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第七章 彼女を想うヒルスの物語
116,二人きりの家族
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木々の葉からくぐり抜ける繊細な光が、墓石を美しく反射させた。建てられたばかりの二人の墓は、あまりも眩しすぎる。
あの日の惨い光景が、一瞬脳裏を過るんだ。
(父さん、母さん……。苦しかったよな。助けてやれなくて、事故を防いでやれなくてごめんな……。どうか天国では、安らかに眠ってほしい)
レイと叔父と並び、俺は天に向かって静かに祈りを捧げた。
束の間、木の葉が揺れる音だけが響き渡る。
そんな無に近い空間を最初に破ったのは、呆れた顔をする叔父だった。
「お前らなあ、喧嘩している場合じゃないぞ」
きっぱりとそう言われ、思わず固まってしまう。レイの方を見ると、彼女も口を閉じたままでいる。
「間に挟まれているオレが一番気まずいんだよ」
「……ごめん、ジェイク叔父さん」
俺の言葉に、叔父は大袈裟に首を横に振った。
「お前たちは残された二人きりの家族だろうが。つまらないことでギクシャクしてたら、この先やっていけないぞ」
わざと意地悪く言う叔父に、俺はちっとも反論できない。俯き加減になると、レイが視界に入ってきた。
彼女は叔父の話を無視するかのように、両親とリミィの墓に『サルビア』を並べ始めた。
「おい、レイ。オレの話を聞いているのか?」
「うん。聞いてるよ。別に私たち、喧嘩してるわけじゃないから。ね、ヒルス」
「えっ? あ、ああ。そうだな……?」
無表情でこちらを見上げるレイに対して、俺はぎこちなく頷く。
「ほう? そうだったか。どうやら、オレの勘違いだったようだな。だったらオレは、今すぐにホテルへ戻って仕事をしなくちゃならない」
「えっ」
「お前らはもう少しゆっくりしていけよ」
「ちょっと待って、ジェイク叔父さん。それなら三人で一緒に帰ろうよ……」
焦ったようにレイが叔父の前に立つが、無駄な抵抗のようだ。困った顔をするレイを見下ろし、叔父は少し厳しい口調で言い放つ。
「いや、オレは一人で帰る。レイはヒルスとパーク内で散歩でもしていったらどうだ?」
「何それ……」
「ヒルスも。分かったな!」
強い目つきで、叔父は真っ直ぐ俺の顔を見てくる。
ああそうか。仕事と言うのは口実だ。単に叔父は、俺たちを二人きりにしたいだけなんだ。
確かに叔父の言うとおり。これから俺とレイは二人きりの家族として生きていかなければならない。両親の墓は静かに立ち尽くしていて、それを見ると受け入れるしかない現実なんだと思い知らされる。
──叔父がそそくさとその場から立ち去ってしまった後、俺とレイは無言で近くのパーク内を歩き回る。
なんとなくそばにあったベンチに、レイと並んで腰かけた。でも、いつもならお互い肩が触れるくらい近くに座っているはずなのに、今日は明らかに彼女と距離が離れていた。
レイに避けられているんだ……悲しい。彼女にこんな態度を取られるなんて辛すぎる。
俺は涙目になりながら恐る恐るレイに問いかけてみた。
「レイ。俺のこと、嫌いになったか……?」
自分でも引くほど声が震えてしまう。
レイは変わらない無の表情で前を向いたまま。何かを考えるように遠くを見やり、やがてゆっくりと首を横に振った。
「何言ってるの?」
それからレイは、真っ直ぐ俺のことを見つめてくるんだ。
この日、初めて彼女と目が合った。それだけで嬉しい。俺の胸の鼓動が、一気に早鐘を打ち始める。
「ヒルスのこと、嫌いになるわけないよ」
そんなレイの言葉に、俺の胸は更に高鳴る。
「本当か?」
「嘘なんて言わないよ」
「じゃあレイが怒ってる理由って──俺が飲み会の時に酷いことをしたから、だよな」
「……」
レイは目線を下に落とす。
「怒ってるわけじゃなくて……ビックリしたの」
「ビックリした?」
「うん」
本当はこの時、訊きたかった。「俺はレイにキスなんてしてないよな」と。
だけど恐ろしくて、そんなこと口にする勇気なんてない。無理に決まっている。
本当に俺は、立派なチキン野郎で残念な奴だ……。
