでしょう?」

 彼女は首を捻り、当然のようにそう言い放った。

 十七歳になる女の子が兄と二人で映画を観に行き、夜は『シャルル』のケーキを食べて誕生日を祝う。
 これは兄がすべきことなのか。完全にボーイフレンドの役割ではないのか?

 考えすぎて、俺の頭は今にもパンクしそうだ。無意識のうちに眉間に皺を寄せてしまう。

「ヒルス?」

 不安そうな表情で俺の顔を覗き込むレイが視界に入り、ハッとした。

「どうしたの。何か怒ってる……?」
「いや、違う。怒っているわけじゃないよ。少し考え事をしていただけだ」

 それでもレイの表情は浮かない。
 俺は再び彼女に微笑みかけた。

「せっかくの誕生日なのに、俺なんかと二人で過ごすなんてもったいないだろ?」
「どうしてそんな風に思うの?」
「友だちだったり、誰か好きな人と過ごしたいものじゃないのか」

 レイの表情に心配の文字は消え去った。だけど今度は、不思議そうな顔になるんだ。

「ヒルスの言う通りだよ。特別な日を大好きな人と過ごしたいのは当然でしょ」
「……ん?」
「だから、来月は楽しみにしてるね!」

 レイは満面の笑みを浮かべ、たしかにはっきりとそう言った。
 たちまち俺の胸の奥が赤く染められる。高まる鼓動が彼女のところまで伝わってしまいそうになった。

 ──なあ、レイ。君は気づいていないかもしれないけど、近頃の俺は、レイ何気ない言葉に翻弄されているんだよ。
 どうして兄に対して、ドキドキさせるような台詞を投げかけてくるんだ。どうしていつもそんな可愛い顔をして、「大好き」だと言ってくれるんだ。
 もちろんレイのひとつひとつの言動は、俺に幸福をくれる。歓喜して、君に向かって「愛してる」と叫びたくなるほどなんだ。

 だけど、そんなことはできないから。レイにとって、俺は血の繋がった兄として関係を続けなければならないから。
 俺の想いを伝えてしまったら、全てが終わる。もしかすると、この幸せな時間が崩れてしまうかもしれない。

 だけど──レイが心の奥底で何かを想っていることは、俺だって分かっているんだ。
 必ずその時が来たら、想いを伝えるから。だからあと少し、待っていてほしい。
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