「ねえ、ヒルス。ひとつ訊いてもいい?」
俺が一人勝手に狼狽えていると、レイは眉を八の字にしながら小首を傾げてくる。
「どうした?」
「あのね……ヒルスにとって、私って何なの?」
「えっ」
俺は一瞬、言葉に詰まってしまう。
「俺にとってのレイは──」
大切な人だよ。大好きで、誰よりも幸せになってほしい人だよ。世界一愛している人だよ。
頭の中でこのような言葉が次々と飛び交うが、俺は寸前で口に出すのを止める。
彼女に微笑みを向け、柔らかい声で囁いた。
「大事な家族だよ」
本当は「妹」と言うべきなのかもしれない。だけど、俺の中でその言葉だけは口にしたくなかった。レイに嘘をつくようで、凄く嫌なんだ。
こんな俺に、レイはふと口角を緩ませた。今日、初めて見た彼女の優しい顔。その表情を目にした瞬間、俺の心は踊り始める。
「俺も訊きたいよ。レイにとって、俺は何なんだ?」
この問いを受けたレイは、俺の肩に顔を近づけ、笑いながら答えてくれるんだ。
「いつも言ってるよ。ヒルスは私の大好きな人だって」
──冗談で言っているんじゃない。レイのいつものふざけたあの口調は、今も見当たらないんだ。彼女の素直な言葉を、俺はそのままの意味で受け止めたくなってしまう。
だけど俺は脳内でこの言葉を少し書き換えてみた。
『いつも言ってるよ。ヒルスは私の【大好きなお兄ちゃん】だよ』
そうだ、間違いない。レイの「大好き」には、こういう意味も含まれている。そう考えればいいんだ。そうすれば、俺はレイのひとつひとつの言葉に翻弄されなくて済む。
俺はこれからもレイを特別な存在として愛し続けるだろう。
だけど彼女との関係だけは忘れずに、俺はいつでも頭の片隅にそのことを入れておかなければならない。レイの愛らしい笑顔を守る為にも。
レイと面と向かって話せたからか、俺の中で何かが吹っ切れたんだ。
◆
《ハイ、ヒルス。どうしたの?》
《フレア、もう大丈夫だよ》
《大丈夫って、何が?》
《HELPの説教は必要なくなったから》
《本当に? 平気なの?》
《ああ。俺はレイにとって大好きなお兄ちゃん、だからな》
《……ちょっと意味分かんないけど。まあ、大丈夫なら良かったわね》
《色々とありがとう、フレア》
《別にいいの。レイには笑顔でいてほしいから。もちろん、あなたにもね》
あの日の惨い光景が、一瞬脳裏を過るんだ。
(父さん、母さん……。苦しかったよな。助けてやれなくて、事故を防いでやれなくてごめんな……。どうか天国では、安らかに眠ってほしい)
レイと叔父と並び、俺は天に向かって静かに祈りを捧げた。
束の間、木の葉が揺れる音だけが響き渡る。
そんな無に近い空間を最初に破ったのは、呆れた顔をする叔父だった。
「お前らなあ、喧嘩している場合じゃないぞ」
きっぱりとそう言われ、思わず固まってしまう。レイの方を見ると、彼女も口を閉じたままでいる。
「間に挟まれているオレが一番気まずいんだよ」
「……ごめん、ジェイク叔父さん」
俺の言葉に、叔父は大袈裟に首を横に振った。
「お前たちは残された二人きりの家族だろうが。つまらないことでギクシャクしてたら、この先やっていけないぞ」
わざと意地悪く言う叔父に、俺はちっとも反論できない。俯き加減になると、レイが視界に入ってきた。
彼女は叔父の話を無視するかのように、両親とリミィの墓に『サルビア』を並べ始めた。
「おい、レイ。オレの話を聞いているのか?」
「うん。聞いてるよ。別に私たち、喧嘩してるわけじゃないから。ね、ヒルス」
「えっ? あ、ああ。そうだな……?」
無表情でこちらを見上げるレイに対して、俺はぎこちなく頷く。
「ほう? そうだったか。どうやら、オレの勘違いだったようだな。だったらオレは、今すぐにホテルへ戻って仕事をしなくちゃならない」
「えっ」
「お前らはもう少しゆっくりしていけよ」
「ちょっと待って、ジェイク叔父さん。それなら三人で一緒に帰ろうよ……」
焦ったようにレイが叔父の前に立つが、無駄な抵抗のようだ。困った顔をするレイを見下ろし、叔父は少し厳しい口調で言い放つ。
「いや、オレは一人で帰る。レイはヒルスとパーク内で散歩でもしていったらどうだ?」
「何それ……」
「ヒルスも。分かったな!」
強い目つきで、叔父は真っ直ぐ俺の顔を見てくる。
ああそうか。仕事と言うのは口実だ。単に叔父は、俺たちを二人きりにしたいだけなんだ。
確かに叔父の言うとおり。これから俺とレイは二人きりの家族として生きていかなければならない。両親の墓は静かに立ち尽くしていて、それを見ると受け入れるしかない現実なんだと思い知らされる。
──叔父がそそくさとその場から立ち去ってしまった後、俺とレイは無言で近くのパーク内を歩き回る。
なんとなくそばにあったベンチに、レイと並んで腰かけた。でも、いつもならお互い肩が触れるくらい近くに座っているはずなのに、今日は明らかに彼女と距離が離れていた。
レイに避けられているんだ……悲しい。彼女にこんな態度を取られるなんて辛すぎる。
俺は涙目になりながら恐る恐るレイに問いかけてみた。
「レイ。俺のこと、嫌いになったか……?」
自分でも引くほど声が震えてしまう。
レイは変わらない無の表情で前を向いたまま。何かを考えるように遠くを見やり、やがてゆっくりと首を横に振った。
「何言ってるの?」
それからレイは、真っ直ぐ俺のことを見つめてくるんだ。
この日、初めて彼女と目が合った。それだけで嬉しい。俺の胸の鼓動が、一気に早鐘を打ち始める。
「ヒルスのこと、嫌いになるわけないよ」
そんなレイの言葉に、俺の胸は更に高鳴る。
「本当か?」
「嘘なんて言わないよ」
「じゃあレイが怒ってる理由って──俺が飲み会の時に酷いことをしたから、だよな」
「……」
レイは目線を下に落とす。
「怒ってるわけじゃなくて……ビックリしたの」
「ビックリした?」
「うん」
本当はこの時、訊きたかった。「俺はレイにキスなんてしてないよな」と。
だけど恐ろしくて、そんなこと口にする勇気なんてない。無理に決まっている。
本当に俺は、立派なチキン野郎で残念な奴だ……。
「ねえ、ヒルス。ひとつ訊いてもいい?」
俺が一人勝手に狼狽えていると、レイは眉を八の字にしながら小首を傾げてくる。
「どうした?」
「あのね……ヒルスにとって、私って何なの?」
「えっ」
俺は一瞬、言葉に詰まってしまう。
「俺にとってのレイは──」
大切な人だよ。大好きで、誰よりも幸せになってほしい人だよ。世界一愛している人だよ。
頭の中でこのような言葉が次々と飛び交うが、俺は寸前で口に出すのを止める。
彼女に微笑みを向け、柔らかい声で囁いた。
「大事な家族だよ」
本当は「妹」と言うべきなのかもしれない。だけど、俺の中でその言葉だけは口にしたくなかった。レイに嘘をつくようで、凄く嫌なんだ。
こんな俺に、レイはふと口角を緩ませた。今日、初めて見た彼女の優しい顔。その表情を目にした瞬間、俺の心は踊り始める。
「俺も訊きたいよ。レイにとって、俺は何なんだ?」
この問いを受けたレイは、俺の肩に顔を近づけ、笑いながら答えてくれるんだ。
「いつも言ってるよ。ヒルスは私の大好きな人だって」
──冗談で言っているんじゃない。レイのいつものふざけたあの口調は、今も見当たらないんだ。彼女の素直な言葉を、俺はそのままの意味で受け止めたくなってしまう。
だけど俺は脳内でこの言葉を少し書き換えてみた。
『いつも言ってるよ。ヒルスは私の【大好きなお兄ちゃん】だよ』
そうだ、間違いない。レイの「大好き」には、こういう意味も含まれている。そう考えればいいんだ。そうすれば、俺はレイのひとつひとつの言葉に翻弄されなくて済む。
俺はこれからもレイを特別な存在として愛し続けるだろう。
だけど彼女との関係だけは忘れずに、俺はいつでも頭の片隅にそのことを入れておかなければならない。レイの愛らしい笑顔を守る為にも。
レイと面と向かって話せたからか、俺の中で何かが吹っ切れたんだ。
◆
《ハイ、ヒルス。どうしたの?》
《フレア、もう大丈夫だよ》
《大丈夫って、何が?》
《HELPの説教は必要なくなったから》
《本当に? 平気なの?》
《ああ。俺はレイにとって大好きなお兄ちゃん、だからな》
《……ちょっと意味分かんないけど。まあ、大丈夫なら良かったわね》
《色々とありがとう、フレア》
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